晩餐会
晩餐会は、そら覚えのマナーとの格闘だった。
セレスとは向かい合わせ。とはいえ話が出来る距離じゃない。
そうだよね
一応私たちが主賓なわけだから、それぞれが社交しないといけない。
どうせコルセットのせいで食べられないのだから、それはいいとしても、両隣からにこやかに話しかけられてしまうのですよ。
まだ、何も教わっていないのに。
セレスは学院でゆっくり学べば良い、とばかりに放置だったのに。
セレスティア王国について知っているのは、海がきれいな事くらい。
それでどうやって会話が出来ると思う?
とりあえずリリア王女が、1つ隣にいて私に話しかけようとする人を、けん制してくれている。
「まぁ、ジェラルド叔父上。ナナミ様はまだ社交界デビューの前ですのよ。
大公としてアストラルの皇族が気にかかるのは判りますけれども、ナナミ姫もお困りですわ」
ナイスアシストだよ。リリ。
これで隣のおじさんが、女王の兄弟で大公だという情報を得ることが出来た。
「いいえ、リリア王女殿下。大公殿下とお話できるなんて光栄ですわ。
大公殿下も、セレスティアの海はお好きですの?」
「あぁ、セレスティアの海ほど美しいものはないと思うぞ」
「さようでございますね。
私どもが参りました時は夕刻でしたが、朝日を浴びた海も美しいのでしょうね」
何とか会話らしいことは、出来ているかな。
無難な会話って、天気と食べ物、お国自慢と、あと何だったっけ?
うわぁ、隣のおばさまも参戦してきたよ。
誰だよ、この叔母さん。
「伯母上も、今日は一段とお美しいですね。
大公殿下が熱烈に求婚しただけは、ありますわ」
リリアが声を張ってくれた。
恩に着るよリリア。
「はい、お美しい方だと、実は見惚れておりましたの。
ではこの方が大公殿下が熱愛していると噂の……」
最後は濁すしかない。
そんな噂聞いたこともないしね。
「あら、お恥ずかしい。アストラル皇国にまで知れ渡ってしまうなんて!」
「当然だな、侯爵家の紅薔薇を知らぬ者がいる訳はない。
我等の恋物語は、吟遊詩人の格好のネタになっておるからのう」
大公殿下が鼻高々に教えてくれるから助かっているけれど、もうヤダ、いつまでこんな社交辞令を続けなきゃいけないの?
一番苦手な分野なのに。
私は、少し気分が悪くなってきた。
空腹、コルセットの締め付けで息が浅いこと、食事の場に香水を振りかけている人が多すぎる。
緊張もあったけれど、頭がくらくらしてきた。
「失礼。女王陛下。婚約者の気分がすぐれぬようです。
退出の許可を頂きたい」
セレスの言葉に、女王陛下は私を見た。
自分でも脂汗が流れているのが判る。
多分顔色も悪いのだろう。
「確かに、相当具合が悪そうだ。
すぐに休ませなさい。侍医を派遣しよう」
「感謝いたします、女王陛下」
その言葉を聞いて、堪えていた気力が途切れた。
身体がぐらりと揺れるのが判る。
落ちる!と思った時、セレスが私の身体を抱え上げた。
そしてまっすぐに、部屋に連れ帰ってくれた。
「ゴメン、セレス。
私、無様な真似を……」
「黙って!ナナが謝る事じゃない。
僕が悪い。
先に君に教育を受けさせてから、連れ出すべきだった。
こんなことになったのは、全部僕のせいだ。
だから気にするな」
部屋に戻ると侍女たちが大慌てで、寝間着に着替えさせ、化粧を落とし、身体を拭いてくれた。
そうして、冷やしたハーブティを飲ませてくれたので、すっかり楽になった。
その最中にも侍医の方が顔色を見ただけで、薬を飲ませてくれていたから、それが効いたのかも知れない。
「落ち着かれましたか?
少し、熱がありますし、脈も弱い。
お疲れが出たのでしょう」
侍医は私にそう説明し、侍女たちには、こう言った。
「消化の良いスープや口当たりの良い果物などを差し上げなさい。
落ち着けるように少し灯りを落として、皆は退出した方が良かろう。
セレス公子がお世話をした方が、姫も落ち着くだろう」
「しかしいくら婚約者とはいえ、未婚の姫と二人にする訳には、まいりません」
「判ったから、隣の部屋に控えなさい。扉を開けておけばよいだろう」
侍女たちがしぶしぶ引き下がったので、私はほっとした。
「ありがとう、セレス。
だいぶ気分が良くなったよ。
晩餐会で主賓が途中で抜けるなんて前代未聞だよね。
社交ひとつまともにこなせないなんて、申し訳ないわ」
「いや、よくやっていたよ。
何の情報も持っていないのに、僅かなリリアの情報だけで、よくもあそこまで会話が続いたものだ。
僕は感心していたのだよ」
「でも困ったなぁ。明日は移動でしょう?」
「心配しなくてもいいよ。
どうせ使者は、簡易転移門を携えてくるはずだから。
転移ですぐに皇城に入る。
ナナの負担にはならない筈だ。
ナナが倒れた情報も入ったろうから、移動したら、すぐにベッドで休むといい」
「そんな!
