ご両親との対話
美味しい食事の後は皿洗いの時間だ。
「ごちそうさまでした。セレス。
御台所はどこかしら?
御馳走になってしまったから、洗い物は私がするわね」
「えっと、それは……」
「遠慮なんかするんじゃないよ。若いのに。
これでも主婦歴は長いのだから、お婆ちゃんに任せなさい。
それで、台所はどこかしら?」
「言いにくいんだけどね、ナナ。
ここでは、そういうのは魔法済ますんだ」
セレス君はそう言うと、さっと食卓の上を片付けでしまった。
「ここでは、全部魔法を使うのかい?
それじゃあ、私は何の仕事をすればいいの?
仕事をしないと生きていけないのに、魔法で全部やってしまうなんて!」
「いや、だからナナはここにいればいいんだ。
僕のせいなんだからナナの生活は僕が全部お世話する。
安心してくれていいんだ」
「いくら何でも、年端のいかない子供の世話に、なるつもりはないからね。
その魔法ってやつは私でも、使えるようになるものだろうか?」
困ったねぇ。
魔法が使えないと、仕事にありつけないとは。
これでも生活能力は高い方だ、と思っていたのだがねぇ。
「魔法なら使えるさ。
龍の番が魔法も使えないなんて、笑い話にもならないや」
「意味が全然分からないんだけれど。
まぁ日本にいた時も、若い者の言葉は判らなかったけどねぇ。
簡単にいうと、私でも魔法を使えるということなのかね?」
「そうだよ。魔法なんて簡単さ!」
「おやおや、これは可愛いお嬢さんだね。
セレスタイトが連れて来たのかな?」
背後から低音の魅力的な声が聞こえてきた。
振り返ると青い髪の壮年と、年齢不詳の美しい夫人が立っている。
これはきっとセレス君の両親に違いない。
「お留守中に上がり込んで、失礼いたしました。
私、日本と言う国から、ご子息様に命を助けるために連れてきていただいた、篠原七海と申します。
よろしくお願いいたします」
「まぁ、日本からですの。
懐かしいわ。
私も過去世では、日本で暮らしていたらしいのですよ。
今では記憶もありませんが」
「お母さまでいらっしゃいますか?
過去世があると言うことは、人は死んでも生まれ変わるのでしょうか?
長年、人は死んだらどこに行くのかと思っておりましたが」
「どうでしょうねぇ。そういう事もあるかも知れない、と思っていただければ」
成る程、やっぱり分からないものらしい。
「申し訳ないけれども、少し事情をお聞きしても}
うーんたまらないね。この低音ボイスは。
私に勿論、否やはない。
セレス君は嫌な顏をしていたが、自分の失敗の責任を負うのが大人への1歩なのだ。
頑張れ!少年。
セレス君のお父様は質問がとても上手で、いつの間にか私は、自分の一生を語ってしまっていた。
「なるほど、これは愚息が悪い。
ご迷惑をおかけしたお詫びに、正式に我が家の客人として、ここに留まってはくれませんか?」
「そうですよ。つまりはセレスタイトが、あなたを殺したも同然です。
子供の不始末は親の責任です。
どうか、私共のお詫びの気持ちを受け取ってはくれませんか」
「ありがとうございます。
親としてのお気持ちは、私もよく理解できます。
しかし、私の命は実のところそれほど長くは無かったのです。
病気を抱えておりましたから。
しかもセレスタイト君は、子供達の為に、私の身代わりまで残してくれました。
若いのによく気がつくお子様です」
私が褒めると、ご両親はなんとも言えないような、奇妙な顏でセレス君を見た。
いったいどうしたというのだろうか?
私は気を取り直して話を勧めた。
このまま、この家に取り込まれる訳にはいかない。
「しかもセレスタイト君のおかげで、死ぬどころか随分若返りました。
この身体は12歳ぐらいの時のものです。
私としては恩義を感じることはあっても、セレスタイト君を責める気持ちはないのです」
「それでご相談なのですが、どこか住み込みで働けるところを、ご紹介頂けないでしょうか?
