選択
私は、ミエルが潜んでいる場所に向かって歩いていこうとした。
そうしたら止められてしまったのだ。
「なりません。姫さま。危険です」
「アルファ。いたのね。神殿では見かけなかったけれど」
「神殿の警備が厳しすぎて潜り込めなかったのです。
神聖魔法が使えないと、巫女として仕えることも出来ませんし、下働きも全部巫女見習い候補という徹底ぶりなのです」
「それは大変だったわね。
それじゃぁ、学院ではアルファとベータが私の警護をしてくれるの?
アンはロッテ付きになったのでしょう?」
「はい、侍女は皆、ロッテ様に仕えることになりました。
ナナ様は神殿ですからね。
いずれ神殿を出てご結婚されれば、またナナ様にお仕えできますよ」
「その代わり、護衛は全員ナナ様についております」
「護衛というより監視みたいじゃない。
私は学院のなかですら、自由にあるけないのかしら?」
「ナナさまを、ミエル嬢に近づけないようにと、セレスタイトさまに命じられております」
困ったわ。こっそりミエルと話し合おうと思ったのに、セレスってば過保護もいいところだわ。
「じゃぁ、ついて来てよ。まさか貴族の女の子に負けるわけないわ。
セレスの御自慢の護衛がいるのだから」
「煽ってもその手に乗りません。
セレスタイト様は、ナナ様がミエル嬢に近づくことを禁止されました」
なんて頑固なのかしら。この娘たちはセレスの命令に絶対服従なのだわ。
その騒ぎを聞きつけたのだろう。
何とミエルがこちらにやって来た。
「何を騒いでいるの。あなたはメイドね。何があったの?」
「何でもございません。
姫様がお一人で散歩なさろうとされたので、お止めしていたのでございます」
「まぁ、お姫様は学院の中ですら、お供が必要なのね。
大変ですこと」
ミゲルはそう言って私を見た。
礼儀を弁えた態度で、出過ぎてはいないのに、しっかりと馬鹿にしているのが分かる。
さすがは、元宰相家、高等テクニックを使うのね。
私は困ったように微笑んで見せた。
いかにも箱入り娘という風情で。
「お騒がせしてしまいましたね。この娘が心配性なのです。
よろしければ、あちらの東屋で少しお話でもしませんか。
ここは美しいけれど、少し暑いもの」
「そうね。ではお言葉に甘えて」
そう言ってミエルは私の後を付いて歩いた。
「お茶を用意して、アルファ」
アルファは大人しく頭を下げた。
どうせ近くにベータたちが潜んでいる筈だ。
さっきまでニルが寝ていた寝椅子のほかに、ティーテーブルや椅子も用意されていたから、私達はそちらに座った。
「私は入学が遅れてしまって、明日からなの。貴方も新入生なのかしら」
「入学が遅れた方と言えば、ナナミ皇女殿下でいらっしゃいますか?
申し訳ございません、ご挨拶が遅れました」
そう言ってミエルが礼をしようとするのを、私は止めた。
「学院は平等なのだと聞いているわ。礼は必要ありません。
私達は共に学生なのですから」
ミゲルは片頬をかすかに歪めた。
「御立派な皇女殿下でいらっしゃること。出自も定かではないのに」
礼儀正しくするつもりは無くなったようだ。
「あら、ではあなたの出自は確かなのね?」
「私の祖父は宰相でした。母は皇后になる予定だったのよ」
「困ったわ。宰相家は皇家に背いて、取り潰しになったと習ったのだけれど」
「嘘よ。フィクトス公爵が血筋の不確かな娘を皇后にしようとしたの。
それを宰相である祖父が止めようとして無実なのに取り潰されたのよ。
何も知らないくせに、知った風な口を利かないでよ」
「ミエルさま。今の言葉。とても貴族の娘とは思えませんわ。
貴方を庇護しているイグナイト伯爵家の事もお考えになって。
お茶が来ましたわ。少し落ち着きましょう」
「何よ。今度は身分を盾にする気でしょう?
何が同じ学院生よ。おためごかしは止めて欲しいわ」
私はため息をついた。
既に周囲は殺気立っているし、セレスがこれを聞いたらどうなるか。
それ以前にこれが公になったら皇室も黙ってはいないだろう。
ミエルが言う血筋が不確かな娘と言うのがセーラ皇后の事だろうから。
「止めなさい。ミエル。
ここで騒ぎを起こしたらあなただけでは済まないこと位わかるでしょう。
貴方には守りたい人はいないの?」
「いないわよ。
親切ごかしに私を引き取ったというけれど、扱いはメイド以下よ。
学院に入れたのも、私を高く売るためだもの。
売られるぐらいなら、処刑された方がましだわ。
ついでにイグナイト伯爵家も破滅させてやれるしね」
そう言ってミエルはげらげらと笑い出した。
成る程ね。
私はミエルに睡眠魔法をかけて寝椅子に寝かせた。
「ミエルの言った事。裏を取って頂戴。
被害妄想と言う事もあるから。お願いね」
そう言うと殺気を放っていた気配が消えた。
殺す気ではなく殺される気だったのか?
