女官と侍女
シュタイン卿が、何やら自分ですっかり納得して帰って行ったので、その後ろ姿を見てようやく私は、肩の力を抜いた。
マジできつかった。
失敗したら皇太子殿下に、どんな目にあわされるか?
考えただけで恐ろしすぎる。
とりあえず執務室に戻って、お茶でも飲もう。
皇后陛下について、レクチャー受けないといけないからね。
何しろ、この後の昼食は、ビジネスランチ。
と言うより、上司の面接と考えた方が良さそうだもの。
私がそんな事を考えていると、侍女たちがまるで英雄を見るような目で、私を見ていることに気がついた。
「素晴らしですわ!
あのシュタイン卿が、手ぶらで帰るところをはじめて見ました!」
「ええ、さすがは皇女殿下。
素晴らしいで政策ですわ。
聞いていて鳥肌がたちました!」
「私は、一生殿下にお仕えします!」
メイプルに至っては、そんなことまで言い出した。
「ちょっと待って。
これは別に私が考えた訳じゃなくて……
あなた達が、色々レクチャーしてくれたからで……」
と、言いかけたけれども誰も聞く耳を持ってくれない。
仕方がない。
少し落ち着いて貰おう。
「お昼には、皇后陛下と昼食をご一緒する予定です。
また、レクチャーをお願いできるかしら?
それに少し喉も渇いたし。
ひとまず、執務室に戻りましょう」
「これは気づかずに申し訳ございません」
リリスが頭を下げ、メイプルがお茶の準備のために部屋を出た。
私達は、執務室に戻ったのだが、さっきまでは私を見かけても、うやうやしく頭を下げるだけだった人たちが、とても嬉しそうに私を見ている。
ダリウス、あなた一体どれくらいお金を毟りとっていたのよ。
あぁ、違うわね。
ダリウスは許可を得るまで日参していたのだわ。
反論もできないような正論を振りかざして!
きつかったでしょうねぇ。
予算の決裁権を持つわけではないし、言質を取られたら今度は、あの皇太子殿下を説得しないといけない訳だし。
あの皇太子殿下の元で働くなんて、ご愁傷様としかいえないわ。
待って!
とりあえず一難は去ったけれど、もしかして私、墓穴をほったのじゃぁ?
あんまり、皇太子殿下が怖くて忘れていたよ。
仕事は6分目。
全力疾走すると社畜への道、一直線になってしまう。
ずっと走り続けるなんて、絶対に無理。
自分の信条を思い出せ。
適当にダラダラ生きる!だよね。
前世でも、散々惨い目にあってきたでしょう?
引き返すのよ。
引き返さないと、ボロボロになって最後は捨てられてしまうもの。
私は、固く決意した。
前世の失敗は繰り返さない。
そうは言っても、問題があると見過ごせないのだよねぇ。
放置すると問題になると思うから、ついつい仕事が増えてしまうのですよね。
どうして、みんな平気で放置出来るのだろう?
放置しても、誰かがなんとかするから?
その誰かだけが消耗していくのだけれど。
やはり仕組みを変えないとだよね。
私しか出来ないことと、頼んでやってもらう事。
ちゃんと切り分けよう。
今回は権力もあるのだしね。
うんうん。
結論がでて、私はすっかり安心した。
執務室に戻ると、ほっとした。
まだ、ここにきて少ししか経っていないのに、私はこの場所を自分の居場所として認識してしまったみたい。
「とても美味しいわ。
メイプルはお茶が好きなのね?」
「はい、ナナミさま。
お茶は入れるのも飲むのも大好きです。
どうして私がお茶好きだと、お分かりになったのですか?」
「だってこのお茶、とても丁寧に入れられているもの。
こんなに美味しいお茶を入れる人は、お茶が好きに決まっているでしょう。
メイプルのお茶が飲める人は幸せね。
メイプルは、お付き合いしている人はいないの?」
メイプルは真っ赤になってしまった。
これはあれだな。
付き合っているかどうかは分からないけれど、好きな人はいるわね。
恋バナをしたいところだけど、今日は時間がない。
「ごめんなさいメイプル。
困らせるつもりでは無かったのよ。
皇后陛下は、どのようなお方なの?」
「セーラ皇后陛下は、とてもお優しい方です。
あの災厄の15年の時、被害にあった女性たちの治癒を行ったのも、聖女の力をもつセーラ陛下なのです」
「そうなのです。
あの災厄はとても恐ろしいものだったようです。
助けられた女性は、その間の記憶を全て失っていたので、長い人だと15年分の記憶がない訳です。
気がついたら15年も経っていた。
それって、どれだけ不安だと思いますか?」
「そうよね。
もしも15歳で攫われて、救われたのが30歳だとしたら、気持ちは学生のままなのに、実際は大人な訳でしょう。
混乱すると思うわ」
「そうなのです。
それに失われた時間に何があったか?
