第1話
「ねぇ、お願い」
頬を仄かに赤らめた幼馴染は、上目遣いで俺にそうねだった。
普段は出すことはない、甘え声に俺の理性が溶けていく。
「もっと、ちょうだい」
まだまだ欲求不満らしい。
金髪碧眼の妖精は、艶っぽい唇を突き出た。
「一颯君、早く。ちょうだい」
桃色の舌をチラチラと覗かせながら、幼馴染は俺を急かした。
「あぁ……やらかしたぁ……」
お正月が明けてから、数日が経過した、ある日。
私はお風呂の中で、一人落ち込んでいた。
「酔っぱらってたとはいえ、あんなこと、言っちゃうなんて……」
一月三日。
一颯君と、家族と一緒に食事をした時、私はうっかりアルコールの入った飲み物を飲んでしまった。
そのせいでふわふわした気分になり、変なことを言ってしまった。
具体的には覚えていないが、一颯君に「好き。キスをして」と言ってしまったのだ。
ママや一颯君のパパに聞かれたのも最悪だ。
「幸いにも、一颯君は何も言って来ないけど……」
いや、これは幸いなのだろうか?
だって、もし私だったら……「あの時のことだけど、そんなに私のことが好きだったら、付き合ってあげようか?」と、一颯君に切り出す。
酔っぱらっていようが、何だろうか、「好き」と口にしたのだ。
告白されたと解釈するし、それで強引に押し通せる。
でも、一颯君はそうしない。
もしかして、一颯君は私と恋人になりたくないんじゃ……。
「ないない。それは絶対、ない」
私は自分に言い聞かせるように、脳裏を過った懸念を否定する。
だって、私はこんなに可愛い女の子だ。
胸だって大きい。
一方、お腹はスマートに引き締まってて……うん?
私は自分のお腹を軽く摩った。
違和感があった。
……まさか、ね。
「ないない、それは絶対、ない」
私は自分に言い聞かせるように、脳裏を過った懸念を否定する。
そして落ち着きながら、お風呂から上がり、手早く体をタオルで拭く。
水気をしっかりと拭き取る。
そして脱衣所の体重計に乗った。
「というわけで、一颯君。ダイエット、付き合って」
「嫌だ」
どうやら俺――風見一颯の幼馴染、神代愛梨は正月太りをしたらしい。
ビュッフェではスイーツばかり食べていたし、それ以外にも食っちゃ寝していたのだろう。
自業自得だ。
俺が付き合う義理はない。
「どうして!」
「いや、俺が付き合う意味がないだろ……お前と違って、太ってないんだぞ」
もっとも、普段から体重を測っているわけではないので太っているかどうかなんて、分からないのだが。
特に気になっていない。
仮に増えたとしても、その分、縦に伸びていればいい。
「太ってないもん!」
「じゃあ、ダイエットしなくていいじゃないか」
「……太ってないけど、体重は、ちょっと、増えたの」
「それを太ったって言うんじゃ……痛い、叩くな!」
「ふん!」
愛梨は小さく鼻を鳴らすと、拗ねたように頬を背けた。
確かに言われてみると、以前より頬がふっくらとして……いや、そんなことないな。
俺の目には特に太っているようには見えない。
「成長期だし、体重くらい、増えるものじゃないか?」
「……一年前から、身長、伸びてないの」
一年前から伸びが加速している俺とは対照的だ。
愛梨は成長期が来るのが早かったが、終わるのも早かったようだ。
いや、でも……。
「身長以外の場所が……痛い、蹴るな! まだ何も言ってないだろ!」
「バカ! ヘンタイ! エッチ!!」
俺は慌てて脛を抑えた。
愛梨は両手を胸の前で交差させながら、不満そうな表情を浮かべる。
「これ以上、大きくなっても、困るのよ」
「そ、そうか」
確かに今でも愛梨の胸は大きい。
詳しいことは分からないが、あまり大きすぎると下着のサイズが合わなかったり、服の選択肢も減ると聞く。
それに錘のようなものだから、やはり運動にも不便だ。
少々、いやかなり、デリカシーに欠けていたな。
「ごめん、愛梨。今のは俺が……」
「それとも、一颯君は……」
俺の謝罪に、愛梨の声が重なる。
「もっと、大きい方が好き?」
――好き。
その言葉で、数日前の記憶がフラッシュバックした。
酔っぱらった愛梨に「好き」と言われ、キスをねだられた時のことだ。
あの時の返答を、俺はまだ愛梨に伝えられていない。
機会を逸してしまったのだ。
今更言い出すのも変だし、愛梨の方もそのことに触れないから、もしかしたら覚えていないのかもしれない。
「……どうなの?」
「別に。……お前は、お前だろ」
俺は別に愛梨の胸が大きいから、顔が可愛いから、好きなわけじゃない。
一緒にいて楽しいから、好きなのだ。
胸の大きさはその楽しさには関係ない。
「ふ、ふーん。そう。答えになってないと思うけど、まあ、いいわ」
愛梨は俺の回答に納得したのか、頬を掻きながらそう言った。
その顔は真っ赤に染まっている。
「とりあえず、ダイエットに付き合ってくれるってことで、いいわよね?」
「いや、よくないが……」
「はい、これ」
再び拒否しようとする俺に愛梨が差し出したのは、一枚の券。
“愛梨ちゃんの言うこと何でも聞いてあげる券”だ。
「……分かったよ」
「ふふん」
俺が項垂れると、愛梨は得意気な表情を浮かべた。
「じゃあ、明日から筋トレとランニング、付き合ってね」
「はいはい」
まあ、そのくらいの運動なら普段からやっている。
愛梨は女の子だし、根性なしだから、そこまで厳しい運動はしないだろう。
ちょっと付き合うくらいなら、どうってことない。
「あと、お弁当も作ってくるから」
「はいはい。……え?」
弁当?
……愛梨の、手作り?
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