魔力暴走?
ランチを食べに向かう間、私はとてもご機嫌だった。
何しろシャアという少年は、日本の懐かしい空気そのものだったから。
ゲームと言うものを、ほとんどしないから、よく分からない言葉もあるけれど、バスや電車の中で出会う学生達と同じ空気を纏っている。
たった それだけのことで、懐かしさがこみ上げるなんてホームシックなのかも知れない。
電車の中で、若い学生の姿をみるだけで、未来の希望を見ているような温かい気持ちになるのが常だった。
大丈夫。きっと大丈夫。きっと。
そんな風に思っていた。
大きな不安がある訳ではないけれど、あまりにも急速に価値観そのものが変化していくから、本当に良い方向に向かっているのか不安だった。
年寄りにとって変化に適応していくのは、難しい。
だけど、若者たちなら、どんな変化にも適応していくのだろう。
そう思ってみれば、若者とは未来の希望にしか見えなかった。
そんな若者が、ここにやって来た。
きっと何かが変化する。
私はそれを希望だと思っていた。
食事室に入ると、ウエイティングルームで、アペリティフを飲んで待っているリリア達がいた。
「わぁ、いいなぁ。でもノンアルコールなのでしょう?」
「スパイシーで美味しいわよ」
「ほら、待たせていたのだから、さっさと食堂へ移動するぞ」
「もう、ノアったら。わかっているってば」
「みんなに紹介するね。
異世界からというか、私の故郷からやって来た、シャア君だよ。
このまま、一緒にアストラル学院にいくのよ」
「そうか。僕はエルフェンリート。エルと呼んでくれ。
セレスティア女王の猶子で、隣にいるリリア王女の婚約者だ」
「もう、エル。私も自分で自己紹介したかったのに。
リリアよ。リリと呼んで」
「私はリーゼロッテ。
ナナミ皇女殿下の側近で、エーテル公爵家の公女よ。
ロッテと呼んで下さい」
「どういうことだ?
ナナは異世界人だろう?
どうして皇女なのだ?」
「多分、シャアも皇子になると思うよ。
異世界からの落ち人は、アストラル皇家に入る習わしがあるそうだから。
そうなるとシャアはお兄さまね」
シャアが目を白黒させているけれど、それに構わず、私たちは食事を始めることにした。
「それで、シャアは、どうしたいの?
学院に入る前に身分を整えることになるけれど?」
「このまま、平民って訳にはいかないのか?」
「前例がないし、難しいかな?
異世界人って魔力がとても多いし、強い固有魔法を持っているからね。
危険でしょう?」
リリアが王女の立場で説明する。
「つまり俺はチート持ちで、放置すると危険だから首輪をつけるって事か?」
「そのような言い方は、少しどうかと。
進路は自由ですし、現状シャア・フォン・ミゼラブル。
ミゼラブル法王の猶子で、神子と言うことになっています」
「俺が神子?
なんだか柄じゃないのだけど。
法王が、後見してやるって言ったのはそう言う意味なのか?」
「後見人無しでは、学院には入れないからね。
学生が何かやらかしたら、誰かが責任をとる必要があるし」
「あぁ、つまり俺は未成年だから、親代わりがいないと困るって訳か?」
「うん、そうだよ。
シャアは、向こうの世界では中学生だったのでしょう?」
「いや、高校には合格していた。春からは高校生だったのだ」
「それなら丁度良かったね。
アストラル学院は日本で言えば、高校と、大学を兼ねている存在で、卒業したら、年齢に関係なく大人と同等の、権利と義務を負うの」
「年齢に関係なく?」
「そうよ。普通は卒業に5年はかかるけれどね」
「早い子でも3年よね」
「10年たつと、さすがに退学の勧告を受けるけどな」
「シャアはもしかして、早期卒業を狙っているの?」
「だって、何だか嫌だもの。誰かの紐付きになるのは」
「将来やりたいこととかあるの?」
「そうだなぁ。
勇者なんてどうだ?
なんだかそっちの方が面白そうだ」
「シャア。ダメよ!そんな!」
「冗談だよ。そんなに真っ青な顏をするな?
お前は同胞だ。
何もしないよ。安心しろ」
そう言われて、私は余計に不安になった。
その言葉は直訳すると、同胞以外には何をするか分からないという意味になってしまう。
リーゼロッテが眉をひそめた。
「シャアさま。あまりふざけないでください。
誤解を与えますよ」
「誤解ねぇ?
お前は、あれだな。
優等生のいい子ちゃんタイプだ。
リリはそのまま女王タイプ
ナナは敏感で臆病な子ウサギタイプ。
セレスが、運動部の主将。
そして、お前が一番厄介そうだな。エル」
「そう、思うのか?
