アッシュ
二時間後、換金を終えたトウヤ達が向かったのはいつもの酒場だった。中に入ると、いつもの場所に座リースの前に見知らぬ男がテーブルに額を付けているのが見えた。トウヤ達に気付いたリースは迷惑そうな顔から、嬉しそうな笑顔に変わる。
「あっ、やっと来た。遅いよ。ほら、もう気が済んだでしょ?さっさと帰りなさい」
と目の前の男に手で追い払う仕草をするが、男は頑として動かない。
「リース様!お願いします!どうか私をあなた様の側で働かせてください!」
はぁ、と溜息を吐きワインを一口飲む。
(よくこの状況で酒が飲めるな)
と四人は思ったが口にはせず、トウヤは疑問を口にする。
「あ、あのリースさんこの方は?」
「とあるギルドで操られて悪事を働いた大馬鹿者よ。改心したし、礼も兼ねて私の護衛に付きたいみたい」
「あの、師匠は一人で十分にお強いですし、何より冒険者に護衛はおかしいかと。貴族や子供なら分かりますけど」
ライラの言葉に男は勢いよく顔を上げるが、驚いたライラは小さく驚きの声を上げる。
「す、すまない。驚かせるつもりは無かった。お嬢さんが言った事は尤もなのだが、それより引っかかる事があって、今リース様の事を師匠と呼ばれましたか?」
「は、はい」
その言葉に男は勢いよくリースに向き直り、捲し立てる。
「どういうことですかこれは!私には弟子は取らない主義とか言っておきながら、既に弟子がいるではないですか!私は弟子入りが叶わないのならばと、不必要だと思いつつも護衛に付かせて欲しいと言ったのに、何故弟子がいるのですか!?」
うるさい、とリースは男の顔に水をかける。
「その子の師匠呼びは勝手に言っているだけなの。週に一度、この子達の特訓に付き合っているだけよ」
「な、ならば私にも週に一度」
「いやよ、面倒くさい。それより今から彼らと食事をするの、邪魔だからさっさと消えなさい」
男は立ち上がり、とぼとぼと去っていくが突然振り返りリースの前に立つ。驚き固まるトウヤ達と雷を右手に纏うリース。
「ここの食事代は全て私が払います。ですから、同席の許可を」
その言葉にリースは雷を消しその顔には笑みが浮かぶ。
「乗った!店員さん。とりあえず、全員分の飲み物とメニューの料理全部持って来て」
テーブルの水を拭きに来た店員にそう言ったが、店員は驚き答える。
「ぜ、全部ですか?流石のリースさんでもそれは無理では?」
「大丈夫。持って来て、今日は財布がいるから遠慮なく食べるし」
その言葉に店員とトウヤ達の視線が男に向く。視線に気付いた男は大丈夫だと笑顔で頷く。
「分かりました。量が量ですので、奥の団体様用の席に移動願えますか?」
リースはその言葉に従い立ち上がり、パチンと指を鳴らし移動する。
「遠慮なくって言っていたな。普段あれだけ食べていて、遠慮しているとかどれだけ食べるんだろ?と言うより、今の指はなんだ?付いて来いって合図なのか?」
小声で話すトウヤにライラは小声で答える。
「今の指は魔法発動よ。テーブルや床に零れた水が一瞬で蒸発したもの」
その言葉に三人は振り向き驚愕する。
「焦げの一つもないというのは相当に高度な事ではないのか?」
テーブルをなぞりながら話すセイルの言葉に、ライラに頷く。
「接近戦も出来て、魔法の腕は超一流とかリースさんは何者なんだろう?」
マリの疑問に四人は唸る。
「あなた達、こそこそくだらない事話してないで早く行くわよ」
とリースの言葉に慌てて追従する四人。
「こんなに広い所があったなんて凄いわねこの店」
「うちは昔から、ギルドの皆さんに宴会で使って頂いているので、これぐらいの広さが必要なのです。同じ日に他の団体様にも対応出来るようにこれと同じ部屋が後三つありますよ」
「そんなに!?まぁ、量は多く味は良いし年末とかはそれぐらいいるのかな?」
話しながらリースは席に着く。
「ありがとうございます。後は、大物を仕留められた時とかにも使って頂いていますね。では、お食事とお飲み物をお持ち致しますので少々お待ちください」
と店員は頭を下げ退室する。
「あ、あのリース様。聞き間違いだと思うのですが、先程とりあえず全部の料理と聞こえましたが気のせいですよね?」
「聞き間違いじゃないし、あなたの疑問の答えはおかわりがあるって事よ」
男の顔が青ざめる。
「あ、あの。私達はそんなに食べられませんから」
とマリがフォローを入れた時、ノックの音と共に全員分の飲み物が運ばれてきた。
「じゃあ、今日はアッシュの奢りだからじゃんじゃん普段食べられない高い物でも食べなさい。今日も一日お疲れー!」
リースの言葉に乾杯をし、豪勢な食事が始まる。
30分後トウヤはアッシュに疑問を投げかける。
「あの、アッシュさんってランクはなんですか?めちゃくちゃ強そうなのに、名前を聞いたことが無くて。もしかして、他国から来られたとか?」
「私はCランクだ。この国の外には前のギルドに所属していた時に行ったぐらいだな」
「ちなみに、何というギルドですか?」
「一人の魔法使いに潰されるような弱小ギルドだ。言っても恥ずかしいだけだ」
魔法使いと言う言葉に四人はリースを見る。その視線に気づいたアッシュは慌てて言葉を付け加える。
「何か勘ぐっているようだが、リース様ではないぞ?」
三人は安堵の表情を浮かべ、食事を続けるがトウヤの疑問は止まらず次の質問をしようとした時、リースが遮る。
