皇女宮
私は、ようやく自宅である皇女宮に入ることになった。
自宅がお城の中にあるって信じられない。
とはいえやることは目白押しだ。
早急にやる事リストを作っておかないと。
勉学と仕事と社交。
この三本柱をなんとかこなさないと。
社交はリーゼロッテが責任をもってくれるとはいえ、相手の顔も名前も背景も知らない、では済まされないだろう。
「ナナミ殿下。
私の同僚を紹介したします。
こちらはアリシア・フォン・ウォーカー侯爵令嬢。
主に皇女宮の人事を掌握しております。
その隣がエルリア・フォン・アッシュフォード伯爵令嬢。
経理・財務担当者です。」
「ありがとう。リーゼロッテ公爵令嬢。
皆様も座って下さい。
侍女と伺っていたけれど、皆様方は私の側近なのですね」
「おっしゃる通りです。皇女殿下。
皇后陛下は、私達3人を殿下の側近に選ばれました。
とはいえ相性もございます。
ご不満がございましたら、皇女殿下のご判断で変更も可能です。
その際には皇后陛下に気を遣う必要はないと仰せつかっております」
「率直にありがとう。
皇后陛下の御判断に異議を唱えるつもりはないわ。
この世界のことは何もしりませんから。
どうか私を支えてくださいね」
「畏まりました」
全員が揃って頷いた。
「公式の挨拶は済んだのでしょう?
ロッテ、この後側近との茶会に移りたいのだけれど、構わないかしら。
皆さんの予定はどうなっているの?」
「私どもは、皇女殿下が安心して皇城で暮らせるようにお手伝いをするのがお仕事です。
すぐに茶会の手配をいたしますわ」
そう言って後ろに控えていた侍女に目配せすると、侍女はたちまち消えてしまった。
「アリシア令嬢はシア。エルリア令嬢はリア。と呼んでもいいかしら。
宮の中では、私をナナミと呼んで下さい」
「はい、ナナミ様。
お茶はテラスに準備いたしております。
お庭を眺めながらお茶に致しませんか?」
「ありがとう。シア。もう用意していたのね」
「お仕事の後、陛下との昼食。
お疲れだと思いましたので」
「そうですね。
殿下には、お一人でのんびりする時間が必要なのでは?
私どもがご相伴してもよろしいのですか」
「良く分かっているのね。リア。
それも異世界人マニュアルに載っていたのかしら?
ごめんなさい。
からかう訳ではないの。
ただ、あまりにも私の事を理解しているようで、驚いただけ。
ソラ皇子殿下と私には似ているところが多いみたいね」
「すみません。
勝手に殿下を推し量るような真似をして」
「嫌だ。気を悪くした訳ではないの。
確かにひとりになりたいけれど、その前に今後の方針を確認したいから、一緒にお茶してくれると嬉しいわ」
何だろう。
たかがお茶を一緒に飲むだけなのにこの騒ぎ。
そういえば女官たちとは、もっとラフに付き合えたな。
貴族と平民の違いかもしれないわ。
彼女たちは貴族だとしても、低位貴族なのでしょうね。
私は上手くやっていけるのかしら。
テラスの前には、美しい庭園が広がっていた。
「まぁ、なんて綺麗なの。素晴らしい景色ですね」
「良かった。お喜び頂けたのですね。
ご自宅なのに、緊張していらっしゃるようで心配したのですよ」
「ありがとう。自宅と言ってもお城でしょう。
なんだか落ち着かなくて」
「ナナミ様が、今知りたいことは何ですか?」
「そうねぇ。
まずは貴族年鑑を読み込むつもり。
あとはこの世界の常識やマナーを学びたいの。
学院の予習もしたいわ」
「それなら、家庭教師を用意した方がよいですね。
エルリア。どなたがいいかしら?」
「リーゼロッテ様が担当なさっては?
暫くは社交もございませんでしょう?」
「リーゼロッテが?
構わないかしら?ロッテ」
「私で良ければ喜んでお教え致しますが、専門の者でなくてもよろしいのですか?」
「あら、リーゼロッテさまは、学院を主席で卒業なさった才媛ですし、貴族社会をよくご存じですもの。
家庭教師では、お教えできないことも沢山ございましょう?」
「そうですね。
それではエーテル公爵家秘伝の社交術を、叩き込んで差し上げますわ」
なんだかロッテが急に張り切りだしてしまった。
いやいや。
私はそこまで上級の技が知りたい訳ではなくて。
恥をかかない程度であれば、それで良いのですが。
貴族って難しそうと思ったけれども、さすがに皇后陛下が選んだだけはある。
どうやら本当に私の為に動いてくれるつもりみたいだ。
私はそっとお茶を飲んだ。
「あら、これはハーブティーなのね。
よい香り。落ち着くわ」
「ええ、心を静めて穏やかにさせてくれるお茶です。
軽い誘眠作用もあるので、このあとお昼寝されてはいかがですか?