僕はどんなタイプなのかな?」
「エルはあれだな。
生徒会長でありながら、実は黒幕ってやつだ」
「随分と高評価頂いているみたいだね。
それでは君は先導者。革命家でも気取っているのかな」
「まさか、俺は道化さ。
ただの道化。
王子殿下や王女殿下の慰みものでございます」
場がシーンとしてしまった。
シャアが、そう言った時に、確かな悪意がこの場を支配していたから。
「まさかシャア。貴方の異能って!」
「黙れ!」
私の耳元でセレスが囁いた。
私は思わず言葉を飲み込んだ。
有無を言わさない圧力。
セレスが威圧を使った
セレスの威圧がシャアの支配を退けて、ようやく私達は息がつけるようになった。
「シャア。君がまだ魔力をコントロールできないのは、知っている。
けれど、魔力を不用意に漏らさないでくれ。
見ろ!ロッテは気を失っているし、リリもエルが庇わなければ倒れていた。
ナナは腰を抜かして歩けない。
女たちをいたぶりたい訳じゃないだろう?」
シャアは青い顔で頷いた。
「ごめん、まさかこんなことになるなんて!」
侍女や側付きたちが、女性たちを助けに駆け付けて、周囲は大騒ぎになった。
医師も呼ばれて、女性陣は既に診療を受けている。
「大丈夫だ。ただの魔力暴走だ。
騒ぐ必要はない。
女たちをしっかり休ませてくれ」
「ナナ。お前も部屋に戻れ
僕たちは少しシャアと話をしないといけない」
私が手当を断ったので、セレスがそう言った。
「ダメよ。シャアにだって弁護する人が必要だわ」
「歩けもしないくせに」
「抱っこして連れていって。大人しくしているから」
仕方がないなぁという顔で、セレスは私を、お姫さま抱っこした。
こんな場合だと言うのに、私は、初めてのお姫様抱っこで、思わずニコニコしてしまう。
「すげぇ。こんな緊迫した場面なのに、ナナが入ると、ほのぼのコメディになっちまう」
シャアが思わずと言うようにそう言った。
「お前が言う事ではないが、同意するよ」
疲れたようにエルもそう言う。
何故なのよ。
私はただ、喧嘩しないようについて来ただけなのに。
シャアの部屋で、男同士で話をするようだ。
私は話が聞こえるように、近くの長椅子に横になったが、発言は禁じられた。
応接セットで向き合った三人。
先ずは、エルが話をした。
「今起きたことは、魔力暴走ということにする。
分かっているかどうか知らないが、無抵抗の人間を魔力で傷付けるのは犯罪だ。
まして、相手は王女や公女だ。
本来なら、国際問題になる。
ここまでは理解したか?」
「あぁ」
「結構。その場合、法王の立場はどうなると思う?
既にお年だし追い落としたい者は、どの世界でもいる。
責任を取って、法王を辞任することになるだろう」
「そんな!そんなつもりでは……」
「分かっている。君は未成年で、しかも責任ある立場についたこともない。
けれどな。僕たちは5歳で既に完璧を求められて育ってきた。
少しの不注意が、国を揺るがす大事になるからだ」
「きっと君は、王侯貴族をくだらないと思っているのだろうね。
それについては君の信念だ。
文句は言わない。
けれど責任も持たないくせに、大口をたたくな!
俺が言いたいのは、それだけだ」
「僕は、君と同じように異世界から落ちてきた少年の話をしよう。
彼は、皇子という立場に苦しんで、とうとう皇太子妃の魔力を封じてしまった。
皇太子妃は、王宮で四面楚歌に陥った。
元々魔力が皇太子妃に選ばれた理由だったからね」
「それでどうなったの?」
「君ならどうした?
愛する人に危害を加えてしまったのが、養子にした兄弟だったら?」
「そんなの。処刑するに決まっている。
養子でしょう?血のつながりもない。
魔力が必要だっただけだから」
「皇子も、そう思ったみたいだ。
けれども、皇子の位は剥奪しても、兄弟であることは止めなかったのさ。
皇太子も皇太子妃も。
だって、本当に兄弟として受け入れたわけだからな」
「まさか!そんな訳あるか!
人なんてどうせ利害関係で繋がっているのだ。
何かして欲しければ、同等の対価を払う。
そうやって世の中は廻っているのさ」
「君の目には世界は、そのように映るのだね。
だけど、今言ったことは本当だ。
結局、皇子では無くなっても、住まいも仕事もそのまま。
最後は公爵位を得て、宰相として皇太子を守った。
そんな人がいたってだけの話だけれどね」
「これは、そいつの事を綴った側近の日誌だ。
読んでみるといい。
同じ異世界人だ。
何か分かるかも知れない」
「僕たちから言いたいことは、全部言った。
君からは?」
「僕はわざと魔法を使った。
偉そうな公爵さまや姫たちを、驚かせようと思って。
身分なんか関係ない。そう思って」
「それで?」
「少しも楽しくなかった。
皆が苦しんでいるのがわかっても、力を止められなくて。
姫様たちは、どうなったの?」
「医師が見ている。結果はこれからだ。
リリは僕が庇ったから、多分復帰できると思う。
君の魔力は本当に凄いね。
魔力を半分持っていかれた。
セレスが止めなければ、僕たちは二人とも……」
「それで、リーゼロッテだが、目覚めるかどうかは半々だ。
法王猊下が、じきじきに回復魔法を使って下さる。
目覚めても、もう魔法が使えるかどうか……」
「そんな……」
「いいか?ただの魔力暴走だ。
それで通せ。
これ以上、法王に迷惑をかけたくなければね」
「言っておくぞ。
自分が楽になりたいからと、自白するのは許さないからな。
お前は、もう十分に好き勝手をしただろう。
これからは、これを何とか丸くおさめないといけないのだ。
頼むから邪魔だけはしてくれるな。
誓えるか?」
「誓います」
その瞬間、青い光がシャアの身体を包んだ。
「これは?」
「誓約魔法だ!
誓いを破らなければ無問題だから気にする必要はない」
「なんでこんなことまで!」
「お前が信用できないからだ。
信用できたら、だれがこんな魔法を使うものか!」
セレスはそう言うと、また私をお姫さま抱っこした。
帰り際、私は小さく囁いた。
「ドンマイ! ロッテはきっと大丈夫。
法王さまを信じて!」
シャアはかすかに頷いた。




