ミエルの決断
私の前にミエルは背筋を伸ばして立っていた。
私の顔を真っすぐに見て、自信に満ちた姿だった。
きっとこれがミエルの本来の姿なのだろ。
イグナイト伯爵が流刑されたミエルの母に恋をした理由が分かった気がする。
きっと流刑地でも誇り高く生きていたのだろう。
ミエルは深々と臣下の礼をした。
「私は許されるなら、ナナミ皇女殿下にお仕え致したく存じます」
私は驚いた。
確かに私は五つの選択肢を用意した。
しかしミエルが選ぶのは、正式にイグナイト伯爵家の娘になるか、平民になるのか二択だと思っていたのだ。
私がぽかんとした顔で立ち尽くしていると、ミエルはクスッと笑った。
「ナナミ殿下は、お人よし過ぎます。
私はこれでも色々と考え、そして調べたのですよ。
ナナミ殿下のおかげで、時間だけはたっぷりとありましたからね」
そう言ってミエルは優しい顔で私を見た。
「私は確かに愚かでしたが、どうしてこうも恨みに凝り固まったか考えてみたのです。
どうして祖父が、皇帝を操ることに固執していたのかも。
祖父は宰相まで登り詰めたのですから、忠臣として皇帝陛下をお支えする道を選べた筈なのです」
ミエルはそこで言葉を切った。
私がどこまで理解しているのか見定めるかのように。
「裏に誰かいるのね?多分それはアストラル皇国ではないわ。
他国。おそらくはルーンフェル王国に元凶がいる」
「少しは分かっていらっしゃるようで安心しました。
ラブは情報収集にかけては優秀ですわ。
それを組み立てて道筋を読み解くのが私の仕事です。
殿下。幼く孤独感にさいなまれた娘に、小さな毒を流し込んだ者がいます。
有為な人材になりえた祖父に、影のように付き従った人物も。
どうか私をお傍に仕えさせて下さい」
「ミエル。貴方は復讐がしたいのかしら?」
「殿下。私は受けた恩をお返ししたいだけです。
ラブに聞きましたわ。
少なくとも公に二度、殿下は襲撃を受けていらっしゃいます。
私には力も、魔力も、伝手すらも僅かしかございません。
けれど、頭だけは使えると自負しております」
そうしてミエルはまた礼をした。
そしてそのまま立とうとはしなかった。
私が承諾するまで動かないだろう。
「ミエル、貴女を私の秘書官にします。側近として私に仕えなさい」
ミエルは動かない。秘書官ではないと言いたいらしい。
私は深くため息をついた。
「分かったわ。貴方は私の側仕え。それでいいのね」
ミエルは立ち上がり嬉しそうにほほ笑んだ。
「馬鹿なミエル。秘書官ならば勤務時間以外は自由なのよ。
文官として出世できるかもしれないのに。」
「先ほども言いましたでしょう?
殿下には、お傍で支える人が必要ですわ。
何故なら……」
ミエルはその先を続けられなかった。
「何故なら、ナナミの頭はポンコツで、すぐに人を信じるお花畑だからだ」
そう言ったのは、セレスだった。
セレスはじっとミエルを凝視した。
その間、ミエルはひれ伏したままだった。
「うん、まぁ覚悟だけはあるようだ。
これ以降ナナミの身に何かあればその責任はお前が取ることになる。
わかっているな」
「はい、閣下。仰せのままに」
ミエルが頷くと、セレスは青い宝玉を取り出しミエルに渡した。
「取り込め!」命令は簡潔だった。
ミエルは頷くと自分の魔力でその宝玉を覆う。
途端に爆発するような勢いで、青い宝玉から魔力がミエルに流れ込んだ。
青い光が全てミエルに取り込まれた時には、ミエルは立っていることも難しそうで、ぐらついた身体を、必死になって支えている。
私が、ミエルを支えようとすると、セレスは私を抱え上げた。
この場合支えが必要なのはミエルでは?
セレスはちらっとミエルに視線を送ると、言った。
「部屋で休息を取れ」
ミエルは頷き、ふらふらと部屋を出て行った。
セレスは私の頭の匂いをすんすんと嗅ぎながら言った。
「お前は馬鹿か?どこの世界に側仕えを介抱する主がいるのだよ」
「ちょっとセレス。匂いを嗅ぐのは止めてよ」
「なんで?お前の髪からいい匂いがしているのに」
「それは私の匂いではないから。ただの洗髪剤の匂いだから。
まったく、久しぶりに会えたのにろくな事しないわね」
「ろくな事をしないのは君だ。
まったく、この天然の人たらしめ。
あの娘、お前の為なら命を捧げる気だ。
あのままではすぐに殺されてしまうだろう。
だから手助けしてやったのに、お前ときたら」
私は暴れるのを止めてセレスを見た。
「セレス、ありがとう。なんて親切なの」
そう言ってセレスの首にしがみついた私にセレスはボソリと言った。
「うん、まぁ。お前はあんな娘でも、死ねば泣くのだろう?
お前が泣くのは見たくないのだ」
セレスの中では私は泣き虫らしい。
まぁ、何度か泣いた自覚はあるけれど。
私が恨めしそうな顔をしていたらしい。
セレスは笑いながら、額にキスをした。
セレスが神殿に来るのは珍しい。
新入生は上位貴族、下位貴族、それぞれ一クラスしかない。
だから私達は同級生。学院では、ほとんど一緒に過ごして居る。
セレス達男子組は、公務があるから、欠席も多い。
公務による欠席は、出席扱いになる。
ただしその日のレポートの提出が必須条件だけれど。
実際、公務の方が、学院の授業より高度なことがほとんどだからだ。
セレスも、学院にはあまり来ないから、セレスが学院に来た日は、私はずっとセレスにくっついている。
はしたないと思っている女子も多いけれど、私にはセレス成分が必用なのだから、仕方がないのだ。
だから久しぶりのセレスに、私がうきうきするのも当然なのだ。
「セレス。もしかしてお仕事が落ち着いた?
もう事件は解決したの?」
セレスは苦い顔をした。
「解決と言えば解決だ。結局とかげの尻尾きりだけれどね。
最後はいつもそうだ。
元凶は人間ではないのだろうが」
「セレス。もしかしてそれって」
私が何か言う前に、セレスはポンポンと私の頭を軽く叩いた。
「仕方がない。こちらから攻撃できる訳でもないからなぁ。
襲われたら対処する。
ずっとそうしてきたし、これからもそれは変わらない」
「安心しろ。黒龍が復活するまではアストラル皇国は俺が守る。
父上と約束したし、精霊の愛し子までいるのだ。
向こうはそれが気に食わないらしいがなぁ」
「大精霊が龍の番を守護するのだから、大精霊は龍と敵対しないと言っているのだが、都合が悪いことは見えないらしい」
最後はほとんど愚痴になってしまったけれど、それも仕方がない。
聖霊団は、何度壊滅させてもしぶとく生き返って、執拗にアストラル皇国を狙うのだ。
余程黒龍が嫌いなのだろうか?
それとも過去に古龍さまと何か因縁でもあるのだろうか?




