記憶と3
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彼は本当は、スカジ・オスクリタという名前ではなかった。運送会社で働く21歳の若者だった。毎日休みもなく、休憩すらなくトラックを走らせていた。睡眠時間もほとんどなく、人手不足のため夜勤も走り続ける。そんな毎日だった。
そう、彼は龍と同じ世界で生きていた人間だったのだ。魔法なんか存在しない世界のため、魔力を持っているはずもない。それが当たり前の世界。超能力を持っているような人間もいたが、そんな人間は一握りだけだ。
運送会社でスカジより何年も前から働いている人間には休みも休憩もある。仕事が間に合わなければ、新人や自分より弱い者に押しつけるのだから休憩もとれる。たとえ仕事が残っていても、彼らは他の人に任せて帰ってしまうのだ。
全て仕事を任せ、休みを取る者もいる。荷物を時間内に届けることができなければ怒る。それがその人物が押しつけた荷物だったとしても関係ない。押しつけられた所為で間に合わなくなったのだとしても関係ないのだ。
多くの新人は、それが理由で辞めていくのだ。だが、スカジは違った。辞めるという考えは何故かなかったのだ。
何故なら自分が働いている間に、この会社を潰そうと考えていたからだ。結果的に、会社の実態が明るみに出て潰れるのだが、スカジはそこまでは知らない。
その日もスカジは仕事を押しつけられていた。仕事がよくできて、予定よりも早く終わらせることができると、家族に嘘をついている男に仕事を押しつけられたのだ。誰がどの荷物を担当しているのかはわからない。
予定より早く終わらせ、会社に戻ってくることができればそれだけ仕事ができるということなのだ。早く戻りすぎると怪しまれるので、近くの荷物だけは自分で届ける。しかし、会社も知っているのだ。仕事を押しつけることを知っていて、放っておいている。
スカジは毎日、隠し持っているノートに書いている。どこで、誰に、どれだけの荷物を押しつけられたのかを。押しつけた本人や、上司に言われたことなどを細かく書いているのだ。名前、時間などを記入してはノートを誰にも見つからないように隠す。
そうしなければ、会社の人間に見つかった場合処分されてしまうかもしれないからだ。それだけは、避けなければいけない。
――ああ……眠い。今日事故でもおこせば、あの会社は潰れるだろうか。
赤信号で待ちながらそう思う。そして、青に変わった信号。スカジはゆっくりとトラックを走らせた。数分信号で止まることなく走り続けて、目に止まった反対車線を走る1台の車。
まだ遠くにいるというのに、両親と男の子が乗っていると分かる。他の車も走ってはいるが、トラックからもその車からも少し離れている。
――あれにしよう。
思ったと同時にアクセルを強く踏む。急いでいるトラックにとって、スピード違反は日常茶飯時だ。周りの人は飛ばしているとしか思わないだろう。
しかし、スカジはハンドルを切ると、反対車線を走った。反対車線を走っていた車はもう目の前だ。スカジは後部座席に乗っていた子供と目が合った気がした。そして、正面衝突。走っていた車は見るも無惨な鉄の塊となって転がっていた。前半分は潰れており、運転席と助手席に座っていた夫婦は即死だろう。後部座席に座っていた子供も生きているかわからない。
それほどに車は原型をとどめていなかった。しかし、トラックは転がっている車よりは酷くないようだった。スカジはシートベルトにより大怪我はしていないが、ハンドルに頭をぶつけたようで血が流れている感じがしていた。
「ふふ……ふははは!!」
思わず笑ってしまう。隠していたノートを助手席へ置く。表紙には自分の名前が書かれている。自分も罪に問われるが、きっと会社の実態が明るみに出るだろうと思うと笑いが止まらなかった。
