価値
セレスにお姫様抱っこされながら、ようやく私は気がついた。
セレスは龍だ。魔法が得意なはず。
さっきだってシャアが意図しない程の攻撃魔法を、一瞬で打ち消した。
小さい声で、「黙れ!」と言っただけで。
「セレス。抱っこは嬉しいのよ。
でもね。セレスは、私を治療できるよね?
だって死にかけでも治してくれたのだし」
セレスは小さく舌打ちした。
今、間違いなくチェ!という音が聞こえた。
「よく気がついたなぁ。
わざと治療していないからな」
「どうして!私が何かしたの?」
「無自覚なのが、余計に腹が立つ。
どちらにしろ、この件が解決するまでは帰れないのだから、今日は部屋で大人しくしていろ」
「それじゃぁ。お医者様を呼んで下さい」
「だーめ。お前がいらないと言ったのだからな。
それにリリとロッテの治療で侍医たちも、大忙しだ。
お前の腰は、ゆっくり眠れば治るのだから、我が儘言うな」
「うえーん。セレスが冷たいよう」
私が泣きまねをすると、セレスは大きくため息をついた。
「アン。こいつまだ昼めしを食っていない。
何か食べさせてやれ。
食後のコーヒーはポットで。
ケーキは欲しいだけ食わしてやれ」
私の顔が、ぱぁっと明るくなったのを見て、セレスは苦笑いした。
「まぁいい。惚れた弱みだ。
ロッテは俺がなんとかしてやるよ。
ただし、今はだめだ。
シャア。
あいつには自分のしでかした事の大きさを理解して貰わないといけないからな」
「まさかセレス。ロッテは本当に危険なの?」
「あぁ、お前の魔力量じゃ、せいぜい腰を抜かす程度ですんだが、ロッテの魔力量は、元々少ない。
魔力不足を補うために、あいつは完璧令嬢といわれるぐらい努力してきたのだ。
本気で生死の境を彷徨いかねなかったのだぞ」
信じられない。
私は、シャアが少しふざけただけだと思っていた。
それなのに、人殺しになるところだったなんて!
「法王さまが、ロッテを治療して下されば、助かるのね」
「あぁ、命だけは。
ただし、普通なら二度と歩けない身体になるだろう。
魔力も戻らないはずだ」
「そんな。公爵令嬢が無魔力の上に、半身不随になってしまったら……」
「あぁ、転地療養名目で領地に送られて、そこで一生過ごすことになる。
シャアの言いぐさではないが、飼い殺しというのは、こんな時に使う言葉だ。
「彼奴、首輪は嫌だの。飼うつもりだろう。などと言いやがって。
自分の足で立っていくために、苦労しているのだよ。
公爵令嬢さまだって!
高位貴族は甘くないぞ。
自分の価値を示すことが出来なければ、見捨てられる。
あの、シャアの野郎みたいに、金を貰って自由にのんびり暮らす?
そんな事が許容できるなら、リーゼロッテはここまで苦労しない。
完璧令嬢を揶揄しやがって!
俺は、人の努力を笑う奴が嫌いだ!」
その時、扉の前でことりと音がして、誰かが走り去った。
いまの音は……。
扉は半開きだった。
男女が同室する場合、扉を閉めてはマナー違反になるから。
「今の、シャアだよね。
セレス貴方、シャアが聞いているのを知っていて、わざとあんな話をしたのね」
「そうだ。
さっき契約魔法を使った時、奴は不服そうな顔を隠そうともしなかった。
甘すぎるよ。
異世界人は、みんな甘ちょろい奴らばかりなのか?」
「基本的には。子供は褒めて伸ばすことになっているから。
大変だわ。セレス。
シャアを追いかけないと。
ショックで自殺するかもしれないわ」
「おいおい、勘弁してくれよ。
人を殺しかけておいて、大事になったら自殺するだぁ?
信じられない。
凄い世界だな、異世界は」
「呆れるのは、後からでも出来るでしょう?
それよりも、早く探しにいかないと」
セレスは私の手をしっかりと握り、視線を合わせて言った。
「大丈夫だ。俺を信じろ。
さっき、誓を立てさせただろう?
だから俺とシャアは魔力で繋がっている。
どこにいても、何をしていても俺にはわかる。
それにシャアは、そんなに軟弱な奴ではなさそうだ。
今は、リーゼロッテの部屋の前にいる」
「なかなかの根性だぞ。
ロッテが目覚めるまで動かないと宣言したから、一応部屋には入れたみたいだ。
さすがに、男をベッドルームには通さないが」
「あら、だってセレスが居るのは、私のベッドルームよ」
「それは、婚約者だからだ。
いいか、ナナ。覚えておきなさい。
女性のベッドルームに入る資格があるのは、近しい親族の男。
後は婚約者と夫だ」
「夫が居る場合には、夫の許可が無ければ親族でも女性のベッドルームには入れない」
「凄く厳しいのね。知らなかったわ。
それじゃぁ、シャアは?」
「あぁ、きっと本気で反省している。
そうでなければ忠実な侍女が、部屋に入れる筈はない。
廊下で待たせて貰えるだけでもましな事を、したのだからな」
「そっかぁ。良かった。
シャアは、少し大人になったのね。
それでロッテの足は、いつ治してくれるの?」
「どうだろう?
僕が治す必要は無くなるかも知れないよ。
シャアが本気になればね」
「そうなの?
それならセレスは手を出さない方がいいわね」
「なんだい。随分悪い顔をしているな。
どうせ、ロッテをシャアとくっつけよう、とか考えているのだろう。
結婚は、罪滅ぼしでするものではないぞ」
「知っているわ。そんなこと。
でもラブロマンスに発展するかも知れないでしょう?」
「わかった、わかった。
それじゃ、姫様のご機嫌が直ったことだし、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
セレスは歩きながら後ろ手で手を振った。
「もう!こっちを見もしないのだから」
「姫様、お食事に致しましょう」
「アン、聞いたよね。ケーキを幾つ食べてもいいって」
「はい、お聞きしましたが?」
「だったら、食事はいらないわ。ケーキを食べる」
「本気ですか?気持ち悪くなりますよ。
甘いものばかりだと」
「だからポット珈琲があるのよ。
苦い珈琲と甘いケーキ。
無限に食べられる組み合わせだわ」
アンは呆れかえったようだけれど、ちゃんと準備してくれた。
しっかり食べたいから、ベッドから降りて食卓で食べた。
山もりのケーキを見たら、テンションが爆上がりして、すぐに歩けるようになったのだ。
それで、余計にアンに呆れられたけれど。




