神殿巫女
法王猊下はにこやかにナナに言った。
「愛し子さまのお部屋を整えさせておりますので、ご案内させましょう。
セレス卿とは少し打ち合わせておきたいことがございますので、先にお部屋でお休みください」
「あの、そんなに丁寧にして頂く必要はないです。
猊下。私なんかが神殿に泊まるなんて……」
もごもご言っているとセレスが、
「ナナ、今は王城の方が危険だ。
神殿には結界が幾重にも張ってあるから、外部の者が侵入出来ない。
だから、ここに泊まって欲しいのだ。不安ならアンをこちらに寄越すから」
「アンはロッテの介護をしているでしょう。
そう言うことなら、私はこちらに泊まります。
明日は帰れるでしょうか?」
「五日だ。五日でこの件の目途はつけるから、五日だけここにいてくれ。
寂しければ、僕が毎日顔を見に来るから」
ふぉふぉふおと猊下が楽しそうに笑う。
「お二人は仲がよろしいですな。仲良き事は良いことだ。
ですが、明日は愛し子さまのお披露目があります。
今からは準備のため潔斎に入っていただきます。
お披露目の後は、愛し子様としての修行もございます。
残念ながら、自由になる時間はございません」
「アストラル皇国の神殿にも連絡は致しておりますから、修行の停滞を心配なさる必要はございませんよ」
「でも法王猊下。私はもうすぐ学院に行くことになっていますし、来年は結婚もするのです」
「おや、結婚は3年後ではございませんか?
そのように誓約されたと聞いておりますが?」
セレスが割って入った。
「それはナナが結婚を反故にしないための約束だ。
結婚するのだから、早くなる分には構わないだろう?」
「残念ですねぇ。誓約をそのように自分本位に解釈されては。
誓約は誓約です。愛し子様は向こう三年、神殿で暮らしていただきます。
ご結婚されれば神殿を出ることになりますが、愛し子としての品位を保っていただきますよ」
セレスは真っ青になっているし、私も聞くだけでうんざりしていた。
どうして大精霊の加護なんか強請ったのよ。
ミゼラブル教団の法王猊下が悪い。
そのせいで、私は窮屈な神殿で三年も修行することになってしまった。
修行っていったいどんなことをするのかしら?
まさか滝に打たれるとか、火にあぶられるとかではないでしょうね。
そんなの絶対に無理だから。
「あの、法王猊下。学院に通うのは構わないのですよね」
物語では聖女さまや愛し子さまだって、学院に通っている。
そこで恋のさや当てとかあったりするのが王道だ。
「ミゼラブル教では、学問は大いに推奨いたしておりますよ。
愛し子さまが、そのように学習に意欲を持つ方でうれしいですよ。
学院には通って下さい。アストラル皇帝に連絡いたしておきます」
「わざわざ、皇帝陛下の許可を頂く必要が?」
「大切な愛し子様です。神殿と学院に転移門を造って頂きます。
安全に通学していただかなくては」
「そこまでしていただかなくても」
だってそんな事をされては、寄り道したり、リリアと遊んだりできないじゃないですか。
でも法王猊下はこう見えて、ずっとしたたかだった。
ナナの企みなど,とっくにわかっていて丁寧に潰してくださった。
私はセレスに目配せすると、神官に連れられて私の部屋とやらに連れて行かれた。
部屋に入ると十名ほどの、白い服を来た女性が跪いて迎えてくれた。
神官が説明してくれる。
「この者たちが、今後愛し子様のお世話をする巫女たちです」
「フィーネ立ちなさい」
「何かありましたらこのフィーネに申しつけて下さい」
フィーネはすらりとした女性で、青い髪と青い瞳が、まるで水の精霊のような美しさを醸しだしていた。
「愛し子様、フィーネと申します。
ミゼラブル神殿の聖女を務めております。
本日より五日間ではございますが、誠心誠意愛し子さまに仕えさせて頂きます」
「ありがとう。フィーネ。私の事はナナと呼んで下さい。
聖女さまなら、光の女神の加護を頂いているのでしょう。
私達は同輩ではありませんか?」
フィーネはふっと笑った。
「物分かりが良くて助かるわ。いまさら愛し子なんて迷惑なのよ。
五日だけだから、我慢してあげるけれど、余計な真似はしないでよ」
「ほら、立ちなさい。みなで愛し子の面倒をきちんと見るのよ。
粗相なんてあったら、私の評価が下がるのだから。分かったわね」
「巫女たちは深く礼をして恭順を示している」
「ナナ。貴方も余計な事は言わないことね。
五日度に来るわ。面倒は起こさないでよ」
そう言ってさっさと出て行った。
疲れたなぁ。
でも、はっきりと敵意を向けられる方が、ずっと良い。
私は皆を見回した。
「よろしくお願いしますね。
この中で責任者の代わりを務めている方は、いらっしゃるかしら?」