「疑問はそこまでにして、今日の報告は?」
そうだった、とトウヤ達はリースと離れてからの事と、反省点それに改善点を報告する。
三時間後、店長が申し訳なさそうな顔で入って来た。
「食材が切れた?」
リースの言葉に店長は、申し訳ありません、と頭を深々と下げる。
「なら仕方がないわね、これを片したら次のお店に行きましょうか」
その言葉に全員が絶句する。
「し、師匠。まだ食べられるのですか?」
「えぇ。それとも今日はもう解散する?」
その言葉にライラはトウヤを見る。
「俺達はもう食べられないから、話し相手にしかなれないけれどそれでも良ければ、メンバーと相談しますけど」
「勿論。それでいいわ。強制はしないしここを出てからにでも教えて頂戴」
アッシュが会計を済ませている間にリース達は店の外で今からどうするかを話していた。
「良ければ、俺達も付き合います」
「分かったわ。それじゃあ、次は何食べようかしら。あっ、デザートが美味しいお店にでも行く?」
ライラとマリは、行きます、と即答する。
「お前ら、さっきもう食べられないって言ってなかったか?」
「甘いものは別腹なのよ」
トウヤは呆れた顔で二人に言うが、返ってきた言葉はライラの変な説得力を感じられる言葉だった。
「リースじゃないか。こんな所で何しているんだ?お前達もこれから飯か?」
「これから二件目よ。あなたこそ、こんな所で何しているの?」
「俺は久々にこの店の飯を食いに来たんだよ。後で、お忍びであいつも来るけどお前らも一緒に呑むか?」
トウヤ達は聞いた事のある声に振り向き、声の主を見て驚く。
「ぎ、ギルド長!なんでこんな所に!?」
「だから、飯を食いに来たんだって。確か晴天の絆だったな。リースのしごきはどうだ?」
「きついですけど、その分強くなっている自覚はあるのでやりがいはあります」
トウヤの言葉にクライスは顎髭をなぞり、ふむ、と返す。
「とりあえず、お前らも付き合え奢ってやるよ」
「ギルド長。今日はこのお店は・・・」
とクライスはトウヤの言葉に耳を貸さず酒場の扉を開け中に入る。
「なんだ。今日は随分と空いているな。何かあったのか?」
「クライスさん。すみません。せっかく来ていただいたのに、本日は食材が全て切れてしまって、もう閉店なんです」
そう頭を下げる店員の後ろで、放心状態のアッシュが目に入った。
「分かった。残念だが仕方がないな。何となく事情は分かったよ」
と店員を下がらせ、アッシュの元に歩く。
「シン。いや、今はアッシュだったか。そこで何を呆けている?」
その声にアッシュは天井を見つめたままで答える。
「クライスさん。リース様の胃袋はどうなっているのでしょう?多めに持っていた所持金が底を突いたのですが・・・」
「やっぱりそういう事か。あいつはドラゴン一匹食べないと満腹にならないみたいだからな。うちもこの前食料が底を突きかけた。使用人たちの分もあるから加減はしてくれたみたいだが」
「ドラゴン!?」
アッシュは驚きの表情を浮かべクライスを見る。
「ところで、どうしてお前が支払う事になったんだ?あいつは無理やり奢らせる事はしない筈だ」
アッシュは事情を説明し、クライスは納得の表情を浮かべる。
「まぁ、あいつの食欲を知らなかったらそうなるか。店長!店には迷惑をかけた、今度からリースが制限なく食べようとした時は早目に止めてやってくれ」
店長は足早にクライスの元へとやって来る。
「い、いえ。店としては良いのですが、クライスさんの様にせっかく来て頂いたお客様に帰って頂く事になったのが申し訳なく」
「そこは、一種の災害がやって来たと思って諦めてくれ。あいつには奢りでも抑えて食べるように言っておく」
とクライスはアッシュと共に店を出る。
「リース。話がある」
クライスは店を出るなりそう言うが、リースはにやにやと笑いながらクライスを見る。代わりにトウヤはアッシュへと質問をする。
「アッシュさんって、あの剣鬼シンさんなのですか!?」
「何のことだ?どうしてそう思う?」
(リズ―!シンの事は秘密にすると言っただろうが!何のために名前も顔も変えたのか忘れたのか―!)
クライスが内心憤慨していると、トウヤはその理由を話す。
「さっき、ギルド長を追いかけて中に入ったらギルド長がシン、いや今はアッシュだったなって言ったのが聞こえたので、直ぐに戻ってリースさんに聞いたのですが、私より本人に聞いた方が確実よ。と言われたので」
その言葉にアッシュはクライスを見ると、目が泳ぎ冷や汗を流していた。
(原因は俺かー!まずい、という事は酒場にいるものにはバレている事になる。このままでは、殲滅の刃の生き残りとして命を狙われかねん。そんな事が続けば、いつかは人を殺めてしまう。そう言えば、さっきリズがにやついていたのはまさか)
とクライスがリースを見ると、いたずらっ子の様な笑みを浮かべながら近づいてくるリースの姿があった。
「あーあ。バレちゃったー。しかも真っ先に私を疑っていたわよね?悪い子ね。ねぇ、クライス?それでバレた責任とるのかなー?とりあえず、もう一人も着いた事だしあなたの家でお話ししましょうか?」
クライスの耳元で楽しそうに話すリースの言葉にクライスは消え入りそうな声で答える。
「・・・・はい」