笑いを止めると、周りが騒がしかった。当たり前だろう。大事故が起こったのだ。近くを走っていた他の車が巻き込まれることはなかったが、スカジに選ばれてしまった1台だけは悲惨な状態だ。よく大破した車から火が出なかったなと思うほど。
他の人は車を停めて、乗っていた人が生きているのかを確認しているのだろう。車内に呼びかける声が聞こえてくる。運転席と助手席は潰れてしまい、どうすることもできない。しかし、後部座席にいた子供がどうやら生きていたようだ。返答があったようで、声をかけている。
「大丈夫か!?」
「すぐに助けてあげるからな!」
そんな声が聞こえてくる。まさか生きているとは思わなかったスカジは小さくゆっくりと息を吐いた。しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。
――生きていたのか。
幸せな家族。だからこそ、あの車を選んだのだ。憎いのだ。テレビでは幸せな家族、大切な子供と嘘をつく両親。そんな両親は家へ帰ってくると、姿を見ればすぐに罵声を浴びせる。それのどこが幸せであり、大切な子供に対しての態度なのだろうか。
「私は自分の子供が宝物です。とても大切なんです」
テレビの中から聞こえてくる母親の声。画面には化粧をふんだんに塗りたくった、化けた母親が映っていたが何も感じない。
「ええ、子供は大切ですよ。そんな子供と一緒に暮らしていて毎日幸せです」
カメラに向かって取材を受ける父親の笑顔が、言葉が偽物だと気がつく者もいない。逆によくここまで大勢の人間を騙せるものだなと思うほどだ。近所の家の人間ですら気がつかない。それらが全て偽物だと。
「本当、気味の悪い子」
「これが私達の子供だとは思えない」
そう言って殴る。他人が気がつかないように服で隠れる場所を蹴飛ばす。そう思うなら、嘘なんかつかなければいいのに。これでスカジが暴れて問題を起こせば、本当は嘘をついていたと発覚するのではないのか。毎日そう思って過ごしていた子供時代。幸せってなんなのかもわからない子供時代。幸せを知らない今現在。
だから、スカジは幸せな家族が憎かった。家では両親は仲がよく、スカジの存在はいないかのようだった。スカジの存在に気がつけば暴力を振り、決して見える場所には怪我をさせない両親。外に出れば幸せな家族を演じなければいけなかった。好きなことも言えない、本当のことすら言えない。何もかも、両親がついた嘘の通りに演じる人形だった。憎い。幸せな家族、両親、気がつかない周り、何もかもが憎かった。
幸せな家族が一つなくなっただけで、スカジは何とも思わない。たった一つだ。全てなくなってしまえばいいと思っていたスカジには少なすぎる。事故を起こしただけ。幸せだったであろう家族が一つなくなっただけ。それだけだ。なのに何故、そんなことに大騒ぎをするのか。多くの幸せな家族のうち一つが消えただけ。多くの人間が生きている中で、2人が死んだだけ。
トラックへと近づいてくる男性の声。降りてこない運転手が生きているのかを確認しようとしているのだろう。ぶつかった車は、運転席からなんとか見える場所にある。だが、道路を歩いている人にはスカジが見えていないのだろう。だから確認しようと近づいてきているのだろう。
――誰か警察と救急車呼んだのかな。
聞こえてこない音に、何故かそう思いながら目を閉じた。別に子供の心配をしているわけではない。けれど、何故かそう思ったのだ。目を閉じたと同時に、聞こえていた騒がしい声が突然聞こえなくなった。不思議に思い目を開くと、そこは見たことのない場所だった。意識を失って、どこかへ運ばれたのかと思ったが、そうではないようだ。
何故なら、目の前にはコスプレでもしているかのような男性がいたからだ。それに、スカジは床に座っていた。男性は驚いたように目を見開いている。どこかへ運ばれたのだとしたら、目の前にこんな男性はいないだろう。普通ならば、運ばれる場所は病院のはずだ。目の前にいるのは、医者や看護師、もしくは両親か事情を聴くために訪れた警察だろう。しかし、目の前にいるのは違う人物。
