大精霊様の加護
部屋に入るとすぐに飛んで来るだろうと思ったのに、リリアは来なかった。
どうしたのかしら?
具合でも悪いのかなぁ。
「王女殿下がお待ちです」と言いながら、侍女が部屋を案内してくれる。
ガチャリと扉をあけると、リリアが座っている。
やはり様子がおかしい。
「リリ。お部屋に呼んでくれてありがとう。
迷惑をかけるわね」
そう言ってリリに近づくと、リリはやっと私を見た。
「ナナ、綺麗なリボンね。どうしたの?」
「セレスがくれたの。私が指輪を怖がったから。
防御の魔法が掛かっているのよ」
「まぁ、素敵ね。見せて貰ってもいいかしら?」
「勿論よ、リリ。
体調が悪そうね。まだ魔力が回復しないの?」
そう言いながらリリを見ると何という事だろう。
私は無意識にリリを鑑定していたらしい。
リリは酷い状態だった。
幾重にも呪縛魔法が掛けられて、自分ではきっと指一本だって動かせないだろう。
しかも精神制御の魔法までかけられている。
リリの心は、今は魂の奥に隠れてしまっている。
そこで掛けられていたのが、傀儡。
通常は人形を操つる為に使う魔法が、人間に使われている。
誇り高い王女であるリリアには、耐えられない屈辱だろう。
精神制御の魔法が掛けられて良かったのかもしれない。
こんな扱い、普通なら耐えられないから。
背後から男の声がした。
「ほほう。何という事だ。
お前は精霊様から加護を授けられているのか。
それではお前を生贄にするわけにもいかなくなったな。
愛し子を殺めたら、精霊様が許してはくださらぬからなぁ」
そして男はしげしげと私の瞳を見つめた。
「黄金の光。まさかこの光は!」
私は、最後まで言わせなかった。
セレスに貰ったリボンを固く握ると、その手で、男に殴りかかった。
いつもの私なら、へなへなの猫パンチしか打てなかっただろう。
必死で殴ったら、きっと自分が怪我をしたはず。
けれどもセレスの防御魔法は素晴らしかった。
男は、凄いスピードで吹っ飛んで天井に当たって落ちて来た。
私がこれで終わったと安心して、リリアに近づこうとすると、その男は傷ひとつ負わずにリリアを抱え込んでいた。
「龍の魔法か。大精霊様の加護を頂きながら、龍に庇護されるとは!
まぁ良い。
なぜお前ほど心の弱い娘を大精霊様が愛し子としたのかは知らぬが、安心せよ。
これからは、我らがそなたを守ろう。
まさか大精霊の愛し子を見つけるとは、思ってもいなかったがのう」
「何言っているのよ。リリアを放して。
リリアに何かしたら許さないのだから」
男はにやりと笑った。
「それがそなたの願いか。叶えてやろう。
そのリボンを手放せばだが」
「リボンを手放したら、本当にリリアを返してくれるの?」
「愛し子様は、疑りぶかいなぁ。
こんな娘、お前を得られれば用はない。
これでも隣国の王女。
我等とて、あえて面倒ごとをおこすものか。
さぁ、素直にリボンを、捨てるがよい」
リボンを捨てたら、私が使える魔法はキャンセルしかない。
男の魔法が使えなくなっても、力づくになったら私に抵抗出来る力は無いのだ。
私が逡巡していると、男はイラついたように言った。
「早くしろ!そうしないとこの場でこの娘を殺してしまうぞ」
「待って!」
私は、慌ててリボンを捨てた。
男は満足そうに頷いた。
「いい子だ。素直にしていたら痛い目に遭う事も無いのだ。
さぁ、こちらに来い」
「嫌よ! 先にリリアを放して!
約束したでしょう}
「面倒な」
男はリリアを投げ捨てた。
「リリア。大丈夫?」
私は慌ててリリアを抱き上げる。
幸い怪我はしていない。良かった。
その時男が魔法を使うのが見えた。
緊縛の魔法。私を捕まえるつもりだ。
「ノー」
私の言葉で男の魔法は霧散した。
「何と、これが大精霊の力か?
