第5話
一月三日。
「ん! 甘くて美味しい!」
「お前、いきなりデザートからかよ……」
俺と愛梨は高級ホテルのレストランで、一緒に食事をしていた。
俺と愛梨だけでなく、それぞれの両親もいる。
風見家と神代家、合同の新年会だ。
今年も例年と同じ場所で行われた。
父親は父親、母親は母親同士、子供を放って楽しそうに話し込んでいる。
……話しかけられても面倒なので、別に構わないのだが。
「良いじゃない。ビュッフェなんだし、好きな物から食べて」
俺の苦言に愛梨は唇を尖らせた。
確かに何をどういう順番で食べようと愛梨の勝手ではあるのだが、しかしいきなり山盛りのスイーツを食べ始めたら、ツッコミの一つや二つ、入れたくなる。
「そういう一颯君は真面目過ぎない? せっかくのビュッフェで、サラダ食べる? もっと他に食べるものがあるでしょ。お肉とかスイーツとかお魚とかスイーツとか」
「最初にサラダを入れた方が、血糖値が上がり辛いんだぞ」
物事には順番とバランスがある。
ビュッフェとはいえ、サラダ、スープ、魚料理……という順番で食べたい。
もちろん、デザートは最後だ。
「私、一颯君のそういうところ、嫌い」
「そうか。気が合わなくてすまないな」
愛梨と言い合っていると、「今日も仲が良いわねぇ」と茶々が入った。
俺の母親だ。
顔が赤くなっているところから、既に酒が回り始めているようだ。
「私、本当は娘が欲しかったの。だから愛梨ちゃんみたいに、可愛い女の子が、私の娘になってくれたら、嬉しいわぁ」
実の息子がいる前でなんてことを言うんだ、このおばさんは……。
「ダメだぁ! やらんぞ、うちの娘は!」
すると、突然、大声が上がった。
同時に愛梨が嫌そうな顔をした。
「いくら、一颯君といえども、娘はやらん! だから、うちの息子になれ!!」
愛梨の父親は、酷い酔い方をしていた。
酒、弱いの分かってるのにどうして飲むんだ……。
「お父さん、黙って。お願いだから」
愛梨が低い声を出した。
今にも怒鳴り出しそうな勢いだ。
「落ち着け、愛梨。……酔っ払いの言っていることを、真に受けるな。料理、取りに行こう」
「……そうね。それもそうだわ」
愛梨は小さくため息をついた。
そして自分の父親を睨みつけてから、立ち上がる。
二人で料理を取りに向かうと、後ろから声が聞こえてきた。
「ママ……愛梨が冷たい……昔は、パパのお嫁さんになるって、言ってくれたのに……」
「恋人の前で父親が醜態を晒したら、冷たくもなるでしょ。思春期だし」
愛梨にも、その声は聞こえたらしい。
脚が止まった。
俺はそんな愛梨の背中に手を回し、強引に押し出すようにその場から離れる。
「ねぇ、一颯君。あれ、本当になんとか、ならないかな?」
「あの様子だと、すぐに酔いつぶれるだろ。放っておけよ」
俺はそう言いながら愛梨の皿の上にスイーツを乗せた。
俺の予想通り、愛梨の父親はあっという間に酔いつぶれた。
そして俺の母親も、先ほどまでのハイテンションはどこへやら、うとうとし始めている。
保護者四人のうち、二人が酒に飲まれたわけだが……。
「それにしても、学校をサボって遊園地デートなんて、ロマンティックだわ。愛梨が羨ましい。うちの主人とは大違い。さすが、一颯君ですね」
「ふふ、まあ、俺に似て、イケメンに育ちましたからね。自慢の息子ですよ」
愛梨の母親と、俺の父親は、楽しそうに談笑していた。
二人ともこの後、車を運転する予定があるため、酒を飲んでいない。
しかし学校をサボったことを褒めるのは、保護者としてどうなんだ?
いや、俺が言うのもおかしな話だけど。
「私がもう少し若かったら、一颯君と結婚したかったわ」
愛梨の母親が頭のおかしなことを言い始める。
この人、本当に酒飲んでないのか?
「何言ってるの! ママ!!」
案の定、愛梨が反発した。
愛梨は真っ赤な顔で自分の母親を睨みつけた。
そして俺に抱き着いた。
……うん?
「いーくんは、あいりの!」
「おい、愛梨。お前、急に何を……」
「いーくんは、あいりと結婚するの!」
愛梨の様子が、おかしい。
言動がおかしいのもあるが、その顔色も良く見るとおかしかった。
妙に顔が赤いし、目も潤んでいる。
そして口からは僅かにアルコールの香りがした。
「お前、まさか、ジュースと間違えて……」
「ママにはあげない!」
愛梨はベーッと、自分の母親に舌を出した。
一方、舌を出された愛梨の母親は困惑顔だ。
酔っぱらった娘の言動自体は面白いが、しかし酔っぱらっているのは心配だし、何よりうっかりとはいえ未成年飲酒は不味い。
これ、どうしよう。
そんな顔をしている。
「ねぇー、いーくん」
「なんだよ」
「いーくんのステーキ、ちょうだい?」
「嫌だよ。自分で取って来いよ」
「いーくんのがいいの!」
さっきから、言動が幼い気がする。
どうやら愛梨は酔っぱらうと、赤ちゃん返りするタイプのようだ。
……言葉遣いが幼く、素直になっているだけで、言っている内容は変わらないが。
「あー、はいはい。分かったよ」
「わーい!」
「あーん」
愛梨は大きく口を開けた。
食わせろということらしい。
愛梨にこういうことをしたことがないわけではないが、しかし今は親の前だ。
正直、したくない。
「いや、自分で……」
「あーん」
しかし酔っぱらい、恥も外聞もかなぐり捨てた愛梨は無敵だ。
口を開けて俺に迫ってくる。
仕方がないので、俺は愛梨の口にステーキを放り込んだ。
「おいしい!」
「ああ、そう、良かったな」
「ねぇ、いーくん」
「なんだよ。……お代わりはないぞ?」
俺の言葉など聞こえていないのか、愛梨は上目遣いでこちらを見つめる。
そしてその艶やかな唇を動かした。
「キス、して?」
「は?」
こいつ、何を急に!
「キスして、いーくん!」
「な、お、お前、バカ……親の前で、何を!」
「バカじゃないもん! ねぇ、して? いいでしょ?」
「よくない! こ、こんなところで、できるわけ……」
「前はしてくれたじゃん!」
「離れろ、よせ、おい!」
縋ってくる愛梨を、どうにか引き剥がそうとする。
しかし意外と力が強い。
本気で力を込めれば引き剥がせるかもしれないが、怪我をさせるわけにもいかない。
「ねぇ、いーくん」
「ちょっと、待っ……」
「しゅき」
愛梨の言葉に、思わず力が緩む。
同時に頬に柔らかい物が触れる。
「いーくん、しゅきぃ……」
そう言って愛梨は俺に体重を預けて来た。
意外と重い。
「おい、愛梨。……愛梨?」
しかし様子がおかしい。
ついさっきまで強い力で抱き着いてきていたのに、今はまるで力が抜けてしまったようだ。
俺は慎重に愛梨を引き剥がし、揺する。
「ん……しゅきぃ……」
目を閉じながら、愛梨はそう呟いた。
寝言だ。
……寝落ち、しやがった。
「一颯君、前もしたって……どこで? どんな風にしたの?」
「詳しく聞かせてくれ、一颯」
「あー、いや、その……」
俺は一人で、保護者たちに説明する羽目になった。
……覚えてろよ。
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