「……ここは?」
呟きに答えは返ってこなかった。代わりに男性は部屋から飛び出すと、手に救急箱を持って戻ってきた。
それを見て、ハンドルに頭をぶつけたことを思い出す。視界に血が滴っていくのが見えた。男性は血を拭い、傷口を消毒して包帯を巻いた。そして救急箱を閉じて、漸くスカジの先ほどの言葉に返した。
「ここはクロイズ王国の城、召喚の間」
クロイズ王国。 聞いたことのない名前の国だった。それに、目を閉じた一瞬でトラックから、この部屋に移動していた。血が滴り手当てを今したことから、意識を失っていたわけでもなさそうだった。もし意識を失っていたのなら、すでに手当はされていただろう。
それなら、どうやってここへと来たのか。スカジは説明を求めるように男性を見た。まだ怪我を気にしているのか、心配そうな顔をしていた。
それでもスカジの言いたいことがわかったようで、男性は口を開いた。
「俺があんたを召喚したんだ。魔力は高くないから、魔力増幅アイテムをつけてだけどな」
普段のスカジであれば、この男性の心配をしていたかもしれない。何かを召喚することはできない、現実を見ろと言っていたかもしれないのだ。たとえ、幸せな家族が憎いといっても頭の心配などはする。
だが、今自分がいる場所や部屋の中。そして、近くに落ちている本を見てそれは言えなかった。そこには見たことのない文字が並んでいたのだ。読むことができない文字と、自分のいる場所に男性が言っていることは本当なのだとわかる。
――タイミングがいいな。あのままあそこにいて、捕まるよりはよかったのかもしれない。
「俺はビトレイ・アースト。お前の名前は?」
名前を聞かれてすぐには答えなかった。本名を名乗ってもよかったのだが、見たことのない文字に自分のいた世界ではないと思い、別の名前を名乗ることにした。
「私はスカジ・オスクリタ。本名は須藤可武弐ですが、こちらは覚えなくて構いません」
咄嗟に名乗った名前は、以前ゲームで作ったキャラクターにつけていた名前だった。
「本名じゃ困るの? まあ、覚えにくい名前だから覚えないけれど」
そう言ったビトレイは、右手を差し出した。スカジは左手を差し出した。すると、握手だと思っていたらどうや違ったようだ。スカジは左手を引っ張られ立ち上がる。
怪我をしているので検査をしようと言うビトレイは、返事を聞くことなく歩き出した。手が掴まれたままなので、スカジも歩いて部屋を出た。
すると、そこは広い廊下だった。クロイズ王国の城だと説明するビトレイは、ここで召喚士見習いとして働いている。働いているといっても、毎日召喚の練習だ。しかし、ビトレイは今まで一度も召喚ができなかった。その代わりに、休憩中に剣の練習に参加すると誰もビトレイに勝つことはできなかった。
召喚士よりも剣士に向いていると言われるほどだった。しかし、ビトレイには夢があったのだ。そのために、どうしても召喚術を使えるようになりたかったのだ。
医務室へとつくと、スカジは部屋にいた医師に怪我の具合を見てもらった。街で怪我をしているところを見つけて、連れてきたと嘘をつくビトレイにスカジは何も言わなかった。医師は、スカジの変わった格好を見て首を傾げたが何も言うことはなかった。
手当てをしたが、頭を打っているかもしれないと言うビトレイに医師は考えた。そして、スカジの頭に手を翳した。何をしているのかわからないスカジだったが、医師は怪我以外に何か脳や頭蓋骨に異常がないかを見ていたのだ。
どうやら問題なかったようで、医師は消毒をして新しい包帯を巻いて痛み止めを処方してくれた。礼を言って医務室を出ると、今度は別の部屋へと連れて行かれる。そこはビトレイの部屋だった。通された部屋へと入り、ビトレイが引いたイスにスカジが座ると向かいの椅子に座ったビトレイは口を開いた。