皇帝陛下をお待たせして、休むなんて出来っこないわ」
「構わないさ。
だってナナは皇帝陛下の養女になるからな」
「なに言ってんのよ。ありえないでしょう。」
「仕方ないんだ。前回の無効化持ちも、皇子にされたしな」
「だってセレスは言っていたじゃない。
フィクトス公爵家に皇女は降下しないって!」
「ナナは僕と結婚できないと思って心配してくれているの?
嬉しいなぁ。
正確には皇家の血をフィクトス公爵家には入れないだ。
ナナには皇家の血は一滴も入っていない。
養女にしても皇位継承権は持たない。
だからフィクトス公爵家に降嫁するのに、何の問題もない」
「意味があるの?
結局フィクトス公爵家に嫁ぐのでしょう?」
「政治ってそういうものなんだよ。
僕だって、ヴァレンティノ公爵家からフィクトス公爵家に養子に入るんだぜ。
龍にとっては意味のないことなのにさ」
「まぁ、後100年もすれば黒龍が復活するから、心配するな」
「いくら何でも100年後には、私は生きていないわよ。
龍じゃないんだから」
「確かにナナは龍ではないけれど、龍の番だろ。
だったら寿命は僕と同じだよ。
第一、番が死んだら龍も死ぬから、それを狙って番を殺そうと呪った奴まで過去にはいたんだぜ」
「ちょっと待って。聞いてない。
何それ?私が死んだらセレスも死んでしまうの?
そんなの、うっかり死ぬことも出来ないじゃないの」
「えっ?番だって何度も言ったよね」
「そもそも、番とは何ぞや?
まずは其処からでしょう?」
「そうかぁ。ナナは本当に何も知らないんだな。
なんか新鮮だよ。みんな知っていると思っていたから。
番というのは龍の伴侶。
龍は番を見つけると、自分の逆鱗を剥がして番に贈る。
それで番は龍の庇護を受けることになる。
簡単に言えば、こういう事だ」
「私は逆鱗なんてもらっていない……。
もしかして私が死にかけた時!」
「うん、なんか番の気配がするから、探しに来たら番が死にかけてて。
びっくりしたぜ。
どこに番を殺す龍がいると思う?
慌てて逆鱗を付与して、回復魔法も重ね掛けしたんだ。
ほんと、ありえないよな。
番に惹かれてやって来て、番を跳ね飛ばすなんてさ。
龍の歴史始まって以来の珍事だってさ」
「ちょっと待った。
セレスは、私を殺しかけたから私を番にしたのではなくて、元々番だった私を探しにきて、うっかり吹き飛ばして、それで私が死にかけた。
そういう事なの?」
「うん、そうだよ。
そう説明したのにナナってば恩返しは要らないとか、本当の愛ではないとか、意味不明な事言い出すし。
もしかして説明不足だったか?」
「全然、説明になってなかったでしょう。
そもそも番の意味も教えて貰っていないし。
私はてっきりセレスは私を殺しかけたお詫びに、私を番にしたのかと思っていたわ」
「ありえねぇ~。番だぞ!そんな軽いことで選ぶかよ。
龍ってのは自分の番は判るんだ。
だから時々、悲劇が起きる。
人間は番が判らなくって、他の奴と結婚していたりするからな」
「そんな時はどうするの?」
「待つ。人間はすぐに死ぬから、相手の男が死んだら、自分の番に出来る。
その前に番が死んだら、転生するのをひたすら待ち続ける。
番はひとりしかいないからな。
それに逆鱗を与えなければ守れないから、ひたすら待ち続けることになる」
「相手の男から攫ったりはしないの?」
「番の同意を得ないと攫う事も出来ないからな。
俺はちゃんとナナがフリーなのを確認したぜ」
「そういえば、そうだったような。
それにしてもセレスは説明しなさすぎ。
教えてくれないと分からないんだから、これからはちゃんと言って頂戴」
「判るけど、正直ナナが何を知らないのかが分からない」
「とりあえず、赤子だと思って一から教えて。
知っていることは知っていると言うから」
「努力する」
「努力なの?」
「だって、失敗する気がするから。
自信ないよ」
「判ったわ。努力して頂戴」
仕方がない。
もしセレスが日本に来たとして、私だってセレスが何を知らないか、なかなか分からないだろう。
知っている筈と思って、失敗してしまう事も多い筈だ。
だって環境が全く違うもの。
お互いに色々勘違いしていたみたいだし、これからは小さなことでも必ず確認するようにしよう。
私だって勝手に相手の気持ちを、決めつけていたのだから。
晩餐会は大失敗だったし、体調も崩してしまったけれど、セレスとしっかり話せたのは本当に良かった。
私は大事なことを勘違いしていたから。
そうかぁ、龍って転生をひたすら待つくらい、ひとりの人を愛するのかぁ。
大きな体に、怖い見た目をしているのに、龍ってとてもロマンチックなんだなぁ。
ちょぴり心が満たされた気がする。




