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80歳のおばあちゃんは龍の溺愛に気がつかない  作者: こもれびの空


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6/8

女王陛下との謁見

 朝から衣装を運んでくれた方たちによって、ずっと着付け作業が進んでいる。

 繰り返すけれど、ずーっとだ。

 起きた時には待ち構えていて、そのまま私を風呂に漬け込んだ。

 そう、まるでお漬物になった気分だ。


 揉まれ塗り込まれ、せっせと何やら擦り込まれている、

 顏や髪、歯や口内まで丁寧に洗浄されて、乾かされた。

 洗濯ものになった気分を存分に味わったところで、ようやくたっぷりのハーブティと、ちょっぴりの果物の切れ端を与えられる。


 夕べしっかり食べて置いてよかった。

 朝食はこれだけかと聞いたら、胃が膨れたらご自分が辛いですよと謎の返事。


「ギブ!もう無理!内臓が潰れる」


「こんなぐらいで潰れたりしませんよ。

 ほら、もう一段締めますよ」


 そうだった!

 コルセットなる残忍な道具があったのだ。

 ぎゅうぎゅう締め上げられて、着付けが終わった。

 お化粧?

 衣装を着る前に終わったよ。

 あの時はキャンバスになった気分だった。


 準備が出来るとセレスが部屋に呼ばれて入って来た。

 そのまま呆けたように私を見つめていたから、ちょっぴり嬉しかったのは内緒だ。


 セレスもとてもお洒落で凄くかっこよく見えた。

 まるで、王子さまみたい。


「ナナ、とても美しいよ。

 エスコートさせて頂いてよろしいですか?姫」


 セレスが気取った調子で言うから、私も乗ってやった。


「よろしくてよ」

 そして手を差し出しす。


 どう?

 よろしくてよ。だって!

 本当にそんな言葉使うのかしらね。


 けれど、セレスは恭しく私の手を取ると、エスコートを開始した。

 私は小声でセレスに囁いた。


「ハイヒールには慣れていないの。しっかり支えていてね」

 セレスはにやりと笑った。

「安心しろ。君を転ばせたりしないさ。ナナ」


 私達が優雅に(多分)歩いていくと、出口に王室の馬車が待っていた。

 待っていたのは、それだけではない。

 見物人も一杯だ。

 いつも間に、こんなに集まったのだろう。

 気持ちはわかるけれどね。

 私だって、ロイヤルファミリーのお出ましに、沿道で並んで手を振ったこともあるから。


 そう言う時はにこやかな姫が見たかったから、私もなるべく優雅に見えるように微笑みながら歩いた。

 せっかく何時間も並んで待っていて、不機嫌そうだったり、知らんぷりして行かれてしまったら、きっとがっかりさせてしまうから。

 こういうところ日本人なんだなぁと思ってしまう。

 兎も角、それは成功したみたいだ。

 見物人は、みんな嬉しそうだったから。


 馬車に入るとセレスが言う。


「驚いたなぁ。

 君がこんなに猫かぶりが上手いなんて、思わなかったよ。

 期待以上の出来だ」


「失礼ね。喧嘩売りたいのかしら?」


「ほら、笑みが消えているぞ。窓を開けて手を振ってやれ。

 サービス精神は大事だからな。友好のためにも」


「了解」


 私は慈愛に満ちた日本のロイヤルスマイルを、頭に浮かべながら緩やかに手を振った。

 そうすると黄色い悲鳴と、歓声が聞こえてくる。


「凄い技だな、どこで覚えた?」


「テレビに決まっているでしょう」


 馬車の中は少し殺伐とした空気感だったけれど、ふたりとも笑顔は抜群に優しそうに見えたはずだ。

 頬の筋肉がつかれて痙攣しそうになるころ、ようやく馬車は城門に入った。

 そのとたん、窓を閉めてから私はぐったりとセレスに寄り掛かった。


「ヤバい、マジに疲れた。今日のメンタルはここまでしか持ちそうにない」


「馬鹿言うな。これからが本番だぞ。

 でもまぁ大丈夫そうで安心したよ。

 城内でも、しっかり猫を被っとけよ」


「あれが地だとは、まったく思わないのですかね。

 青龍さまとしては?」


 セレスの答えは

「ふん!」

 の一言だった。


 セレス、お前は一応求婚者だろうが?

 少しは繕ったらどうだ!と思ったけれど言わなかった。

 疲れていても、セレスに寄り掛かると安心出来ていたから。


 城内に入ってすぐに控の間で休息することになった。

 本来は控の間なのだから、お呼びがかかるまで緊張して待つべきなんだろうけれど、そうならなかった。

 だってリリが待っていてくれたから。


「リリ、わざわざ待っていてくれたの?」


「まぁな。ナナが呼び出し食らったのは私のせいだし。

 本当は、のんびり観光したかったのだろう?

 悪いことしたな」


「いいのよ。

 おかげでリリとお友達になれたしね。

 リリはアストラル学院に来ないの?

 私はアストラル学院で勉強するのですってよ」


「そうなのか?

 それなら私も行こうかな?

 ナナとなら楽しそうだ」


「ホントに?絶対よ。

 でもコルセットって、きつくて嫌になるわね」


「少し我慢してろ。

 謁見が終わったら、私の部屋にくるといい。

 楽なエンパイアドレスに着替えて、ブランチにしよう。

 どうせ何も食べさせてもらえなかっただろ?」


「ありがとう。嬉しいわ」


 そんな話をしている時に、呼び出しが掛かった。


「行ってくるわ、後でね」


 私とセレスは、またもおすまし顔で静々と入場した。

 周囲に貴族らしい人たちが立っていて、見定めるような厳しい顔をしている。

 女王陛下の玉座まで、半分くらい歩いたところで、堂々とした男性が遮るように前にたった。


「私は近衛の隊長を致しております。

 役目がら、お二人を検めさせて頂きます」


 その瞬間雷撃がセレスを襲った。

 しかしそれはセレスの盾に鮮やかに弾かれてしまう。


 満足そうに頷いた隊長は次に風で切りつけようとしたようだ


「ノー」


 私が言うと、魔法は生成される前に消えてしまった?