「スカジは夢ってあるかい?」
「夢? ……そんなものないですよ」
突然の質問に首を傾げながら答えた。夢なんかあるはずもなかった。もし夢があったとするなら、早く家を出ることだろう。そして、勤めていた会社を倒産させることだろう。
家は高校を卒業してすぐに出た。会社は倒産させることができたかはわからないが、自分が働いていた場所は潰せただろうと考えている。ノートを置いてきたのだ。あの会社はどれだけブラックなのかがわかるノート。誰かに処分されされていなければ、警察が隠蔽さえしなければ問題になっているだろう。
「じゃあ、国の乗っ取りに興味ない?」
国の乗っ取り。それがビトレイの夢だった。彼の魔力は低い。召喚士見習いとして城の召喚士達から教えてもらってはいるが、全く召喚することができなかった。
ビトレイ以外にも召喚することができない見習いはいた。しかし、召喚できずに辞めてしまった者や、何も言わずに姿を消してしまったが者が多くいたのだ。
それでもビトレイは召喚士見習いとして残っていた。それには理由がある。強い使い魔が欲しかったのだ。そのため、魔力増幅アイテムをつけて召喚したのだ。それをつければ、魔力が上がりビトレイであっても召喚することができたから。そのため、それを使ったらスカジが召喚された。
魔物ではなく人間が召喚されたことには何か理由があると考えたビトレイは、机の上に置いてある水晶玉を手に取った。これは一度だけ魔力を見れる魔法アイテムだ。
「国の乗っ取りですか……。面白そうではありますね」
「そうだろ!? 俺はそれを考えている。一緒にどうだ?」
「私には夢もやりたいこともないですし、面白そうな話ですので、その話に乗ります」
スカジの言葉にビトレイは喜んだ。1人で計画を立て、実行するよりは2人で行った方が成功する可能性が高い。
机の上から手に取った水晶玉を、スカジの前に差し出した。首を傾げるスカジの右手を取ると、水晶玉の上に手を翳した。光り方によって魔力の高さを知ることができる。
白く光るそれは、輝きを増していく。魔力が高いだけだろうと思っていたビトレイだったが、さらに光り輝く魔法玉に驚いた。本来は白く光るのが人間の魔力。色がつく魔力は魔物の魔力だ。しかしスカジの魔力は白から黒くなったのだ。彼は魔物ではなく人間なのにだ。人間であっても、魔力に色がつく場合がある。それが黒い場合は、邪な心や邪悪な思いを持っていることが多いのだ。魔法玉いっぱいに光るそれに魔力の高さがわかる。それを見てビトレイは思った。
――これなら、国の乗っ取りができる!
色なんか関係なかった。魔力が高いスカジに、可能性があると嬉しくなったのだ。ビトレイの行動は早かった。自分の持っていた黒いローブをスカジに着せると、2人は深夜城を出た。黙って城を出ても、召喚士見習いにはよくあることだ。誰もいなくなった人物を探すことがなければ、スカジの存在も知らない。医師は知っているが、どこの誰かもわからないのだから、どこに行ったかまではわからない。
2人はそのまま城のある街から離れた街の宿に宿泊した。その街には誰でも入ることができる図書館があった。そこでスカジは文字の読み方と書き方を教えてもらい、夜は魔法を教えてもらった。
初級魔法はビトレイも使えるので、実際にやって教えた。しかし、初級魔法以外は使えないので、お互い本を読みながらの練習だった。それでもスカジは1ヶ月で多くの魔法を使えるようになった。召喚術も使えたが、使い魔にすることはなかった。
しかし、スカジは魔法以外はできなかった。剣も弓も護身術も何もできなかった。それでもビトレイは構わなかった。自分が魔法を使えない代わりにスカジが使い、剣で戦えないスカジの代わりに自分が戦えばいいと考えたのだ。
