6話「物語のはじまり」
エルがこの国の王太子だということに、ようやく理解が追いついてきた頃。
彼は私に王宮内を案内してくれた。
内装にはランドテールの個性が出ていて、私がこの前まで住んでいたエバーグリムの王宮との違いに感嘆してしまう。
どちらが良いというわけではなく、どちらもその国の文化が存分に発揮してある感じで、美しさには感動を覚える。
……というか、たかが観光客をいきなり王宮に入れてしまっていいの? それこそ王様とか偉い人に怒られるのでは……。
エルに引き入れられるまま中へ入ってしまったが、もしここでランドテールの王様に会ったらどんな反応をされるのだろうか?
エバーグリムの王様が冷徹だったために、想像するだけで体がこわばる。
「ねえエル。私やっぱり……」
「ああそうだ。今日の昼はここで食べて行くといい。豪華な食事を用意してあるからな」
“やっぱり帰ります”と言いたかったのに、食事まで用意してると言われては、言い出しにくくなってしまった。
「ん? 何か言いかけたか?」
「……いえ。なんでもないです」
「そうか」
嬉しそうなエルを横目に見ながら、私はそのまま王宮を見て回った。
──ある程度見終わったら、先ほどエルが言っていた豪華な昼食が待っている食堂に案内された。
「わぁ……」
美味しそうな料理が、大きなテーブルの上いっぱいに並べられていた。お腹が空いていたので、よだれが出そうなくらい美味しそう。
私は目を輝かせながら、エルの対面に着席した。
「食べたいものを言ってくれれば取り分けよう。好きなだけ食べてくれ」
「ありがとうございます」
エルにおもてなしされながら、私は料理を美味しくいただいた。
街の酒場で食べた料理も家庭料理の味がしてもちろん美味しかったけれど、やはり王宮で出される料理はワンランク上というか、高級な味がして、こちらもこちらで美味しかった。
「ふぅー。もうお腹いっぱい。とっても美味しかったです」
用意された量が二人で食べるにはあまりにも多すぎて、せっかく用意してくれたのとその味の美味しさから、ついつい食べ過ぎてしまったようだ。食べた料理がいっぱいに詰まった自分のお腹をさすりながら、私はエルに『ごちそうさまでした』と伝える。
そして、楽しい食事後。
きちんと話をするには今しかないと思い、私はエルに質問を投げてみた。
「聞いても良いですか?」
「何だ?」
「どうして私なんでしょうか?」
エルが答える前に、私が思い当たる理由を挙げてみる。
「ミュゼリアさんに見てもらって、神聖力と闇魔力を持っているのは分かりました。確かに稀有な人材だとは思います。けれど、神聖力はあるといってもほんのわずかですし、闇魔力だって持っているのも知らなかったくらいで、これから訓練したとしても使いこなせるかどうかも分かりません。どう考えても、この国の王太子様に欲しがられる人材ではないかと」
私が自分で自分のことを否定している間、エルは黙って聞いてくれていた。
自分で言っていて悲しくなるけれど、私はエバーグリムで妹に聖女の座……そして婚約者も奪われる程度の存在なのだ。
彼が欲しがるに値する人材とは到底思えない。
「それにいきなり結婚とか言っていましたけど、もし私が性格の悪い女だったらどうするつもりですか? あなたが結婚する相手は将来的には王妃になるでしょうし、結婚した後に気づいては遅いんですよ?」
能力だけ見て結婚して、相手の人柄が最悪だったら?
失礼ながら、エルはきっとそこまで考えてなさそうに見える。
私は本気でそう思って質問してみたのだが、エルは「ふはっ」と笑いをこぼした。
……え? 私笑われること言った?
なぜ笑われたのか分からず、ムッとした顔をすると、エルはすぐに謝ってきた。
「ああ、すまない。なんというか……お前は素直だな」
「はい?」
「まず、性格の悪い女は『自分が性格悪い女だったら』なんて話はしない」
まるで私が世間知らずだとでも言いたいのか。
まあでも、エルの言うことも分からなくはない。
「とにかく私は……」
「気を悪くしないで欲しいんだが、お前のことは少しだけ調べさせてもらったんだ。エバーグリムの元聖女。妹に婚約者も奪われて、1人傷心旅行でうちに来た。……だろ?」
「っ……分かってるならどうして私に求婚なんて……」
「そりゃあ、俺がお前を気に入ったから?」
エルは私に何があったのかを知っていた。
それでも私を選ぶのは何故か?
そんな疑問を晴らすかのような一言だった。
「俺がお前を気に入った。理由はそれだけで十分だろう?」
「そんな……一国の王太子様がそんな私的な理由で妃を選んでも良いんですか?」
「まあ相手によっては周囲から反対されるだろうが、お前の能力なら受け入れてもらえるはずだ。そもそもうちには聖女が1人もいないんだからな。神聖力が少ないことを気にしているようだが、元々ゼロのうちからしたら、あるだけですごいことなんだぞ?」
エルの言葉には力強さが感じられた。
自分の考えを信じて疑わない。なんとも彼らしい。
「その言葉は嬉しいですが、やっぱりすぐに結婚は無理です。私はあなたのことを何も知らないし……」
「分かってる。しっかりした考えを持っているお前も魅力的に感じているから、それで良い」
「何を言っても褒めるつもりですか?」
「思ったことを口にしているだけだが?」
褒められ慣れてなくて少し照れくさい。
そんな私を見てニヤニヤ笑ってるエルは、わざと私を困らせようとしているのだ。それはまさに、確信犯の顔つきである。
「ふっ。お前は良い反応をしてくれるな」
「……そんなこと、初めて言われました」
「そうなのか? ならお前の元婚約者は、お前の良さを引き出せてなかったってことだ」
……何言ってるのよ。
「好きだったのか? 元婚約者のこと」
真正面からそんな質問を受けるとは思っても見ず、私は固まってしまい、咄嗟に言葉を発せなかった。
しかしこの反応では、答えを言っているようなものである。
めざといエルのことだ。きっと私の気持ちに気づいただろうが、彼はそれ以上踏み込んではこなかった。
「ま、傷心旅行だもんな。でも良いさ。これからこっちを振り向かせれば良いんだろう?」
エルはすごく勝ち気な性格のようだ。
楽しそうな勝負が始まったとでも言わんばかりの笑みをしている。
「……せいぜい頑張ってください」
「ああ。楽しみだ」
エルから向けられる気持ちが居た堪れなくて、私への気持ちなのに、私はまるで他人事のように空返事をした。
でもその返事すらも、エルからすれば、彼の勝負心を燃やす一言になったのかもしれない。
──こうして私の、ランドテールでの新たな物語は始まったのである。