 理解出来なかったらしく、今度は炎の矢が私を狙う。


「ノー」


 そして霧散した魔法。

 周囲に騒めきが広がる。


「そうだ。この娘の固有魔法は魔法の無効化だ。

 隊長殿。どの魔法を生成しても無駄ですぞ」


 近衛隊長は深く頭を垂れた。


「お役目とは申せ失礼した」


 そして脇に下がり道を開ける。


「よい。儀礼の範囲だ」


 セレスはそう言って再び私をエスコートして進む。

 私も出来る限り優雅に、ほほ笑みながら進んだ。


 セレスが立ち止まり、礼をしたので、私もセレスより深く礼をする。

 龍より私の方が身分が下だからね。

 それを皆に見せつけた格好だ。

 セレスは礼をしながら、かすかに動揺した。

 いつも偉そうにしている私が、そのような細やかな気遣いを見せるとは、思わなかったのだろう。


「面をあげよ」


 さほど待つこともなく、女王陛下から声が掛かった。


「女王陛下に拝謁の栄を賜ります。

 私はセレスタイト・フォン・ヴァレンティノでございます。

 隣におりますのは、我が婚約者ナナミ・フォン・フィクトス公女

 母国に帰国途中に、女王陛下の統治する国に立ち寄った次第でございます」


「あい分かった。

 ゆるりと滞在を楽しむがよかろう。

 ナナミ殿、娘が待ちかねておる。

 済まぬが相手をしてやってはくれぬか」


「畏まりました。女王陛下」


 私がそれだけ言って頭を下げたので、陛下は少し怪訝そうな顔をなさった。

 リリから何か聞いていて、私がお転婆だと思ったのかしら?

 私だって場を弁えているのに。


「セレス殿はこの後少し私に付き合ってくれ」


「御意」


 そうして女王陛下は立ち去られ、私達はそれぞれが別の場所に案内された。


「ナナ。くれぐれも大人しくしていてくれ」


 去り際にセレスが囁いた。


 全く人を爆弾娘が何かみたいに。

 失礼しちゃうわ。

 私はこれでも80歳のお婆ちゃんで……。


 あれ?

 この時、私は自分がすっかり前世の事を忘れていたことに気がついた。

 おかしいなぁ。

 記憶がどんどんと曖昧になっていく。

 まさかすっかり忘れるなんてことが、ある訳ないよね。


「ヤッホー。やっと来たねナナ。

 ほら、すぐに着替えて!

 私もエンパイアドレスにしたのよ」


 リリはベビーピンクの優しいドレスを着ている。

 可愛くて人形みたいだ。


 私は、苦しいコルセットを脱がせてもらい、結った髪をおろして貰った。

 私のエンパイアドレスは水色。

 多分セレスに配慮したのだろう。

 着て来たドレスと同色だった。


「リリ、ありがとう。

 ようやく人心地ついたわ。

 お腹すいたぁ」


「ナナったらいつでも食べ物の事ばかりね。

 テラスに用意させてるわ。

 テラスからは海が見えるの。

 好きなんでしょう?海が」


「大好きよ」


 テラスからは眼下に広がる街並みと、海と空が眺められた。


「素敵ねぇ。毎日こんなに美しい景色をひとり占めなんて、リリは幸せ者ね」


「景色なんて3日で飽きるわよ」


「そうかしら?

 海の色も空の雲も毎日変わるのに?」


 リリが抱き着いて来た。


「ありがとう。

 海をとても愛してくれて。

 海はこの国の宝なの。

 私達は海の恵みで生きているから」


「リリは自分の国が大好きなのね」


「当然でしょう。

 いずれ私はこの国の女王になるのだから」


 敵わないなぁと思った。

 年ごろも変わらないのに、リリはもう女王としての責任を担う決意をしているのだから。

 どんな気分なんだろう。

 生まれついて国を統治することを運命付けられて生きるということは。

 私には想像もつかない。


「ほら、美味しそうでしょう。

 ドレスも締め付けていないから、いくら食べても大丈夫よ」


「やったぁ!」


 歓声をあげて、私達は料理を平らげていった。

 話すことはいくらでもあった。

 そうだ。

 10代の娘なら、何をしても可笑しくなってしまうものだ。


 大人達はよくこう言う。

 箸が転んでも可笑しい年ごろ、と。

 でも、その年ごろは、僅かなことで人生が終わってしまったかのように落ち込む年齢なのだ。

 感情の起伏が激しく、制御が難しい年代。

 そう言った方が、より正確なのかもしれなかった。


 私はふっとアストラル学院の事を思った。

 高位貴族や王族が学ぶ学び舎。

 そして制御が難しい年齢の若者。

 教師たちは大変だろう。

 身分差のある世界線で、どうやって子供達を守っているのだろう?


 そんなところで事件など起きたら、きっと大変かもしれないなぁ。

 私はこの時そんな事をぼんやり思っていた。

 私の無効化の力を見た貴族たちが、なぜ御前であるのにも関わらず騒めいたのか?

 どうして女王陛下が、わざわざセレスを呼んだのか?

 そんな事をなにも考えてはいなかったのだ。



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