揺れる心
セレスと食事をしていると、ようやく緊張がほぐれてきた。
「セレス。どうしよう。
私、ここの生活になじめそうもないよ。
元々引っ込み思案だし」
「ナナのそれは引っ込み思案と言うより、警戒心がとても強いのだよな。
僕の事だって、半分くらいしか信じていないだろう?」
「そこまでではないけれど、多分臆病なのよ。
自分が傷つくことが怖いのね」
「だから結局自分の問題なのよ」
「そうやって、すぐに他人を締め出してしまうのだ。
いいけれどね。
懐かない子猫を懐かせるのも、楽しみだからさ」
「あら、随分な言い方ね」
「今度は、怒ったふりかい?
君は、どんな時に怒るのだろうねぇ」
「あら、私だって怒ることぐらいあるわよ」
「違うね。君は怒る前に諦めてしまう。
そうして、すっぱりと切り捨てるのさ。
他人に関心も持たないし、期待もしていないだろう?」
「はぁ~。
どうしたの?セレス。
今日は随分辛口ね」
「何でもない。
いや、何でもあるかな。
二人で仲良く暮らせると思ったのに、離れ離れだから」
「皇后陛下が、私に学院生活は1年にして欲しいと、おっしゃったわ。
卒業したら、すぐに結婚式らしいから、1年の辛抱よ」
「それは本当?
嬉しいなぁ。でもナナはそれでいいの?
学院生活を楽しみにしていただろ?」
「そうやって、きちんと気持ちを尋ねてくれるから、セレスといると安心できるわ。
学院を1年で卒業する代わりに、お仕事を減らしてくれるらしいから。
どちらにしろ、公的な身分があるから、学院生活を楽しむのは難しそうだもの」
「ねぇ、黒龍さまは、そんなに具合が悪いのかしら。
100年どころか、復帰まで200年かかるかも。
なんて言っている人がいたのだけど」
「クラウス殿も瀕死に近かったらしいからな。
本来、両親から魔力を貰う龍の子も災難だよ。
それで人化に200年かかるかもしれない。という話になっているみたいなのだ」
「仮にも龍が瀕死状態だなんて!
精霊とは、それほど膨大な力を持っているの?」
「高位精霊は、こちらの世界では神々の分類なのさ。
災厄の15年を引き起こした、時の女神も、正確には精霊だしな」
「あぁ、たくさんの神々がいる世界観なのね」
「本当の意味の神は、ひとりだぜ。
天地創造の神様さ。
龍や精霊も、神が創造したとされているからな」
「成る程。この世界の神殿は、その神様を祭っているのね」
「それにしても、人間界の長であるはずのアストラル皇国が、思いのほか不安定そうに感じるのだけれど」
「それはそうだろう。
前皇帝陛下と前フィクトス公爵が、災厄の15年の責任を取るために、自分の身を大精霊の裁きに委ねたのだからな」
「どうしてそんなことに!」
皇家とフィクトス公爵家を守るためさ。
だれかが責任を取らないといけないだろう?
皇家が倒れたら、アストラル皇国は終わる。
皇族の魔力で支えている国だからな。
そしてフィクトス公爵家ついえても皇国は終わるのだ。
龍の血を入れられなくなるからな」
「皇家とフィクトス公爵家。
この2つの柱が、この国を支えている。
けれども、そこに疑問符がついてしまった。
フィクトス公爵夫人も、星の娘だったのさ。
しかも、この件の根底に追放処分になった皇国貴族が、関わっていた。
失態では済まされないだろう?」
信頼を取り戻すための贄となったのさ。
皇帝とノア老公が」
「それが今から20年前なのね。
傷跡がまだ生生しいのも当然だわ」
「皇帝陛下とフィクトス老公はどうなったの?」
「大精霊は二人に安らかな死を与えた。
輪廻の輪から、外れて未来永劫苦しむことも覚悟していたからな。
あのお二人は。
大精霊にも温情があったのか?と大騒ぎになったのだぜ」
「そうなの。
神にも情があるのね」
「違うよ、ナナ。
彼らには罪がなかった。
それだけのことさ」
「でも、じゃぁなぜ?」
「そうしないと、おさまらないからな。
理が揺らぐのを大精霊は何よりも嫌う。
きっと、ゆっくりと休んでいるさ。
それぐらいの御褒美があってもいいはずだからな」
高貴な身分には、それに見合う責任と代償が必要になる。
わかってはいたけれども、それを本当に実行する人が、どれほどいるのだろう。
何となく不安定に見えるこの国が、根底から覆ることはないだろう。
お二人がこの国を支えていてくれるだろうから。
なんだか、ちょっぴりセンチな気分になってしまった。
そして苦手だと思っていたこの国が、少し好きになった。
単純かもしれないけれども、私は誠実な人には弱いのだ。
「ナナ。いいことを教えてやろうか?
