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80歳のおばあちゃんは龍の溺愛に気がつかない  作者: こもれびの空


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ダンス

 知っていたけれどね。

 若くなっても、私のリズム感や音感が、まっとうに働くことはなかった。


「待って、ナナ。ちょっと休憩にしよう」


 リリたちが優雅に踊っているのに、私はギクシャクと何とか足を出しては、セレスを踏みつけている。

 ダンスとはとても呼べない。

 さすがのセレスも根をあげたのかしら?

 そう思って、がっくりしていると、セレスが笑った。


「大丈夫だよ、ナナ。

 踏まれたから休憩を入れたわけじゃない。

 ちょっと座ろうか?」


 セレスはそう言って、私をダンスホールの隅に連れていった。

 休息用の椅子に座ると、少ししか足を動かしていないのに足が痛い。


「お行儀は気にしないで靴を脱いで、オットマンに足を置いてごらん」


 靴を脱ぐのはなしたないことだけれど、それだけでぐっと楽になった。


 その隙にセレスが飲み物を頼んでくれたらしい。

 冷たくて少し酸味があるジュースが、身体のほてりを静めてくれる。

 何だか落ち着く。


「ようやく自分が戻っ来たみたいだね。

 ナナは必死になってステップを覚えようとしていただろう?

 少し、ダンスの事は忘れて、音楽を聴いてみて」


 初心者用ののワルツ。

 さっきまでは、ずっと心の中で、数字を数えていた。

 1,2,3.1,2,3.


 だけど、こうして聞いていると、自然に音楽が身体に響いてくる。

 楽しそうな音楽。

 音が跳ねて踊っているみたい。

 聞いているだけでだんだん笑顔になってくる。


「ワルツにも、色々な曲があるけれど、今日はナナが楽しめるような曲を選んでいるんだ。

 楽しい気分だろ?」


「ええ、なんかわくわくするような感じの曲だわ」


「そう、もっとしっとりとした曲も多いけれどね。

 この曲は、リズムがとてもはっきりしている。

 分かるかな?」


「ええ、きちんとはっきりした音がテンポを刻んでいるわ」


「そう。だからナナ。

 君がテンポを数える必要はないんだ。

 ただ、曲にのるだけでいい

 少しやってごらん。

 座ったままで、足を音に合わせて好きに動かしてみて」


 私は曲にあわせて、足を動かす。

 勝手に足がリズムを刻んだ。

 不思議だ。

 リズム音痴だと思っていたのに。


「でもセレス。ステップを踏むのが難しいの」


「おいで、ナナ。

 僕の足の上に、乗ってごらん。

 大丈夫、しっかり支えているからね」


 セレスは、私を自分の足に乗せて、優雅に踊り始めた。

 まるで魔法みたいに、私の身体も踊りだす。

 音楽が、ちゃんと感じられる。

 ステップはさっきと同じ。

 だけど、さっきとは全然違う。


「セレス。とても楽しいわ」


「そうだね。ダンスは楽しむものだ。

 さっきの君は、親の仇を見つけたみたいな、怖い顔をしていたよ」


「でも、ほら。

 今は楽しんでいる。

 今度は、自分で動いてみよう。

 大丈夫。君は裸足だから、僕は踏まれても痛くない。

 君は、僕の足を踏まないことばかり考えていただろう?」


 本当にセレスは何でも知っている。

 私は、今度は伸び伸びと足を動かした。

 きっと沢山踏むだろう。

 そう思っていたのに、少しも踏まないですんだ。


 間違えた!