なにしろ、こちらの戸籍もなければ、住むところもないのです。
だからといって、ずうずうしく居座る訳にも参りません」
「困りましたね。
ナナミ様、今ご自分が子供の身体であることは、お判りになりますか?」
「はい」
「それでは児童を働かせる訳にはいかないことも、理解していただけるでしょうか?」
うかつだった。
日本だって子供の労働は禁止されている。
子供は守られるべき存在だからだ。
「確かに仰る通りです。
しかし私の精神年齢は80歳なのです。
今更子供扱いをされましても……」
その時父親が笑い声をあげた。
「たった80年しか生きていないのに、大層な物言いをするものだ。
私はもうかれこれ、700年ばかり生きているが、古龍さまに比べればまだまだ若造だ」
「そうですよ、私も人間から龍の番になって、そうですねぇ。
多分150歳くらいですよ」
母親がそんな事を言えば、セレス君も負けてはいない。
「龍は龍体になるまで100年かかるんだ。僕は115歳だよ」
「そうねぇ。この中ではナナミさん、あなたが一番若いし子供だわ」
そう言われて私は、何も言い返せなくなった。
子供だと思っていたセレスが、自分より年上だったなんて。
目を白黒させている私を面白そうに見ていた父親が、断言するように言った。
「確かに、ナナミにも身分は必要だな。ヴァレンティノ公爵家の娘にするか?」
「ダメだよ。父上。僕はヴァレンティノ公爵家公子でもあるんだから、兄妹はまずいでしょう?」
「そう?それならプロイセン王に頼んで王女にでもしてもらう?
「無理ですから、私平民ですから!王女なんて無理ですから!」
このまま放っておいたら、きっととんでもないことになる。
その危機感で、私は大声で叫んだ。
若いって凄い。肺活量が半端ない。
私の必死さが伝わったのだろう。
「仕方がないわねぇ。それじゃあ実家のアルヴィス侯爵家に頼みましょう」
いかにもしぶしぶと言わんばかりに、母親が言う。
「あの、一体全体、あなた達は何者なのですか?」
「あぁ、人間界の名前ね。言っていなかったかな。
私はプロイセン王国の守護龍、蒼天の王ニルヴァ。
人間界では元ヴァレンティノ公爵。妻はヴァレンティノ公爵夫人。
息子は青龍セレスタイト。ヴァレンティノ公爵公子」
「そして君なのだが、ナナミ。
君は青龍セレスタイトの番。
ヴァレンティノ公子の婚約者にして、ナナミ・フォン・アルヴィス侯爵令嬢ということになるな」
「待って!待った。ギブ!ギブ!
いつ私がセレスと婚約したというのですか!」
「だって貴方、龍の逆鱗を、受け入れているじゃないですか?」
わたしが面食らっているのがわかったらしい。
龍の逆鱗というのは、龍が番に与えるものらしい。
(この番というのが曲者で、龍は番を一途に愛して、番が死ぬと龍も死ぬぐらいだそうだ)
しかも逆鱗を与えられた番は、魔法を龍みたいに使えようになるし、いずれ寿命も龍と同じになるらしい。
じゃぁ、もしかしてセレスが私に一目ぼれした?
いや、何考えてんだ。
そんな訳あるか。
あの時私は80歳の老女だったんだぞ。
しわしわの婆さんに惚れるわけないだろう。
そこではっとした。
私は死にかけていた。
自分のせいだと思ったセレスが、逆鱗を使って私を助けしまった。
そうだ。そうに違いない!
その考えを私はとうとうと述べて、受け取った龍の逆鱗を本来の持ち主に返す方法を尋ねた。
セレスの両親は、哀れむようにセレスを見ていた。
それはそうだろう。
息子が大事な逆鱗を、どこの馬の骨とも分からぬ老女に、与えてしまったのだから。
そんな私の意見をぶった切るように、蒼天の王ニルヴァは断言した。
「ともかく、今言ったことは決定事項だ。
セレス、ナナ。君たちは早々にアストラル学院に入学する準備をしなさい。
「父上、僕の入学は免除されたのでは?」
「行きたくないなら行かなくてもよいが。
セレスはナナをひとりで学院に行かせても平気なのかな」
「いえ、父上、僕は早く結婚式を……。
はい、ナナとアストラル学院に参ります。
ナナはこの世界を知る必要がありますから」
セレスは何やら抵抗していたようだが、結局学院にいくことに同意した。
私も、こうなったらしっかり勉強しようと思う。
セレスの本当の番が現れたら、逆鱗を返す方法も探さないといけないし。