皇女宮と漆黒の梟の本部。つまり図書館は繋がっているのだぜ。
本部からは外宮にも、皇太子宮にも繋がっている。
さすがに皇帝陛下と皇后陛下の宮には繋げていないけれどな。
その代わりに、皇太子宮には皇帝と皇后陛下の宮への通路があるのだ」
「セレス。それってつまり」
「そうさ、ナナの好きな図書館に繋がっているってことだ」
「行きましょう、セレス。すぐに行くわよ」
「あのね。ナナ。
さすがに図書館も夜は閉まっているよ。
明日にでも行ってみるといい。
抜け道は側近なら知っているだろうからな」
「もしかして、セレス。
明日はこないつもりなの?」
「遅くなるぞ。
ナナには毎日会いにくるけどさ。
図書館の閉館時間までには来られないよ」
「セレス。隠し事しているでしょう?
漆黒の梟の本部があるのでしょう。
図書館に。
それなら建前としては、閉館していても、中は24時間稼働しているはずよね」
「お前、自分の都合の良いところだけ、勘が働くのだな。
だけど今日は初日で、自分で思っている以上に疲れている筈だ。
ちゃんと眠れ。
分かったな?」
「仕方ないなぁ。
今日は、大人しくしとくから、明日は絶対よ。セレス」
「あぁ、わかったよ。寝室までおくるか?」
「隣の部屋よ。必要ないわ。
それにアンがいるし。
アンってあなたの部下よね」
「あぁ、そうだ。
まだ会っていないだろうが、お前付きの侍女とメイドは全員俺の子飼いだ。
安心しろ。
山で父上が鍛えていたから、騎士だって足元にも及ばないよ」
「安心しただろう?
どこにいても、お前は俺が守っている。
いいな?」
どうしよう。頬が熱い。
絶対に真っ赤な顏になっているわ。
恥ずかしいったら。
どうして、そんなに気障なセリフをさらりというかなぁ。
静まれ心臓。
とうとうセレスが笑い出した。
「お前、どうしてそんなに初心な反応するかなぁ。
ずるいだろう。そんなの」
「どうしてって!セレスが気障なのが悪い!」
「あぁ、悪かったよ。ごめんな。
お休み、ナナ」
そっとハグだけしてセレスは帰っていった。
ナナが怖い顔をしている。
「もしかして、何かしやがりましたか?
あのチャラ男!」
「何もないわ。ちょっと気障なセリフだったから恥ずかしかっただけよ」
「はぁ~、何もない?あのヘタレが」
アンってこんな子なの?
なんだか印象が全然違うのだけれど。
「アンは、神龍さまの元で育ったのですって?」
「そうです。
神龍さまが、孤児を見つけては拾ってくるので、かなり大勢いたのですよ。
今回、セレスタイト様が、ひとり立ちするにあったって、ほとんどが山をおりましたけれどね」
「そんなに。セレスも心強いわね」
「不安なのですよ。神龍様は。
セレスさまは、少し純粋なところがおありだから」
単細胞が純粋って言葉に変換できるのは知らなかったけれど、アンがセレスの子飼いだと聞いて、すっかり安心したのは、どうしてだったのだろう?
私は、その答を見ないことに決めた。