誰もそれについては触れません。
けれども、薄々は察してしまうでしょう?
自分も周囲だって。
そんな彼女たちの心のケアに熱心に取り組んだのも皇后陛下でした」
「素晴らしい方なのね。
少し安心したわ。実は緊張していたの。
これから2週間、お昼をご一緒して色々教えて下さるらしいのだけれど、予習しておいた方がいいことはあるかしら?」
「ナナミさまは、完璧に準備を整えてことに当たるタイプなのですね。
実は皇后陛下のランチミーティングは、予定がぎっしり詰まっていたのです。
それをナナミ様のためにキャンセルされておられます。
皇后陛下がナナミ様を大切に思われている証ですよ。
あまり構える必要はございません。
しいて申し上げるならば、お母様と呼んで差し上げれば、お喜びになると思いますよ。
初日ですから、皇帝陛下もお顔を出されるかもしれません。
その時には、お父様と。
レクチャーするとしたら、そんなところです。
ナナミさま。
皇帝陛下と皇后陛下は、ナナミ様の父上と母上になられたのです。
皇太子殿下には、お兄さまと呼んで差し上げていますよね。
同じお気持ちでいらしたらよろしいのでは?」
言いたいことは分かるのだけれどね。
皇太子殿下を、お兄さま呼びするのは、ただの防衛本能みたいなものだし。
相手の望む言葉を選んでしまうのは、日本人の特性みたいなものだよ。
言いたいことを飲み込むなんて、みんながやっていることでもあるしね。
もしかして文化の違いが大きいのかもしれない。
日本で一番要求されるのは、察することなのだよね。
基本、物事はあいまいなままにしておくことが大人の対応だし。
けれど、もしかするとこちらでは、養女にしたら、実子と同じと考えるのかしら?
まさかね。
そんな筈はないと思うのだけれども。
でも、リリスたちはそれ以上、言うことはないようだし、残念ながら相手に合わせるように会話を模索していく他なさそうだった。
方針が定まれば、少し落ち着いた。
例えそれが無手勝流だとしても、自分でそれを選択したと分かりさえすれば良いのだ。
ランチタイムの30分前に。私の専任侍女だという女性が迎えにきた。
プライベートタイムだから、女官ではなく侍女の管轄になるのだろう。
「お初にお目にかかります。
私は皇女殿下の専任侍女を命じられましたリーゼロッテ・フォン・エーテルでございます。
よろしければロッテとお呼び下さい。
侍女は殿下のプライベートを共にするものでございますから」
「分かりました。ロッテ。
私の事もナナミと呼んで下さい」
「はい、ナナミ殿下。
本日の昼食は、私も同席するように皇后陛下より命じられております。
ナナミ殿下の専任侍女は、私を含めて3名おりますが、残り2名は皇女宮で待機しております。
昼食後、殿下のご予定はございませんので、皇女宮にて御休息となります。その際に改めてご紹介させて頂きたく」
「はい。では今日からよろしくお願いね」
「リリア、エリス、メイプル。
今日はこれで公務終了みたい。
特に業務が残っていなければ、これで帰っていいわよ。
ご苦労様でした。
また、明日よろしくお願いするわね」
「畏まりました。
行ってらっしゃいませ」
三人に見送られて。執務室を後にする。
「殿下は、瞬く間に執務室を掌握なさったのですね。
素晴らしい手腕ですわ。
あの娘たちけっこう曲者ぞろいですのに」
「さぁ、どうかしら?
私は新参者で、右も左も分からないから、彼女たちも支えるしかないと、覚悟を決めたのではないかしら」
「そう言うことにしておきますわ」
リーゼロッテはそう言って、すまし顔で歩いていくけれど、私はどう見ても貴方のほうがずっと曲者だって気がするよ。
リーゼロッテ。
とても一介の侍女には見えないけれど、何者なのかしら?
そんな疑問と共に、私は皇后宮に辿りついた。