そしてある日、スカジはとうとうそれを見つけた。それは禁術について書かれている本。融合、人の記憶を書き換える、人を操るなど様々なことが書かれていた。しかし、禁術ということもあり使用方法は書かれていなかった。
だがスカジは見つけてしまった。図書館にある本を読み、メモをとっていたお陰か使用方法がわかってしまったのだ。他の本に書かれていたことをメモした紙を見て、繋げてみるとそれは使用方法となっていたのだ。何枚もの紙を見て繋げていく。人の記憶の書き換え方と人を操る方法。まさか、様々な本に使い方を散らしていたとは思ってもいなかったため、驚きと嬉しさが半分だった。
そしてスカジは夜に数度だけそれらを試した。デートの約束をしていた人の記憶を書き換えて帰らせたり、操り盗みをさせたりした。記憶の書き換えは簡単だった。頭に手を翳して自分に会ったことをなかったことにし、今日はデートじゃなく真っ直ぐ帰ると言えば書き換えられる。魔力を放出すれば、大勢の記憶を同時に書き換えることも可能だった。
操る方法も頭に手を翳せばよかった。ただ、人によるがその日の記憶がなくなるか、スカジに会う前から記憶がなくなるか。指示をして操ってしまえば、解かない限り操られたままだ。たとえ遠く離れていても操ることができる。それがわかると2人は国王交代と合わせて国を出た。国を出る人間のことまで、詳しく調べる者もいなかった。
暫くは近くで魔物を魔法で倒し、訓練していた。そして、国王交代が終わるとヴェルリオ王国へ入った。ビトレイは単身で魔物討伐などをしていたが、スカジは1人では魔物を倒すことはできない。召喚したことはあっても、使い魔はいないのだ。言うことを聞いてくれる魔物もいないスカジが魔物討伐に向かえば、すぐに殺されてしまう。暫くはビトレイと宿ですごしていたが、スカジは城へ行き、直接国王に会い仕事を紹介してもらうことにした。その時に、魔力を放出して記憶を書き換えたのだ。
図書館へ入ってもいいという許可をスカジへ与えるという偽りの記憶。それによってスカジは国王と関わることのない場所で働きながら、休みの日は図書館で禁書を読んだ。図書館には様々な本があり、禁書の中には異世界のことが書かれているものもあった。
異世界。それは、スカジが元々住んでいた世界でもあった。この世界が存在しているのなら、他の世界も異次元に存在しているのではないかと書かれていた本にスカジは興味を持った。『黒龍』や『白龍』がその世界へ自由に行き来できる。そう書かれていたものもあった。しかし、異世界があると知れば混乱をまねくかもしれない。だから、禁書となっていたのだ。この力を持ち、『黒龍』になり異世界へと渡ればその世界も乗っ取れるのではないか。スカジはそう考えるようになった。『黒龍』や『白龍』のことも調べるようになった。この国ではどう思われているのか、他の国ではどう思われているのか。様々なことを知ることができた。
スカジはビトレイとは7日に一度会っていた。それは、忘れることなく必ず行われていた会議だった。そして、久しぶりに偶然街中で国王に会ったスレイは魔力を放出すると、近くにいた者達も含めて自分が国王専属召喚士にするという記憶を植えつけたのだ。国王の言葉は絶対ともいえる。その場で国王専属召喚士として任命されたスカジは、その日から城への立ち入りは自由だった。それだけではなく、国王の手が回らない時は書類の手伝いもしていた。国王がやらなくてはいけないもの以外は手伝っていたため、様々な情報を入手することも簡単だった。
たとえ忙しくとも、ビトレイに会うことは忘れなかった。ある日も同じように、国の乗っ取り計画の話をしていた。だが、その話を偶然通りかかったソフィネット・オリマに聞かれてしまったのだ。
スカジは国王へと計画を話すと言うソフィネットを利用しようと考えて操ったのだ。2人の代わりにクロイズ王国へ行き、城からの依頼などをこなし、信頼してもらうために。スカジは医師に見られているし、ビトレイはずっとあの国にいたのだ。覚えている者も多い。それならば、誰も知らないソフィネットを行かせた方がいい。