なるほど、魔法は通じないようだ。
だが物理はどうだ?そなたは武術の心得はあるまい」
心配した通りの展開になってしまった。
どうしよう。
私は大声でセレスを呼んだ。
「セレス!」
助けてと叫ぶ前に、男は私を捉えて、口を塞いでしまった。
「防音の魔法は掛けてあるが、念のためだ。龍に来られては面倒だからな」
「分かっているようだな。
それなら、どうして私の番を抱いている。
そなたの仲間が番に触れた指を焼かれたのを知らぬ筈もないだろうに」
セレスが来てくれた。
私はほっとした。これでもう大丈夫。
ところが、男は転移魔法を使おうとしている。
私の口は塞がれているから「ノー」が言えない。
私は心の中でキャンセルと必死に叫んだ。
まばゆい光が部屋を包んだ瞬間、セレスがまたも私にキスをした。
しまった!私はすぐに魔力を止めた。
「ごめんなさいセレス。魔力は大丈夫?」
「あぁ、よく魔力を止めてくれた。
大惨事になるところだったよ。けれど怪我の功名じゃないか?
リリアの魔法が解けたようだ」
リリアはゆっくりと身体を起こした。
「ナナ、私が対処するべきだったのに、簡単に捕まって迷惑をかけたわ
ごめんなさいね」
「そんなことないわ。相手は私が目当てみたいだし、巻き込まれたのはリリの方よ。
こちらこそ、ごめんなさい。どこか具合の悪いところはないの?」
「ナナの魔法で、私にかけられていた魔法は解けたわ。
ナナはすごい魔法つかいだわ」
私とリリがそんな話をしている間に、あの男はセルストと共に駆け付けたメイド達によって、どこかに連れ去られたようだ。
セレスはきっと、男を見て私が泣き出すとでも思ったのだろう。
あの時はいきなりだったからなのに。
そこにエルフェンリートもやって来たから、私達はすぐにお暇した。
エルフェンリートもリリアと二人になりたいだろうし。
それにセレスに話もあったのだ。
「セレス。私はこのままアストリア皇国に戻るわ。
ここにいては皆に迷惑がかかる。
さすがにアストリア皇国にまでは、やってこないでしょう?
逃げるようだけれども、逃げるのが正解の時もあるわ」
セレスは目を見開いた。
「昨日のナナとは大違いだな。
今日のナナは、見違えるように勇敢だ。
だが、どうだろうか?」
「ここまで熱心に君に執着するところを見ると、アストラル皇国が安全とはいいがたい。
僕としても、安全を担保できなければ、君をひとりで帰すこともできないのだよ」
「そうなの?
それなら私は、しばらく身を隠した方がいいのかしら?
私のせいで誰かがひどい目に遭うのを見たくは無いのよ」
「隠れたところで、敵が諦めるわけではないだろうが……」
セレスが悩んでいると、シャアがやって来た。
「セレス。ナナがまた襲われたのだって?
君がナナの傍にいられないなら、僕が守ろうか?
ナナはロッテと同じ部屋にいればいいのだ。
僕は護衛兼治癒係として、ロッテの部屋にある待機室を使わせて貰っているからね」
「助かるが、どうするかは法王に会ってからにする。
至急法王と会う必要が出来たのだ。
無論ナナも同伴する」
「わかった。僕に手伝えることはあるか?」
「君は魔力量が多い。念のためこの辺り一帯に探知魔法をかけて置いてくれ。
誰かが引っかかれば、全員にアラームで報せて欲しい。
僕の部下たちも対処できるように」
「リリには、メイドを一組貸し出した。
リーゼロッテには侍女をつけて置く。アンだ。彼女は優秀だからな。
残りのメイド達はナナにつかせる」
「アンね。かなり優秀そうだけれど、ちょっと怖いよね」
シャアは、どうやら人の本質を見抜くようだ。
アンが怖いのは私も一緒。
でも忠実なのは間違いない。
方針が決まったところで、セレスは私を連れて転移した。
神殿の近くまで。
どうやら結界があるらしく、中に転移すると騒ぎになるらしい。
そこで少し待つと、神殿騎士が迎えに来てくれた。
神殿騎士は「法王様がお待ちです」
そう言うなり転移した。
どうやら神殿騎士には、結界は作用しないみたいだ。
まぁ当然といえば当然だけれど。
神殿騎士の案内で、法王の間に入る。
法王は私達をつれると、奥深くへ連れて行った。
そこからさらに、秘密の扉をいくつか進むと小部屋に辿りついた。
以外に住み心地が良さそうな部屋だ。
法王は透明な球を持ち出すと私の前に置いた。
水晶玉みたいだ。よく占い師さんとかが持っていそうなやつ。
「ナナ。そこに手を当てるのだ。
何が起きても驚かないで」
私は、その水晶に手を当てた。
その途端に黄金の光が部屋中に広がった。
体内に誰かの記憶が流れ込んでくる。
あぁこれは大精霊様が契約をしたときの記憶だ。
どうしてだか分からないけれど、前の法王様が大精霊を強請っている。
大精霊様が誰かを連れていくので、加護を寄越せと言っているみたいだ。
大精霊様は青龍の番に加護を与えると約束した。
龍の番なら長生きするからお得だろうからと。
お得で加護を与える人を決めるなんて、何と安直なのだろう。
この大精霊様は、本当に大丈夫なのだろうか?
