4-〈2〉
オーエンは街につくなり、悟空と戦っていたアシャ・ワヒシュタに向かって飛びかかった。
「アフラ・マズダ様!?何故、阻まれるのですか?」
「イライジャを攻撃するな!」
アシャ・ワヒシュタは、知らず言ってしまった。
「ですが、貴方様はイライジャを憎んでおられます!貴方様の失った代価に、ずっとずっと苦しみ、嘆いておられます!!何故お庇いになられるのですか!俺が断罪してみせます、貴方様を助けたいのです!」
オーエンは無意識を言い当てられた。
「……!!……憎んでいない。僕は……前とは違う。」
「いいえ、殺したい程、憎んでいます!」
「違う!」
ジュリーおじさんの笑顔が浮かんだ。
ドナジョーが棺で眠る姿が過ぎった。
「僕が、運命を、変えなきゃ……!」
すうっ。
脱力がオーエンの身体を落とす。
オーエンはエネルギー切れを起こし、コンクリートに落下した。
落下の怪我は再生していくが、立ち上がれない。
眠り病だ。食べ物がない。
眠り病、なのか?
(憎んでいる。イライジャを憎んでいる……僕が。イライジャは、僕を助けたのに?)
あの夜。
影の国では。
(親友を、嬲って……僕は、笑っていた……)
憎しみは、人を変える。
だからジュリーおじさんは言い残したのに。
僕は裏切ったのだ。
その過ちが、まだ恨みが、この胸には残っている。
オーエンは涙した。
悲しい。
とても、悲しいことだ。
「悉有仏性。あなたの涙は、あなたを導くでしょう。その悲しみを、忘れてはなりませんよ。」
黒いフードにスキンヘッド、ノースリーブのパーカーの、サングラスをした、スラリとした男が、歩み寄り、オーエンの状態を診た。
「……貴方は……?」
「しがない翻訳家ですが、わたしが与えたお釈迦様の伝来は、わたしを貴方の手助けに相応しいとした。名を、玄奘と申します。オーエン・テイラー。食事が入用ですね。」
玄奘は屋台からホットドッグとフランクフルトを買ってきてくれた。
オーエンは余裕が無く、渡された食事をただ貪った。
玄奘は、オーエンに言い聞かせた。
「断食ですら得られないもの。人から神に至る貴方の、欠陥を無くすもの。人間は程々に食べて良い。程々の満足が、悟りに繋がるのです。」
「悟り……?」
玄奘は応えた。
「悟りに到る時、それは神に通じる世界……よく噛み、味わい、ゆとりをもって満足を得るのです、オーエン・テイラーよ。」
オーエンは、教わるまま、習いながら、ゆっくり噛んで食べた。
「!……充分、力が満ちてくる……これは?」
「あなたは今、程々の食事で満ち足りた。今この時、悟りは大気と通じ合う。息を吸うのですオーエン。自然と同化できる。やってごらんなさい。」
オーエンが言う通り、意識しながら息を吸うと、空気そのものが力に変わる。
「……!ミカエルの鉱石みたいだ!大気の魔力を吸収出来る。そうか……ありがとう玄奘さん。僕は人から始まった神だから、お釈迦様、シッダールタ王子にヒントがあったんだね?」
「そうです。……オーエン。善の神ならば貴方は不幸にあるものを救う責務があります。貴方には愛する人達を失う悲しみがありました。ですが忘れないでください。あなたの命を救うために、貴方に憎まれることを選んだ友を。」
「……はい。はいっ!」
「復讐が生むものは、悲しみでしかないのですから。貴方はもう、ご存知ですね?」
「はい。これ以上の悲しみを、断ち切るべきだ。」
「あなた方は多感な時期だ。ですが、友情とは死ぬまで続くもの。その縁に幸先あらんことを。」
玄奘はタバコに火をつけた。
「行きなさいオーエン。上へ」
オーエンは自身の両頬を、両手で引っぱたいた。
この人がいなければ、自分は未熟にもイライジャに怒りの矛先を向け続けたろう。
悲しみの連鎖に、気づくことが出来た。
ジュリーおじさんは言った。
友情を信じろ。
運命を変えてやれ。
「ジュリーおじさん。待たせて、ごめん!!」
オーエンはビル群を駆け抜け、まず善神群に叫んだ。
「善神群は攻撃行為をやめるんだ!!そこの、イライジャを守ってくれた……貴方は?」
「ん。俺か?悟空だ。あー、ウォフ・マナフ。」