そして、そこで得た情報を提供してもらう。スカジが心で呼びかけるだけで操った者と会話ができた。そして、噂を流してもらっていた。
国境戦争でも、お互いの国が攻撃してきたと思わせるために嘘をつかせた。それで本格的に戦争が起こればよいと考えた。どちらかが戦争に勝てば、兵は疲れているので乗っ取りも楽だと考えたのだ。
しかしそうはいかなかった。ソフィネットは捕まり、戦場で冷静に周りを見ていた者達により調べられたのだ。それは、想定外であった。
スカジとビトレイを怪しむ者が出てきたことを話、国の乗っ取り計画を早めようと2人で話していたときにルーズ・カスネロアが現れた。
ついて来ていることは知っていたし、話を聞いていることも知っていた。ソフィネットと同じように国王へ話に行こうとするルーズをビトレイが止めたのだ。永遠に話すことができないように。
操ることはしない。計画は実行されるのだ。今ならまだ国境戦争の疲れが取れていない者も多い。チャンスだったのだ。
――それに、あれも今なら私のものになるだろう。
そうして静かに2人で城に乗り込むと、メイド達を操り深夜に屋上から火を放ったのだ。ビトレイは炎の矢を使い、スカジは火炎弾を使って。
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いつから国の乗っ取りを計画していたのかも話していたスカジだったが、龍はまともに話を聞いていなかった。二本の刀から手を離し、両手で頭を抱えて蹲ってしまっていた。ずっと昔から計画していたことだと、頭の隅にはあるが痛みにより口を開くことすらできない。
話してすぐにそうなっていた龍だったが、スカジは気にすることはなかった。何故そうなっているのか理解していたからだ。だが、龍が話を聞いていなくても構わなかった。龍に関わる話は始めしかしていないのだから。
直接会ったことは一度もないのだから、スカジは龍のことを後部座席に乗っていた子供という認識しかないのだ。しかし、目が合った気がしていたのは間違いではなかったようだ。幼いながらにも、龍はスカジのことを覚えていたようだった。スカジの話を聞いて思い出したのだ。事故の瞬間の光景や、潰れた車の中で見た血だらけの両親の手。叫びたくなるような光景を思い出し、歯を食いしばる。
そして、スカジは耳元で囁くように言う。
「あの日、初めて人型の貴方を見て驚きましたよ。私がトラックで殺したはずの男が生きてると思ったんです。ですが、見た目が若い。そこで気がつきました。あの時、残念ながら生きていた子供だとね。……貴方は本当、父親そっくりですね」
「!!!」
声にならない叫びを上げて、左右に落とされていた刀を手に取りスカジへと斬りかかった。しかしスカジは、後ろへと下がり簡単に避けてしまう。
黙っていたビトレイがスカジと交代するように前へと出てくると、龍へと向かって行き、左から右へ向かって横へと斬りつけた。上体を起こしたといっても、両膝は地面へついたままの龍がそれを避けることはできなかった。
刀で受け止めることもなく、斬られて声もなく横へと倒れる龍はスカジを睨みつけた。その目を見て笑うスカジ。まさかまだ意識があるとは思わなかったのだ。ビトレイが斬りつけた傷は深い。流れ出す血が止まる様子はない。
「さすが丈夫ですね。……でも、貴方がいると国の乗っ取りも上手くいかないです。貴方は邪魔をしてきますからね」
笑みを浮かべたまま言うスカジは、ビトレイへと視線を向けた。頷くとビトレイは剣を天へと高く上げた。
「最後にソフネットですが、彼は死にましたよ。彼の奥歯に、もしものために毒を仕込んでおいたのです。もう用済みでしたし、捕まってしまったようでしたので、操られているとも知らずに死にましたよ。……龍さんも、ご両親に会うといい。さようなら」
