あの月の下で私と踊って(お義兄様と私の物語)29
外科の医師が襲われた事件は進展が無いまま早くも約1年半の月日が経とうとしていた
1年半の間でジュリアーノとオランジェ2人の生活は変わった
ジュリアーノはステファニー殿下の右腕として王宮で過ごし 休みも取れないくらい多忙な生活に追われていた
あの事件から邸へ殆ど帰れなくなっていた
いつしか王宮内に部屋が用意されていて 愛しいオランジェに会えるのは休暇の日だけ それも月に一度だった
(手紙と花束はランに届いたかな?次の休みにはランと馬で出かけよう それにしてもランに会いたい あの笑顔が見たい 一緒にコーヒーが飲みたい)
一方オランジェの生活は特別な事などなくただ淡々と過ぎてゆく ジュリアーノが居ないガランとした食堂での1人の食事 1人の食事は味気なくて早々と済ます
また解読の仕事は単独で任される様になり王宮へは出向かなくても邸で行えるまでになった
月に1度古文書解読室長のリッテラ・パリトルがオランジェの元に仕事を持ってきてくれる
「アランデール事務官 先月渡した量は多くはなかったかな?」
「パリトル室長 お気遣いありがとうございます いいえ大丈夫でした 少し難しい箇所があって手こずりましたが何とか解読できました」
「君の仕事ぶりは解読室で敵うものはいないよ 文章も自然体で私も君の解読した書物を読むのは楽しみだよ」
「室長から褒められると増々やる気が出ます!」
「今月分も宜しく頼むよ 今回は童話を多くしたから楽しんで解読してくれ」
「はい!童話の解読は楽しいのでとても嬉しいです」
「また来月お邪魔するとしょうかな 見送りは結構だから そのままで それでは失礼するよ」
パリトル室長は王宮に戻った
客間から仕事場へ戻り 暫く解読していたが喉がかわいたオランジェはコーヒーが飲みたくなった 厨房に行く途中にふとメルとハニの話し声が聞こえた
ハニはメルの娘で今年からこの邸で働き始めた
年も近いし外の話も色々聞けてオランジェはハニを友達の様に感じていた
「お母さん 聞いて コニったらひどいのよ ある事 無い事言いたい放題!」
「今日は久しぶりにコニちゃんに会ったんでしょ?何があったの?」
「ジュリアーノ様と第2王子のステファニー様が恋人同士だって言うのよ!そんな事ありえないって言ったらそしたらコニが(うちのお嬢様がそう言ってた 貴族令嬢の間では知らない者なんていない 公然の秘密よ)ですって!」
「そんな馬鹿な話があるわけないでしょう」
「でしょう?それに(アランデール家には白い幻の令嬢がいるらしいわね 本当にそんな令嬢いるの?令嬢なんていないんでしょ?)とも言ってたの! あんまり悔しかったから アンタとは絶交よって言ってやったわ!」
「うちのオランジェお嬢様になんて失礼なのかしら 社交界にに顔を出さずデビュタントもしてないからってそんな風に呼ぶなんて貴族のお嬢様達の噂好きには困ったもんだわ」
オランジェの顔がみるみる青ざめていった おぼつかない足取りで自室に戻った
(ジュノ義兄様に限ってそんな事あるはずないわ ステファニー殿下と恋人同士なんて信じられない お義兄様が好きなのは殿下 そうであって欲しくない
ジュノ義兄様… ジュノ義兄様…
お義兄様の艷やかな黒髪 優しい笑顔 澄んだ眼差し 私を宝物の様に扱う手 本を読んでる姿 抱かれた時の落ち着く香リ
剣を振るときの真剣な顔 コーヒーを飲むときの仕草 頭を撫でてくれた時の心地よさ 馬に乗せて貰った時の嬉しさ 会えない時の淋しさ…
私の心の中にいつの間にか住み着いたお義兄様との思い出の数々が溢れてくる
あー そうだ私はこんなにもお義兄様が好きだったんだ 義兄では無く1人の男性として 心からお慕いしてたのね)
オランジェもまた気付いてしまった愛しい存在に
(でも もし本当にお義兄様がステファニー殿下と恋人同士なら私はこの想いを抱えたまま生きていかなくてはならない お義兄様の幸せの為にこの想いを胸に閉じ込めておかなくてはいけない 知られてはいけない)
自室に戻り 現実を突きつけられたオランジェは泣きながら空を見上げていた
欠けた真昼の月が弱々しく光っていた




