23 : vs ウロコヘビ - その弐
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ウロコヘビが最初にしたのは、木の上へと登ってくることだった。
さっきまでは地面を移動するだけだったのに、いきなり行動パターンが変わった。
こっからは木の枝を飛び回るだけだと逃げきれそうにない。
けれど、魔力量も無限じゃない。
さっき死んだときに魔力は回復しなかった。
つまり、自殺からの魔法の連発は無理だ。
加えて、高さが都度変わるというのは僕たちの体力から考えてもあまり嬉しくなかった。
僕は死んだら体力は戻るけれど、でもネリはそうもいかない。
それに、僕もまだ自殺する勇気はない。
鉄剣を手放して身軽になった僕は、大けがを負う覚悟で短刀を握りしめた。
両目を潰せれば着火の魔法でデコイを作れるし、その隙に逃げるのも現実的になる。
僕とネリはなるべくウロコヘビの死角である潰れている右目側へと曲がりながら、
ひたすら逃げ回る。
一向に隙が見えない相手であるというのは互いに同じだった。
ただ、体力勝負になれば負けるのは僕たちだ。
どこかで仕掛けなければ。
そうだ。
口を開けさせて、そこに煙幕を突っ込めばどうだろうか。
今、自分たちのいる場所に煙幕を投げても、木の上にウロコヘビが昇ってくるようになった以上、
あまり意味はない。
でも、口の中なら。
ピット器官を狂わせることができるかもしれない
まずはネリよりも遅く走り、敵との距離をつめる。
僕の持っている煙幕は残り二つ。
内、一つを手に取り、タイミングを見計らう。
ネリが木の枝に飛んだ瞬間、僕は足を止めて、煙幕を振りかぶる。
ウロコヘビは一直線に僕へと向かってくる。
溜めた一撃じゃないから、速度は移動速度と変わらない。
上ではネリが剣を握りしめて待ってるのは確認しなくてもわかる。
もう少し、あと少し近づいてこい。
ウロコヘビが大口を開けた瞬間、僕は着火の魔法と一緒に煙幕をウロコヘビの口へと放り投げた。
ギョッとして急いで口を閉じようとしたが、そうはさせない。
ゴブリン討伐のときから、蜘蛛糸の魔法は射出速度を高める方向に訓練してきたのだ。
僕は蜘蛛糸の魔法で火のついた煙幕ごと押し込んだ。
そのまま体当たりされ僕の体は地面を何度も転がり、木の幹にぶつかった。
ウロコヘビはなんとか吐き出そうとしているけれど、魔力を練り上げた蜘蛛糸は簡単には消えない。
生まれた隙をネリが見逃すはずもなく、残っている目も鉄剣で切り裂いた。
逃げるか、戦うか。
その選択を僕とネリは迷わなかった。
今、倒せばより強くなれる。
ランクアップもできるだろう。
目の前にいるのは感知器官を潰された魔獣だ。
戦わないのなら、もう”冒険”とは言えない。
僕はやたらめったら暴れるウロコヘビを見ながら、ネリが突き刺した剣の回収機会を伺う。
ネリはネリで何かを狙っているように静かだった。
ウロコヘビが落ち着き始めた瞬間、同時に動き出した。
僕は手早く剣を抜き去り、ついでとばかりに着火の魔法を潰れた目にお見舞いする。
反対側ではネリがウロコの隙間へと剣を突き立てようとしてはじかれていた。
僕とネリの動きは、もはやウロコヘビには見えていなかった。
アドレナリンがドパドパ出て、
さきほどはねられたときにできた痛みも傷も、どっちもまったく気にならない。
後は、あのウロコを破って倒すだけだ。
どうにかして、倒したい。
今、逃げられるのは、正直言って惜しい。
どこか弱点はないか。
そう頭を巡らせたとき、ウロコヘビの足が目に留まった。
生えたばかりだからなのか、それとも関節部分だからなのか、鱗に覆われていない。
「「足っ」」
ネリも同じことを考えたようだった。
ウロコヘビが生やした足は合計で四本。
互いにいる側面の足へと鉄剣を振る。
魔獣を倒して上がった筋力。
修行を通して磨かれた剣術。