お部屋でも良いですし、あちらの東屋の寝椅子で横になるだけでも疲れが取れますよ」
「そうなさってください。
私どもは、明日の午後にまた伺います。
午前中は執務室でお仕事の予定ですからね。
本日、殿下は晩餐を婚約者のセレスタイト・フォン・フィクトス公爵とご一緒する予定です。
少しやすんだら湯あみをして、おめかししなければ。
部屋付き侍女たちが、全て心得ていますから。ご安心下さい」
「まぁ、セレスが来るのね。
嬉しいわ。
それなら、少し部屋で休みます。
皆さま、今日はありがとう。
明日もよろしく頼むわね」
私がそう言うと全員が淑やかに下がっていった。
すると侍女が私を部屋に案内してくれる。
「貴女が、私の部屋付き侍女なの?」
「はい。アンと申します。
殿下の身の回りのお世話を担当致します」
「そうなのね。アン。これからよろしく」
「はい。皇女殿下」
「ナナミと呼んで」
「はい、ナナミ殿下」
うん。どうやっても殿下呼びは変わらないみたい。
まぁ、それはそれで仕方ない。
「アン、軽く洗浄して寝間着に着替えたいの。
洗浄魔法は使えるかしら?」
「はい。生活魔法は得意なので、皇女様付きになれたのです。
それでは、お手伝いいたしますね」
アンは洗浄魔法をかけると、寝間着に着替えさせて、ベッドに誘導した。
部屋にも洗浄魔法をかけてくれたので、空気がおいしい。
そしてなんと睡眠魔法まで使ったようで、寝つきの悪い私が、あっという間に眠りに落ちた。
明るい光と、優しい声。
私が目を覚ますと、そこにはセレスの顔があった。
「セレス。いつ来たの?」
「ついさっきさ。
侍女が待てと言ったけれど、我慢できなく部屋に入ったんだ。
そしたらナナが目を覚ますのだもの。
僕たち、心が通い合っているよね」
「公爵閣下。
このあと殿下はお着替ええがありますから、部屋を出て下さい」
アンが、ガルルとセレスを威嚇している。
「いいよ。晩餐会なんて面倒だもの。
食事ならここに運んで!
このまま一緒に食べるよ」
「それなら、隣の部屋に食事をご用意いたします。
ナナミ殿下。
お寝間着のままでは、あんまりです。
こちらのガウンを羽織って下さい」
アンの選んでくれたガウンを羽織ると、寝間着はすっかり隠れてしまった。
それにガウンはドレスの様に見えたから、部屋着としての機能もあるみたいだ。
「ほら、エスコートしよう。
話したいことが、たくさんある」
「私も。
たった1日で、随分いろいろあったのよ」
寝室の隣は食堂のようだった。
私の私室部分にも部屋は沢山あるようで、まだ全部見てはいない。
部屋で食事がとれるのは嬉しい。
元々は晩餐の予定だったから、食事は豪勢だった。
何だかお腹が減った。
昼食は皇后陛下と一緒だったから、食べた気がしなかったし。
「それで、セレスは何がどうなって、公爵閣下みたいな御大層な身分になったのよ」
「うーん。フィクトス公爵家って元々が龍の為の家だろう?
龍が来るならお役御免とばかりに、前公爵が爵位を押し付けて来た。
既に皇帝陛下の承認済みでさ。
しかも俺はまだ公爵城に一度も足を踏み入れていないのだぜ。
一応、龍の館もあるらしいのにさ。
俺の家って皇城の外宮に用意されているのだって。
まだ、そっちにも行っていない。
ずっと漆黒の梟の執務室に閉じ込められていた。
その執務室は外宮の隣の図書館の中にあるんだぜ。
信じられないよな」
なるほど。
セレスも私と同じような目にあっていたのだ。
「セレス。私をこっちの世界に連れて来たことを、皇太子殿下に話したのは、いつ?」
「連れてきてすぐさ。
アストラル皇国は聖女を囲っているから。聖女の派遣をお願いしたのさ。
僕の逆鱗と治癒魔法を使っても、なかなかナナが目を覚まさなかったから」
何という事だろ。
それって本当は死んでいたのかも知れない。
逆鱗でなんとか命を取り留めたのすら奇跡だろう。
「ローラン皇太子は、大急ぎで聖女を連れ出すと、一緒に山にまでやって来た。
君を必ず救え!と聖女に命令までしていたな。
俺よりも真剣に見えたぐらいだ。
その恩義があるから、ローラン皇太子には、さからえないのだよ」
それが本当なら、私も皇太子に救われたことになるけれど。
見ず知らずの異世界人の為に、どうしてそこまでしたのだろう?
その疑問が、いつまでも私の中でくすぶり続けた。




