35 : 告白
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「けど、食べ終わってからにする。さすがに食事中にすることじゃないから」
今からやることは間違いなく、前世ならグロに当たるようなことだ。
もちろん、目の前でやられたら、だけど。
それに、僕にも話す覚悟が欲しかった。
もう、二人と協力しないなんてことはないだろう。
グラモロスの怪力は見ていたし、冒険についてくるのならニリアも何かしら戦える術を持っているとわかる。
龍を倒すという目的も、宝玉を探すという目的も、真剣に付き合ってくれる仲間がいるのなら、いたほうがいい。
それでも、もし仮にこの二人が、そしてトルドーさんが僕を良いように使おうとしたら。
仮に僕一人が逃げたとしても、家族に累が及ぶ可能性があるのだから、もう手詰まりになってしまう。
ご飯を食べ終わり、僕はリュックから短刀を取り出した。
いきなり刃物を手に取った僕にトルドーさんは剣吞な視線を向けてくる。
高位の冒険者はどんな体勢からでも、相手に攻撃できるだけの器用さを持っている。
もし僕が今ゴルドラン兄妹に襲い掛かったら一瞬で制圧されるのが肌でわかる。
「トルドーさん、大丈夫ですよ。これは、人に向けるものじゃないですから」
そう。
これは人に向けるものじゃない。
もちろん、武器として使うこともあるだろうけど、僕にとっての用途は一つ。
「驚かないでくださいね」
僕は、短刀を握りしめて、自分の頸動脈を掻っ捌いた。
吹き出す血、そして目を見開く三人。
死のうとしたとき、もっとも痛みがなく、かつ早く死ねるのが頸動脈を切ることなのだ。
例えば、喉に穴をあければ呼吸ができなくて死ぬけれど、それは窒息死。
切腹など体に深く刃を差し込む方法はあるけれど、人間も存外しぶといから簡単にはしねない。
切腹に介錯人が用意されるのはそういう理由からだ。
けど、頸動脈なら、失血死やショック死で死ぬから、血が大量に抜けていく感覚さえ慣れれば、
痛みはほとんど感じない。
最初は気持ち悪かったけど、何度も死んで慣れてしまっていた。
ネリが見たら、怒るだろうな。
死ぬ間際、毎回、僕を叱るネリの声が幻聴で聞こえるのも、今では嬉しかったりする。
真っ黒な空間。
映されたスクリーンでは、僕の死体へと駆け寄るトルドーさんが見えた。
ちゃんと向きを調整したから、僕の血液は片側の壁にしかかかっていない。
なぜか、生物についた、または取り込まれた血は僕が生き返ってもなくならないのだ。
そして、カウントダウン。
トルドーさんがゴルドラン兄妹に首を振った時、僕は食卓へと戻ってきた。
突然消えた死体に、いきなり現れた僕へと、三人の警戒心が跳ね上がった。
「これが、僕が話を信じる理由だよ、グラモロス」
僕はグラモロスだけを見て言った。
僕のことを気に入ったと言い切ったグラモロスは、今でもそう思うのだろうか。
けど、パーティーを組むうえでは、この話は避けて通れない。
「今、バンは死ななかったのか?」
グラモロスの問いに答える前に、トルドーさんが短く返答する。
「いえ、バン君は間違いなく死んでいました。元ゴールドランクの冒険者として断言できます」
「死んだよ、実際。でも、僕は死なない体、というのは変だね。死んでも生き返る能力がある」
ニリアがうろたえたように言う。
「そんなの、まるで神の御業・・・」
そこまで言ったところで三人がハッとした。
「まさか本当に神がおられるとは、思いもしませんでした」
「おい、ニリア。まさか俺が言うこと信じていなかったのか」
グラモロスがじっとりとした視線をニリアへと向けた。
「兄様は、私が神に会ったと言って素直に信じますか?」
立場を入れ替えて考えてみたのか、グラモロスがそれもそうかと納得したように頷いた。
「恐ろしいことですね」
トルドーさんが僕に憐憫の眼差しを向けていた。
グラモロスもニリアも何かを言いたげに僕の方を見てくる。
僕は空気を変えるように笑った。
「大丈夫だよ。ほら、体も精神もなんともないから。もう慣れたっていうのもあるしね」
言い終わってから気づく。
死んだことが何ともないなんて、もはやまともじゃないと言っているようなものだ。
まぁ、けど、本当に何ともないのだ。
今思い返せば、スライムに食い殺されたときも、恐怖でパニックになることはなかったのだ。
あの黒い空間に入れば、いつも落ち着いた自分に戻っている。
それを恐ろしいと言われるのは、僕も恐ろしいと思っているから、わからなくもない。
「それは、バン様に神が与えたお力なのですか」
ニリアが確認とばかりに聞いてきた。
「そうだよ」
そこから、神に会ったときの話をする。
前世の話は省いて、物心をついたころという嘘はいれたけどね。
いきなり、前世が、とか、こことは違う世界が、と話をしてもややこしくなるだけだから。
「ならば、バン君は有史以来初の神の使徒という立場なのでしょうね。いやはや、もはやバン”君”と呼んでいいかもわからなくなってきましたが」
「やめてください。バン君でもバンでもどっちも大丈夫です。そもそも、龍を倒すように言われただけで、僕は神に仕えているつもりはないんですから」
丁寧な口調で話しかけられるのと、畏まられるのは、似ているようでまったく違う。
変に下手に出られるとやりづらいし、肩もこる。
あっ、そういえば、さっき僕もグラモロスに同じことをしたような。
うん、気づかなかったことにしよう。
「お前、相当に肝が据わってるな」
グラモロスがおかしなものでも見るような目で僕を見てきた。
「さっきも言ったけど、死ぬことには慣れちゃったから、別にそんなでもないって」
「いや、そっちじゃない。もちろん、それもあるが、神に使命を与えられたのに、仕えている気がないとは」
この世界の宗教は神一柱を奉る一神教だ。
もちろん、もし別の大陸があるのならわからないけれど、少なくとも、パディ王国やゴルドラン帝国、周辺諸国に関しては同じ宗教的土台の上にある。
あー、確かに、キリスト教を信じている人に、キリストには会ったけど別に仕える気はないよ、なんて言ったら罰当たりもいいところだ。
「まぁ、神からしても、僕が死ねば、また別の存在を探さないといけないのだし、わざわざこの程度で僕を消すことはしないでしょ」
もちろん、龍を倒せるのに倒さないとかし始めたら別だけど、
ゴルドラン兄妹やネリへの関与を見るに神は僕の道筋を周到に準備しているだろう。
仮に僕が意にそわない行動を取りそうなら、修正するように小さな関与を続けてくる方向だろうな。
なら、ドラゴンも倒せるから、それでいいじゃん、とはならないのが面倒なところ。
神の目的は人の力で正攻法で龍を倒すことであって、別に僕に幸せな人生を送らせることじゃない。
僕の今世の関わりのある人への被害は、たぶん加味されない。
グラモロスはフハハハハハとツボに入ったように笑い始めた。
「面白い。それで、俺たちの話を信じる理由はわかったが、協力する理由はなんだ?」
「ニリアと同じだよ。僕の幼馴染が龍の呪いに罹ってる」