「善神群は解散して、各自隠れ家へ帰って欲しい!悟空さんは、信頼したい。力を貸して欲しい!僕の足を、離さないで。」
オーエンは悟空を伴って、イライジャのいるボールまで、跳んで行った。
「イライジャを閉じ込めた球体に入るのか。だが、いいのか?神にしか効かないとか、言ってたぜ。お前も出れなくなるかも。」
「大丈夫。一応保険で、僕の足を離さないでくれれば。中で、最大出力を出す。」
悟空が足を掴み、オーエンは球体に入り込んだ。内部は液状で、呼吸をしなくても生きてるのは、オーエンやイライジャが神であって人間じゃないからかもしれない。
「イライジャ!しっかりするんだ、イライジャ!!」
声なのか、念話なのか、液体の中でオーエンは友を呼んだ。
イライジャはエネルギー切れで眠っていた。
揺り起こしても、意識が朦朧としている。
「オーエン……俺を、殺しに来たのか……」
「一人で背負われてまた誤解してたら、イライジャを殺しにくるかもしれない。でも、そんなことはやめにするんだ。君も、何より僕もやめる。」
「……うぅ」
「ここから出さないと……悟空さん、位置を避けて!!」
オーエンは大気から魔力をためにためて、球体の一箇所から最大出力の手刀を放った。
球体は割れて、液状の物が溢れ出る。
「ゴホッゴホッ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
オーエンはイライジャを背負って、悟空に振り向いた。
「悟空、食べられるものを持ってるかい?」
悟空は苦い顔で頭をかいた。
「……ちゃったんだよ。」
「え?」
「詰め放題のチョコレート、全部食べちゃったんだよ。わりぃ。」
「アフラ・マズダ様」
アシャ・ワヒシュタが屋台から調達した食事をオーエンに捧げ、頭を下げた。
「無礼をお許しください。善の神であられる貴方様に、負の感情を見出すなど。貴方様が乗り越えているのに、部下たる俺が復讐をなすなどは、問題外でした。これにて、ご命令通り身を隠します。」
「……うん。」
オーエン達はイライジャをベンチに下ろし、起こして、アシャに貰った食事をとらせた。
「イライジャ。切羽詰まってるみたいだけど、君が倒れたら元の木阿弥だ。」
イライジャはカリフォルニアロールを齧りながら言った。
「オーエン。俺はドナジョーを殺したな?アジ・ダハーカだからだ。」
「あぁ。」
「だから、やり返されたみてぇ。悪神群もバカじゃねぇな。あいつらは悪神の勝利と地獄の到来を目指してる。俺が殺しにくい依代を手に入れる為に、俺をおびき寄せて引き離したんだ。」
「!まさか、アルブレヒトさん……」
「それにアミナ。クソ……」
オーエンはイライジャの肩を掴んだ。
「イライジャ。仮に二人が取り込まれても、殺すべきじゃない。」
「……俺はドナジョーを殺してる。自分ちの二人だからって、殺さないわけにいくかよ。」
「イライジャ。きっと、僕らについてくる善神群や悪神群を、統括する必要があるんだ。仮にアルブレヒトさんを乗っ取られても、悪魔の意思でアルブレヒトさんに主導権を譲ってもらえるように。悪神群は手強いだろうけど……善神群のアシャ・ワヒシュタには、心があるみたいだったから。」
「そんなの、通じっかな……?」
イライジャが食べ終わり、全員が立ち上がる。
「行こう」
悟空が乗り物に乗り、イライジャを背負った。
「俺は荷物じゃない!」
「仕方ねぇだろ?跳躍して眠り病の繰り返しじゃ、不死でも話が進まねぇからよ!あ、金斗雲をあてにして立つなよ?」
金斗雲は、清らな心でしか乗れないものだ。
この悟空は、まるで中国文学の西遊記の孫悟空そのもののようだが、玄奘と違い実在しない彼がいるのが、どういうことなのかは、オーエンにもまだわからない。
オーエンがイライジャを見た。
「イライジャ……例え間に合わなくとも、早まるなよ。」
「オーエン。お前をたてて初めは黙ってるが、場合によっては俺がとどめを刺す。」
「……悲劇は僕が止めるよ。行こう。」
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