その両方を結集させた剣戟はウロコヘビの露出した皮を切り裂くことができた。
感触だけなら、オークと大差ない。
ウロコヘビがまた体を変容させてはいけない。
今がチャンスなのだ。
無我夢中で振るった剣は足を深く傷つけ、千切れかけの状態へともっていけた。
尻尾での横なぎが見えたので飛んで避けようとする。
だが、足に力が入らなかった。
また死ぬのか。
いや、むしろ肉体は修復されるのだから都合がいい。
そう思っていると、何者かに上へと引っ張られた。
ネリだった。
どうして、その言葉は痛ましそうな目を向けてきたネリの前では言えなかった。
「私は、バンを死なせないために強くなりたかった。それは変わらない。
死んでもいいなんて、思わないで」
見ればネリの体もぼろぼろで、またウロコヘビの血にまみれていた。
でも、立ち姿の力強さは、そこらの大木にも負けていない。
僕を危険を冒してでも助けるのを非合理だとそしることはできなかった。
心を殺してそれができるのなら、僕はとっくにゾンビ戦法をやっていただろうから。
「ごめん」
「許す」
短いやり取りの最中も、ウロコヘビは周囲へと無差別に攻撃をしかけていた。
ネリ側の足はどっちも切り飛ばされており、血が噴水のように溢れている。
蛇は頭を落とされても生きている。
実際、前世では頭を落とした毒蛇に噛まれるという事故も起きるくらいだ。
足を切り落としたところで、まだ死なないのはわかっていた。
ただ、明らかに弱っている。
そこからは一方的だった。
僕は着火の魔法ではなく、火矢の魔法を木の上から打ち込み、
暴れるウロコヘビの体が木に当たれば落ちないように、しがみつく。
ウロコヘビのピット器官は魔法で十分にかく乱できることはさっき確かめたからわかっていた。
ネリはその間に、残りの足も切り落とし、その内側をほじるように剣を突き刺しては、
離脱を繰り返していた。
夕日が木々を照らし、そして夜の帳が空の半分を覆った頃、
ついにウロコヘビは動かなくなった。
死んだとは限らない。
だから、僕もネリも警戒は解くことができなかった。
しかし、同時にその場から移動することもできず、
ネリとともに木の上で簡易の寝床を作って休んだ。
幸か不幸か周囲には魔獣どころか動物の気配すらない。
北の森の異変も、おそらくはコイツが原因だったのだろう。
「ねぇ、バン」
「何?」
「ありがとう」
ネリの声はしんみりとしていた。
「こっちこそ、助けてくれてありがとう」
そういえば、ネリに助けられたのは初めてかもしれない。
スライムのときも、今日も、僕が身代わりになってばっかたっだ。
そういえば、ネリの強くなりたい理由が『僕を守るため』なのは、
なにもお姉さん風をふかしているばかりじゃなく、
スライムに僕が食べられたあの日を境に思ったのかもしれない。
まぁ、野暮だからそんなこと聞かないけど。
ネリが手を握ってくる。
いつものように僕を引っ張る感じではなかった。
存在を確かめるように、壊れてしまわないように。
そんな優しさを覚える。
「私は、」
意を決したようにネリが口を開く。
それを遮るように僕はキスをした。
何か理屈があったわけじゃない。
体を動かすのもきついほど、疲弊している。
実際、咄嗟に動いたことで背中の打ち身が痛んだ。
「好きだよ」
月明りが差し込んで、僕とネリの顔を照らした。
ネリの顔は真っ赤であり、たぶんその目に映る僕も同じなのだろう。
ネリは返事をせず、僅かに顔を動かして、再度唇を合わせてきた。
血や泥で汚れていても、ネリは、月並みな言葉だけれど、すごくきれいだった。
そのあとは、二人で身を寄せ合いながら、眠っていた。
体が突然軽くなる感覚で目を覚ました。
傷はまだ残っているが、活力が芯から溢れてくる。
ネリも同じなのか、目を覚ましていた。
下を見ると、動かなくなったウロコヘビから生気が消えていた。
僕たちは胸をなでおろした。
そして、ネリから出された拳に、僕も拳をぶつけた。




