第2話
ダイエットに付き合う。
そう約束したその日の夕方から、ダイエットは始まった。
夕方は一緒に筋トレ、翌朝は一緒にランニングをした。
そして翌日の昼休み。
「はい、一颯君。お弁当」
「ああ、ありがとう」
俺は愛梨から弁当箱を受け取った。
約束通り、弁当を作ってくれたらしい。
蓋を開けて見ると、色とりどりのおかずが入っていた。
おかずだけだ。
ご飯のような炭水化物はない。
おかずも低糖質なメニューばかりだ。
「てっきり、鶏むね肉とブロッコリーばかり、食わされるのかと思った」
「嫌よ、そんなの。一颯君は良くても、私が持たないもの」
「……素朴な疑問だが、俺が食事制限する必要、あるか?」
「何言ってるの。運動だけじゃなくて、食事制限もしないと、痩せないじゃない」
「いや、俺は痩せたいわけじゃないんだが」
一人で運動しても楽しくないから、一緒に付き合ってくれというのは、分からないでもない。
だが一緒に食事制限まで付き合う必要があるとは思えない。
というか、意味が分からない……。
「私一人だと、嫌だから」
自分だけ辛い思いをするのは嫌だから、お前も一緒に苦しめ。
身も蓋もない理由だ。
「それとも、なに? 私のお弁当、嫌? 不満があるの?」
「いや、まさか。……食事制限に疑問があっただけで、お前の弁当に不満はない」
俺は答えてから、箸でおかずを一つ、摘まんだ。
鶏むね肉の大葉巻き……でいいのだろうか?
正式な料理名は分からない。
「美味しい。さすがだ」
「ふーん……何味か、分かる?」
「……多分、梅?」
俺がそう答えると、愛梨は笑みを浮かべた。
「正解。あと、そっちは味がちょっと違うの。当ててみて」
「あぁ、うん。これは……レモン?」
「よく分かったじゃない」
ちゃんと“味わっている”ことが伝わったからだろうか。
愛梨の機嫌が露骨に良くなった。
実際、お世辞や誇張抜きで愛梨の手料理は美味しい。
……母のよりも、好きだ。
さすがにそこまで口には出さないが。
その後も料理を褒めながら、食べ進める。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末様です」
低糖質低脂質だったが、味付けはしっかりされていたし、種類も多かった。
何より美味しかったこともあり、ダイエット食の割には満足できた。
「明日も作ってくるから。楽しみにしててね」
「あぁ、うん。楽しみにしている」
しかしいつまで続けるつもりなんだろうか。
……美味しいからいいけどさ。
ダイエットが始まって、二週間が経過した。
「もう、飽きた……」
愛梨が根を上げた。
箸を握りしめたまま、自分の弁当箱を睨みつけている。
「鶏むね肉も、おからも、お豆腐も、もう食べたくない……」
「あぁ、そう? ……俺はそうでもないけど」
毎日、愛梨と同じメニューを食べている俺だが、全く飽きていない。
むしろ、楽しみにしている。
できるだけ長く、ダイエットを続けて欲しい。
「一颯君は家で普通のご飯、食べてるんでしょ! 私は毎日、毎食、こればっか食べてるの! お菓子だって食べてない!!」
俺も菓子は食べてないけど……。
とはいえ、朝食と夕食はしっかり食べている。
愛梨と苦しみを共有できているとは言えない。
いや、そもそも共有する意味はないけどな。
俺はダイエットする必要、ないし。
「焼肉食べたい。ラーメン食べたい。ケーキ食べたい……」
「そんなに辛いなら、やめたらどうだ? 言うほど太っているようにも見えないし、無理なダイエットを続ける方が……」
「無責任なこと言わないで!」
怒鳴られた。
今日はいつも以上にイライラしてるな……。
ブドウ糖が足りてないんじゃないだろうか?
「とりあえず、食べた方がいいと思うぞ」
「うぅ……!」
愛梨はこちらを睨みながら、唸り声を上げた。
そんな顔をされても、どうにもならないと思うけど。
「じゃあ、食べさせて」
「……はぁ?」
「食べさせて。そしたら、食べる」
「お前なぁ……」
「ねぇ、お願い」
上目遣いで迫ってくる愛梨。
俺は呆れながらも、周囲を見渡す。
幸か不幸か、屋上には俺たち以外、誰もいなかった。
俺はため息をつきながら、愛梨の弁当と箸を持つ。
「ほら、口、開けろ」
「あーん」
愛梨は言われるままに、大きく口を開けた。
桃色の舌が、口の中から覗く。
何だか変な気分になりながらも、鶏むね肉のステーキを愛梨の口の中に放り込んだ。
「んっ……美味しい」
「まあ、お前の料理だしな」
「もっと、ちょうだい」
愛梨はそう言いながら口を前に突き出した。
何だか、キスをねだられているみたいだ。
そんな邪な考えが脳裏を過る。
「一颯君、早く。ちょうだい」
「あぁ……ほら」
「んっ……美味しい。一颯君の味がする」
「するわけないだろ……お前の箸だぞ」
これが俺の箸だったら、分からないでもないが。
……いや、俺の唾液の味って何だよって話だけど。
「愛情の話よ。箸って……何を考えてるの? 気持ち悪い」
「気持ち悪い表現したのは、お前だろうが」
正直、照れくさいので自分で食べて欲しい。
しかし口を開けたまま待機する愛梨を放置するわけにもいかない。
そうこうしているうちに、やめようと言い出す機会を逸してしまい、結局全て食べさせてしまった。
「ごちそうさま。ありがとうね、一颯君……じゃあ、次は私の番ね」
「は?」
気が付くと、愛梨の手の中に俺の弁当箱と箸があった。
愛梨はどこかウキウキした顔で、おかずを箸で摘まんだ。
「はい、あーん」
「いや、自分で……」
「あーん!」
愛梨は俺の口元にぐいぐい、食べ物を押し付けようとしてきた。
仕方がなく、口を開ける。
「どう、美味しい?」
「あぁ、うん。……美味しいよ」
「私の味、する?」
「しない。もういいだろ……んっ」
「ダメ。私の味を感じられるまで、やめないから」
そう言いながら愛梨は俺の口の中に、おかずをどんどん放り込んでくる。
「やめろ」と口を開くたびに食べ物を放り込まれるので、避けられない。
腕を掴めばさすがに止まるかもしれないが……。
それで弁当箱をひっくり返されると、困る。
……そんな言い訳を考えているうちに、俺の弁当箱は空になってしまった。
「……ごちそうさま」
「私の味、感じられた?」
「あぁ、うん。感じた」
「……うわっ、気持ち悪い」
「お前が言わせたんだろうが」
俺が文句を言うと、愛梨は楽しそうに笑った。
機嫌を直してくれたみたいだし、これで良いにするか。
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