ひとりの娘が進み出た。
「私がフィーネ様に代わって、皆を纏めておりますレナと申します」
「貴方も聖女の資質をお持ちなのね。
おかしいわ。先ほどのフィーネには、聖女の資質は無かったのに」
レナは言いにくそうな顔になった。
「フィーネさまの治癒や浄化の力は私のものです。
魔石に力を込めて、フィーネ様に渡しております。
フィーネ様は伯爵家の御令嬢でいらっしゃるのです」
成る程、よくある話なのだろう。
レナが平民ならば、表に立たない方が波風は立たない。
「レナはそれで納得しているのね?」
「はい。私は三年の年期が明ければ、田舎に帰る予定です。
フィーネ様も、今年結婚される予定なのです。
余計な波風は望んでおりません」
「分かりました。ではこのことは秘めておきましょう。
どうせ皆が知っていることなのでしょうしね」
一同にほっとした空気が広がった。
大丈夫。私は日本人なのだから、和を乱さないのは心得ている。
まさか異世界で役に立つとは思わなかったけれど。
「それで、これからどうすればいいの?」
「先ずはお清めですけれど、きっと気に入ると思いますよ」
レナがにっこりとした。
「わぁー、なんて素敵なの」
お清めなんていうから冷たい水に入ると思っていたら、何と温泉だった。
ローマ風呂の雰囲気だね。
薄い入浴着を来て入る。
一緒に入ろうと誘ったら、全員ご機嫌で入ってくれた。
時間制の貸し切りになっているから、気兼ねがいらないのも、一緒に入ってくれた原因だと思う。
それはね。私だってお風呂場で上司と鉢合わせは避けたいもの。
私の場合は、どうせ五日間だという、いわばお客様対応。
お客さまには、みんな親切なのよ。
コミュニティに入るとなれば、しきたりだったり、人間関係だったり、色々あるだろうけれどね。
五日しかいない人なら、安心だ。
絶対に自分の場所を取られる心配もないのだから。
のんびりとお風呂に入っていると、下働きらしい女性たちが入って来た。
マッサージをしてくれるらしい。
ありがたいなぁ。
異世界のマッサーはアロママッサージに似ている。
温かな香油で
マッサージをして、最後は洗い流さないそうだ。
べとべとしないかと、心配したけれど、拭き上げた肌はしっとりとしている。
しかも身体の疲れさえ取れている。
「すごいわぁ。お清めって、毎回こんな事をするの?」
私が感激していると、ちょっぴり自慢したくなったのだろう。
口々に色々な事を教えてくれた。
「私達巫女は美しくなるのも、修行の一つなのですよ」
「参拝客が、神殿の巫女に見惚れることで、神殿に参拝に来る方々も増えるのです」
成る程。いわば身近なアイドルの立ち位置なのかしら?
そうなると聖女はスターなのだろうなぁ。
憧れの対象だから高位貴族の娘が選ばれるのだろう。
「他にどんなお仕事があるの?」
「治癒や浄化が使える人は、交代で治療に当たりますし、そうでない巫女は炊き出しや孤児院などの慰問に廻ったりしています」
「そう。疲れたりはしないの?」
「しませんよ。休憩やお休みはきちんとあります。
巫女や聖女は選ばれた存在なのです。
女の子の憧れの職業の第一位なのですよ」
神殿で職業という言葉を聞くとは思わなかったけれども、きちんと報酬も払われて、搾取されないのは良いことだ。
私も愛し子という職に就いたと思えば良いのだ。
お仕事なら、優しく丁寧な対応をするのは当たり前。
顧客満足度を高めるように努力しなければならないだろう。
お勤めの期間は大体三年。長くても十年は続かないという。
結婚すれば退職することになっているからだ。
このあたりは、異世界の方がまだまだ男性優位な社会なのだろう。
「でもね」と巫女たちは言う。
「巫女はお嫁さんにしたい職業の第一位でもあるのですよ」
何だかわかる。いつも優しくて、たおやかで綺麗な女の子。
お嫁さんにしたいと思うだろうなぁ。
女の子たちにとっても玉の輿を狙えるのだろうから、これもお互い様だろう。
「ナナ様は、既に婚約者がいらっしゃるのでしょう?」
「ええ、セレスタイトというの。公爵さまなのよ」
「公爵さま!」
「素敵ですわぁ!」
やはり爵位には憧れるみたいだ。
「もしかしたら、男爵さまとか子爵様とご縁があるかもしれないわ」と夢を語る子。
「それよりは騎士様がいいわ。身分が高すぎると苦労しそうだもの」と現実的な子。
ここでも女の子の夢は、やはり素敵な恋人だったり、結婚だったりするのだ。
私は、どの世界でも女の子は変わらないなぁとほっこりしていた。
思っていたより、ずっと早く巫女たちと馴染めたし、お風呂に入った疲れもあってその夜、私はぐっすりと眠った。
ここ最近、神経が張りつめてうつらうつらとしか眠れなかったのに。