天高く上げた剣が振り下ろされる。動くこともできない龍は強く目を閉じた。くるであろう衝撃を待っていたが、それはなかった。その代わりに高い音が響いた。それは龍にとっては聞き覚えのある音だった。
目を開くと、そこには龍の大太刀を少しだけ鞘から抜き、剣を受け止めている悠鳥がいた。鞘は地面についていた。
大太刀をどこかに置いてきていたことを今になって龍は思いだした。きっと、エリスを背負う時に置いてきたのだろう。そして悠鳥はアレースを病院へ連れて行ったのだと思いながら、彼女の背中を見つめる。力では負けている悠鳥だったが、手に炎を纏わせて大太刀へ這わせる。それはビトレイの剣へも這っていく。
刀を弾いて炎から逃れたビトレイを見ながら悠鳥は後退りをして龍の横へと立つと、境界線を引くかのように目の前に炎の壁を出現させた。近づくことができない2人を睨みつけながら大太刀を鞘に収め、落ちている二本の刀も龍が携えている鞘へ手こずりながら収めた。
「しっかりするのじゃ! 今はここから引くしかない! しっかりその刀を持っておるのじゃぞ!」
龍を起こし、無理矢理大太刀を持たせると、刀を持っていない腕を引っ張り背中に寄りかからせてその腕を首に回させた。それだけで理解したのだろう。龍は腕に力を入れた。
悠鳥は2人を睨みつけると、地面を蹴り翼を広げて高く飛んだ。そして瞬時に『不死鳥』へと姿を変えると、龍を気にかけながら落とさないように飛び立った。
攻撃をしてこない2人の気配を探りながら、燃える街を見下ろす。先ほどよりゆっくり燃えているが、誰も消火をしていない。全員避難したのだろう。
「熱くないんだな……」
燃える『不死鳥』姿の悠鳥に向けて言うが、龍の声は小さかったため悠鳥には聞こえていなかったようだ。赤く燃える街を見ながら、龍はゆっくりと目を閉じた。
アレースとエリスを連れて行った病院へつくと、玄関の前で中に入らずユキが待っていた。黒麒の姿は見えない。地面にゆっくりと下りて悠鳥が半人半鳥の姿になると、力なく龍が地面に転がった。悠鳥は意識のない龍を慌てて横抱きにして病院の中へ入ると、ユキがついてきた。
「多くの人がルイット方面へ避難したわ。黒麒も一緒よ。……アレースが目を覚まさなかったら、エリスに決めさせて。これからどうするのか。一刻を争う」
「わかった」
それだけ言うとユキは立ち止まり、病院の外へ向かって歩き出した。彼女は戦うことができない。ルイット方面へ避難したという黒麒の元へ向かったのだろう。
悠鳥は刀の重さも龍の重さも感じていないかのように病院を歩く。滴る龍から流れる血に、歩く速度を早めるが走ることはしない。ユキの言葉に、もしかするとアレースは目を覚まさないかもしれないと気づいていた。
「悠鳥!」
廊下の先で悠鳥に声をかける女性がいた。他にも担架を押して数人の男性が女性とともに向かってくる。
女性はメモリアだった。一緒にいた男性達の多くは人よりの獣人だ。龍を見て驚くが、悠鳥は気にせず担架へと乗せる。
翼と角が邪魔だったが、斬られたのは腹なのだ。俯せにはできなかった。悠鳥が寝かせた龍が持っていた大太刀を足元に置き、刀ベルトを外して二本の刀も取ると、男性達は急いで処置室へと向かって行った。
「この病院には貴方達と、私達しかいないワ。患者達には避難してもらったノ。だから、話が誰かに聞かれることもないデスヨ」
アレースとエリスのいる病室の番号を告げると、メモリアも早足で処置室へと向かって行った。
暫くすると隣の部屋にある手術中と書かれている標示灯が光るのを確認して、悠鳥は龍の刀を持って歩き出した。悠鳥が向かうのは、先ほどメモリアルに告げられた2人がいる病室。
自分の服や手が、龍の流した血で汚れていることには気がついていたが洗うこともしなかった。
誰もいない病院はとても静かで、悠鳥が歩く音だけが響いていたのだった。