私に与えられたのは大精霊さまの加護。
理を守る力だ。
光が消えた時、法王さまとセレスタイトは茫然として私を見つめていた。
やがてセレスタイトが、私を鏡の前に連れていった。
ここに居るのはいったい誰なのかしら。
見たことも無いような美少女が立っていた。
黒髪・黒目 黄味が勝った肌の色。それが以前の私。
鏡の中にいるのは、ほとんど精霊と言っても良いような姿をしている
波打つ黄金の髪。金色の瞳 白い肌にほっそらと均整のとれた身体。
「もしかして、これが私……」
セレスは頷いた。
「どうやら大精霊の加護の方が、龍の逆鱗の力を上回ったらしい。
確かに逆鱗は君の体内に残っているのだが。
それも分るのだろ?」
「はい。セレス。心臓に輝く青い玉があります。
これが逆鱗なのね。美しいわ」
「セレス。どうして私の加護が大精霊のものだと分かったの?」
「君が再び襲われたと聞いて法王様が報せてくれたのだ。知っておくべきだと言って」
「ナナ。体調に変化はないか?力の使い方は分かるか?」
法王さまの問いに私は頷いた。
これは大精霊様の力をお借りしているものだ。
本来は使うべきではない力。
理を守る力だ。
「理解しました。
そして使うべきではないとも思っています。
むろん使わなければならない時には使いますが」
「ナナ。それはどんな力なのだ」
「簡単に言えば、大精霊様の代理人のようなものです。
自分では裁けませんが、罪びとを大精霊様の元に送る事ができます」
ガタンと音をたてて、法王さまが立ち上がった。
「それは。それは恐ろしい力だ。
本来人間が持つべきではない」
「私も同感です。
私としては、裁くのは大精霊だから関係ないとも言えますが、ほとんどの人間は大精霊の審判は受けたくない筈です」
「そうだとも。裁可によっては未来永劫、自分の罪と向き合わねばならなくなる。
輪廻の輪からも外される。これ程の恐怖があるだろうか」
「いったい何故、大精霊様はナナに加護を与えたのだ?」
セレスの質問は当然だったけれど、ナナも法王も、つぃっと目をそらした。
そして法王は1冊の日記をセレスに渡した。
セレスは黙って読んでいたが、うめくような声をあげてさけんだ。
「こんな馬鹿馬鹿しい事が、あって良いのか!」
私も法王も力なく笑う。
前法王はどうかしていたのだ。
例え親友が罪なくして裁かれたにしても、八つ当たりにも程がある。
大精霊様も大精霊様だ。
お得だからとは、どういう理屈なのだ。
「大精霊様は未来を見通す。ナナ様がこの力を悪用しないと知っておられたのでしょう」
「法王さま、今私に敬語を使われましたか?」
「はい、そのお姿で隠し通すことは不可能。
明朝、発表いたします。大精霊様の愛し子が現れたと」
「愛し子さまの身柄はアストラル皇国にお預け致しますが、皇城に住む訳には参りますまい。
アストラル皇国の神殿に住むことになります」
「でも私はセレスと結婚するのよ。」
「大精霊様もそれを望まれていらしたでしょう。
龍の番に加護を与えると。ですからそこは変わりません。
住まいが変るだけです」
ほんとうにそれだけなのだろうか?
セレスは私が真っ先にセレスとの結婚を心配したので、ご機嫌だった。
幻の尻尾が嬉しそうに揺れている。
私はとうとうセレスの機嫌まで見えるようになったしまった。