確かに素人娘に、皇女を害することは出来ないだろう。
「ラブ、イグナイト伯爵家がミエルを保護した経緯を詳しく」
「ミエルの母親は宰相の娘でした。
宰相は若き皇帝を侮り自分の傀儡にするつもりでした。
自分の娘を皇后に立てるつもりだったのです。
反逆罪で宰相一家は処刑されましたが、娘は未成年だったので、罪を減刑されて流罪に。
そこで死亡したのですが、その直前に娘を生み落としています。
父親は不明とされていますが、イグナイト伯爵子息が父親のようです。
流刑地がイグナイト伯爵領で、ふたりは愛し合っていたようですが、結婚は認められず。私生児となりました。
現イグナイト伯爵の実の娘がミゲルですが、母の罪があるので、公に出来ず猶子としているようです。
伯爵以外はミゲルを厄介者扱いしています。」
うーん。これはどうすればいいのだろう。
このままではミエルも反逆者になりかねない。
とはいえ、あそこまで強固に思い込んでいては、なかなか本当の事を教えても納得しないだろう。
私は頭を抱えてしまった。
ミゲルの心は恨みで一杯なので、ほかの事を考える事が出来ないのだ。
とりあえず身柄を伯爵家から貰い受けることにした。
このままでは伯爵家もとり潰しになる。
悲劇の連鎖は避けたい。
本当なら今日はリリーと楽しいお泊り会だったのに、私はミエルを神殿に連れて帰った。
そしてそのまま、私が軟禁されていた部屋に監禁した。
ラブにミエルを癒して貰うことにしたのだ。
ラブは執事として実体化して貰った。
ミゲルの希望は出来る限り叶えること。
私が部屋にいた時と同じだ。
違うのはバーチャルを駆使して、四季や時間が感じられるようにしたことと、私と必ず三十分のティータイムを取る事を約束させたことだ。
学院の授業は遠隔で受けて貰う。
単位も貰えるように学院と掛け合った。
ミエルが自分の足で歩くためには、学問は大事な武器になるから。
セレスは物好きだと言ったし、私もそう思う。
全員に同じ事ができない以上これは、私の我が儘でしかない。
でも我が儘だからこそ、やりたいことが出来る。
最初のころ、ミゲルは一言も喋らなかった。
文句すらも言わずに、完全に私を無視して、ただお茶を飲んだ。
長い間、それが続いた。
一週間目、ミエルは言った。
「あんた馬鹿じゃないの」
私は言った。
「そうかもね」
十日目。
「外に出たいわ」
「何のために?」
「何となく。監禁されるのは嫌だわ」
「そうでしょうね」
二週間目。
「おじい様は悪い人だったの?」
「見る角度によると思うわ」
「断定しないのね」
「私にはできないわ」
二〇日目
「ねぇ、お父様とお母さまは私を愛していたのかしら?」
「本人に聞くしかないわね」
「お母さまは、死んだわ」
「そうね」
「お父様は誰だか分からないし」
「本当に?」
「誰も教えてくれないわ」
「聞いたの?」
「聞いていないけど」
「そう?」
「ええ」
「聞いてみるべき?」
「聞きたければね」
「伯爵に会いたいの」
「来て貰うわ」
二一日目 イグナイト伯爵が飛んできた。
文字通りたった一日で辺境から皇都までやって来た。
お金を積んで、転移門を幾つも使って。
そうして父と娘は長い間、話していた。
母親の話。娘が生まれた時の話。祖父が入籍を許さなかった話。
それでも娘と暮らしたかった想い。
伯爵夫人の葛藤と嫉妬。守れなかった詫び。色々な話。
一カ月後、私は五つの選択肢を示した。選ばなくても良かった。
ミエルは自由だから。でも選択肢は沢山あると知ってほしかったから。
一.この神殿で巫女になる。幸いにもミエルには神聖力があったから。僅かだけれど。
二.リリアーヌの侍女になる。アストラル皇国から離れられる。海と風と太陽の国だ。
三.正式にイグナイト伯爵家の籍に入る。養女という形にはなるが。
四.私に仕える。私は皇女だけれどいずれ公爵夫人になる。それでもよければだけれど。
五.平民になる。貴族から平民になる人は多い。
三男以降はみんなそうだ。家庭教師や魔法士として働く方法もある。
選択肢なんていくらでも考えられる。
それを知ってほしかっただけだ。
何を選んでも選ばなくても、ミエルはこの檻から出ていくことになる。




