50 : 決定打とドロップ品
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ブルー・ホーンが次に取った行動は奇しくも僕たち仮面舞踏会の特異戦法だった。
蒸気の量をさらに増やし、視界を塞いできたのだ。
賢い、と素直に思う。
僕、というより大半の人間は知覚のほとんどを占める。
もちろん、鍛えた冒険者はその第六感のようなもので、視界が防がれたとしてもまったく周りを把握できないわけじゃない。
でも、見るよりも精度は確実に落ちるし、範囲も狭まる。
これでもないと思えるほどの有効打だ。
僕は風送りで飛ばすことも考えられたけど、でも、もし魔力量勝負になれば僕に勝ち目はない。
いや、本当にそうだろうか。
僕がここから逃げ回っても、ブルー・ホーンからすれば、中に僕がいる限り、この蒸気を解除するわけにはいかない。
それをしてしまえば、僕がまたさっきと同じ攻撃をしかけてくるかもしれないから。
迷宮の魔獣がどうして人を襲うのか、についてはまだわかっていない。
地上の魔獣と違って、本質的には食事を必要としないから、極端な話人を襲う意味はないのだ。
でも、それでも襲うようにできている。
また、魔獣が人から逃げることはない。
それが、今の僕にとっては都合が良かった。
ゲームで言うところのハメ技に近い。
けれど、確実に有利になるのなら、それを僕が手放すことはない。
生き返りの能力を使い続けるのと同じだった。
そこからの戦いはほとんど鬼ごっこのようなものだった。
最初は近場で水球が出現していたが、感知できる距離なら蜘蛛糸の魔法で相殺した。
それができない距離からのものは、移動し続けることで回避した。
もちろん、攻撃を受けることはある。
でも、体力勝負で僕が負けることはない。
”生き返ればいい”
迷宮都市に来るときに自暴自棄になって走り続けたときと似ていた。
疲れて走れなくなったら、首を斬る。
何度繰り返したのだろうか。
巨大な水球が蒸気の中を充満していたが、捕まりそうになったら、首を切った。
治療の魔法はない。
もし、ブルー・ホーンが僕の想定以上に頭が良かったとしても、
頸動脈を切った人間を蘇生することなんてできないから、捉われない。
檻で囲うような魔法があれば、蒸気で座標探知。すぐに周囲を檻で覆うなんてコンボも決められただろうけれど、そんな魔法がブルー・ホーンにないことはここまで戦ってきてわかっていた。
死ぬ度に少なくなる蒸気の量、そして、最初は綺麗に青く光を灯していたブルー・ホーンは、その光を弱めていった。
この迷宮という環境において、賢かったが故に自ら首を絞めたといえる結果は少し思うところがある。
でも、僕はコイツを倒して、さらに強くなるのだ。
でないと、龍なんて倒せない。
動きがのろくなり、ついには水光線の水球すら出せなくなったブルー・ホーンの腹に向けて僕は何度も剣を突き刺した。
体が大きいせいか、出てくる血の量はとても多く、それでもまだ倒れなかった。
強敵との闘いが泥仕合では締まらないかもしれない。
でも、僕は所詮生き帰るだけの凡人だ。
そんなことを思いながら、僕はブルー・ホーンにとどめを刺した。
僕の体はブルー・ホーンの血で青く、そして薄く光っていた。
ドロップ品の武具は短剣、大きな角、最後に腕で抱えられるほどの魔石だった。
黒のウロコヘビよりもさらに一回り大きいそれは、今まで持った中でも最大のものだった。
体が宙に浮かぶように軽くなる。
いや、実際に浮遊感に襲われていた。
気づけば、真っ白な部屋にいた。
両手を見るとさっきまでついていた血が消えた。
『試練を為した勇者よ、汝に宝玉を授けよう』
その声は前にも聞いた神の声だった。
でも、どこか、機械的というか、実際に喋っているようには聞こえない。
だから、返答はしなかった。
もしかしたら『宝玉』に驚いて、忘れていたのかもしれない。
手に収まるサイズの丸い球体は、天の梯子のような儚い光を放っている。
これで、ネリを助けられる。
そんな嬉しさに身を包まれていたら、また浮遊感に襲われた。
目に映るのはあの迷宮だった。
手は相変わらず、ラメ入りの青い血にまみれていたけれど、その手には宝玉が握られていた。
「バン」
「バン様っ」
声が聞こえた。
振り返ると、ゴルドラン兄妹が立っていた。
ニリアはグラモロスの服を着ており、グラモロスは包帯をお腹に巻いていたけれど無事そうだった。
もしかして、二人とも生き返る力が。
僕が何を思ったのかを悟ったのか、ニリアが口を開く。
「兄様は重症ですが、命に別状はありません。さっき、傷も焼いたので出血も止まっています」
ニリアの声には明らかな安堵が混じっていた。
でも、それ以上に気になるのはニリアだ。
僕の視線に気づいたニリアは言いづらそうに笑った。
「私は無傷です。いえ、というよりも傷が治りました」
本人いわく、龍化の影響らしい。
目が覚めたときにはボロボロの服とは対照的に、もうお腹の傷は癒えていたそうだ。
良かった、その一言に尽きる。
僕は、もう二人が死んだかもしれないとすら思った。
特にニリアは。
でも、生きていた。
「それよりもバン、お前、一人で倒したのか?」
「うん、まあね」
何回死んだのか覚えてないけど。
まぁ、今の僕にとってはすべては些事だった。
ネリを治せる。
「それよりも見て、コレ。宝玉」
「やったな」
グラモロスが屈託なく笑った。
「うん、二人とも、ありがとう」
僕も笑い返すと、ニリアが申し訳なさそうにした。
「ありがとうだなんて。自爆魔法を使わないように言っておきながら、自分勝手に心配しておきながら、戦いに参加できなかった私には」
もし、これが物語の主人公なら、それは違うと否定したのだろう。
でも、今回の戦闘で二人がいたから勝てた、という場面は特になかった。
それに、ニリアに嘘をついてもたぶんバレる。
ただ。
「それでも、だよ。確かにブルー・ホーンは僕一人で倒した。でも、ブルー・ホーンと戦えるようになるまでが一人だったわけじゃない。だから、ありがとう」
僕が手を伸ばすと、二人は握ることをためらった。
えっ、ここで拒否されるの、と悲しくなった。
「一応聞くが、バン、お前まだ人間だよな?」
「え?」
「今のお前、青く光ってるわ、手には妖しげな宝玉を持っているわで。普通にすれ違ったら、人型の魔獣みたいだぞ」
そういえば、血みどろなのを忘れていた。
あっ、そうだった。
僕はドロップ品の短刀と素材の角、そして魔石も二人に見せた。
特に魔石は大きすぎてリュックには入らないから、どっちかに持ってもらわないと捨てた判定になってしまう。
「短刀なら、バン様用ですね。まぁ、今回のドロップ品は全部バン様のものですけど。私たち戦ってないので」
意外に卑屈なニリアは、まだどんよりとしていた。
「それじゃ、帰るか」
グラモロスが明るい声を出した。
「だね、帰ろう」
僕も、同じようにする。
一人後ろにいたニリアに、グラモロスが「隊列守れよ」と腕を引っ張った。
僕は心の中で、もう一度だけ言った。
―――帰ろう、ネリの元へ。