 そう思った時には、セレスは当たり前みたいに、上手に回避して見せる。

 まるで、最初からそう踊ると決まっていたみたいに。


 そのうえ、段々とセレスは基本のパターンから外れていく。

 だけど、私のステップは全く同じ。

 セレスがリードする方向に、足を動かす。

 それだけで、とても上手く踊っているように見えてしまう。


 いつの間にか、テンポがゆっくりになった。

 私はもう数を数えない。

 それでも音楽は、私にリズムを教えてくれる。

 不思議な感覚だった。


「これは、よくラストダンスに使われている。

 恋人たちの為の曲だ。

 靴を履いて踊ってみよう」


 私が靴を履くと、本当のダンスみたいに、セレスが礼をした。


「姫、一曲お相手ねがえますか?」


 私は頷いてセレスの手を取った。

 そのまま、セレスがゆっくりと動き出した。

 私も、ゆっくりステップを踏む。


「良かった。ナナが楽しんでくれて」


「セレスのおかげだわ。

 ありがとう。

 でもきっと、セレス以外だとこうは上手くいかないわ」


「それなら良かった。

 君と踊るのは、僕だけだからね」


 私は大きく頷いた。

 セレスだから、安心して踊れるのだ。

 誰かの足を、ピンヒールで踏むかもしれない危険を、冒す気にはなれない。


 その時、リリたちがやって来た。


「良かったわね。ナナ。

 踊れるようになったじゃない」


「セレスのおかげよ。

 セレス以外じゃそうはいかないわ」


「確かに彼は上手い踊り手だね。

 初心者を、ああも美しく見せるのだから」


 エルフェンリートが、感心している。

 セレスは、とても上手なのだろう。


「ナナは踊るのは初めてなの?」


「そうだね。大昔、授業時間に少しは習ったけれど」


「あら、異世界にもダンスがあるのね」


「音楽やダンス。

 そう言うのを楽しむのは、どの世界でも一緒かもしれないね」


「ナナも何か楽器を習うといいわ。

 耳が良くなるから、ダンスの上達も早くなるわよ」


「うわぁ。習うことが多すぎるわ。

 でもやってみたい。

 リリは何か楽器が弾けるの?」


「私はピアノ。調音が必要な楽器は面倒だから。

 エルはバイオリンの名手なのよ」


「なんかわかる気がするわ。

 異世界でも、名探偵とか知的な人がバイオリンの名手だったりするの」


 私は、かの有名なシャーロック・ホームズ氏を思い浮かべた。

 なぜだか、エルってホームズ役が似合いそうなのだもの。


「それは光栄です。

 その探偵と言うのは、何なの?」


「良く読まれているミステリー小説の主人公なの。

 色々な事件を推理して謎を解明するのが、探偵よ。

 とても頭が良いの」


「「ああ、架空の物語なのか。

 それで設定でバイオリンをひくんだね」


「ええ、バイオリンって聞いてすぐに思い浮かんだのが探偵なのよ。

 音楽には疎くて」


「随分可愛らしい姫君ですね。セレス。

 君が自慢するだけの事はある」


「お前のリリア姫も可愛いけどな。

 手綱をしっかり握っとかないと、すぐに逃亡するぞ。

 おかげで、俺たちのお忍びがバレたしな」


「セレスタイト。

 貴方って執念深いわねぇ。

 もう昔の事でしょう?」


「ほら、リリ。そんなに怒らないで。

 セレスには、僕から言っておくから。

 疲れたろう?

 少し、ナナとお茶でも飲んでおいで」


 そう言われてすぐにリリは私をお茶に誘ったから、私は喜んでついていった。

 後ろで、セレスとエルが談笑しているのが聞こえる。

 あの二人。性格が違いそうなのに、随分仲良しみたいだ。



「ねぇ、リリ。

 セレスとエルっていつから仲良しになったの?」


「分からないけれど、最近いつも二人でつるんでいるわね。

 あなた達が王宮にいた時は、会っていないのよね」


「どうだろう。

 私は、ほとんどリリと一緒だったから、その間に仲良しになっていたかもよ」


「そうだね。

 何?ナナ。何か気になるの?」


「別に。ただちょっと。

 セレスって簡単に人に懐くようには見えないから」


「そう言えばそうね。

 エルなんて王宮に友達なんていないのじゃないかしら。

 よく友達になったわね。

 お互い、あまり似ていないのに」


 似通ったところと言えば、お互いに婚約者が王女や皇女であることぐらい。

 いくら何でも、そんな事が原因とは思えないけれど。

 でも、もしかしてお互いに婚約者の事で、愚痴を言い合っているとか?

 いや、まさかね。

 そんな訳ないわよね。

 私は、浮かんだ疑問をすぐに打ち消した。


 船の旅は快適で、ロッテも私が粛々と課題をこなしているので、ご機嫌がすこぶる良い。

 概ね良好な船旅だった。

 ルーンフェル王国に到着すると、御大層なキラキラしい馬車と、大勢の騎士たちが待ち構えていて、私はあっという間に馬車に詰め込まれてしまった。


「ねぇ、アン。これじゃぁまるで罪人みたいじゃないの?」


「貴人を迎えて警備が厳重なだけですよ。

 この世界の誰が、龍の番に手を出そうと思いますか?

 ナナ様は少し心配性ですね」


 馬車には、アンとメイドがふたり。

 女ばかり4人が座っている。

 リリアも別の馬車だし、他のメイドや使用人も違う馬車に乗っている。

 いったい、何台馬車を用意したのかしら?


 セレスとエルは馬車を断って、馬で移動している。

 馬車の窓を開けたら、セレスがすぐ横にいた。


「ナナ。念のために窓は閉めておきなさい。

 心配しないでも、僕が側にいるからね」


 そう言われてやっと私は、肩の力を抜いた。

 知らない屈強な男たちに囲まれて、知らずに緊張していたみたいだ。

 セレスの言葉だけで安心するなんて、私はどんどんセレスに依存しているのじゃないか?

 そう思うと、少し怖くなった。


 依存と愛情は違う。

 ちゃんと自分で立っていないと。

 少し甘えん坊になりすぎた。

 そう思って、私は、自分を戒める。

 異世界に来てから、すこしずつ自分が自分でなくなるようで、不安なのだ。


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