5話「エルの我が家」
「その理由分かるかも」
そう告げたミュゼリアさんを、私とエルは見つめる。
「と言っても、確証はないけどね。おそらく、くらいのあれで聞いてもらえたら」
「分かった」
あくまでミュゼリアさんの推測である、という前提のもと、ミュゼリアさんはある仮説を教えてくれた。
「今あんた、エバーグリムって言ったでしょ? エバーグリムの人ってことよね?」
「はい」
「で、確かエバーグリムの国境には強力な聖女の結界が張られているわよね?」
「そうですね」
「聖女の結界って、言わば神聖力の結晶でしょ? 闇魔力は神聖力の反対にある能力だから、聖女の結界の中では封じ込められていたんじゃない?」
「あ……」
ハッとした。
闇魔力を使う人自体が希少なのであまり気にしたことはなかったが、あの結界の中では闇魔力自体が抑えられていたとなれば、今まで私が闇魔力持ちだと気づかなかったのも理解できる。
それに、これまで一度も国外に出たことがなかったのだから、気づきようもなかったのだ。
ミュゼリアさんの仮説は、当たっているような気がする。
「なるほどそういうことだったのか」
私もエルも、ミュゼリアさんの話を聞いて納得できた。
「となると本当に、聖女でありながら相当な闇魔力も持っている特異体質ってことになるわけだが……」
エルはチラッとこちらを覗いてきた。
……わけだが? だが何?
「単刀直入に言おう。ナタリー、このままこの国に残らないか?」
エルから突拍子もない提案が出てきた。
「それは……どういう……」
「お前の力はエバーグリムに帰すのが惜しい。実際問題、そっちの国ではその闇魔力は宝の持ち腐れになるしな」
「ですが、この国に残ってどうしろと……」
「そりゃあもちろん。俺の妻になってもらう」
「はい!?」
一旦話だけでも聞いてみようとしたが、エルから出てきた話はまたさらに突拍子もなくなった。
なにが『もちろん』で『俺の妻』なのか?
「俺は独身だし、恋人もいないから安心してほしい。あ、離婚歴もなければ子供いないぞ」
「そういうことではなく……」
「お前は昨夜『傷心旅行』だと言っていただろう? てことは、だ。恋人に振られたか婚約破棄にでもあったんだろう」
……そういえば、昨日そんなこと言ったっけ。
「貴重な聖女を捨てるってことは、他に有望な聖女が現れたってことだ。誰かにその座を奪われ、国に居場所もなくなって気分転換にでもと思って旅行に来たんじゃないのか? ん?」
この人は探偵になったほうがいいのかもしれない。
『傷心旅行』という単語だけで、そこまで考察できるとは天晴だ。
「どうせ戻っても居場所がないなら、こっちで新しい居場所を作るのはどうだ? 俺ならお前に最高の待遇を用意してやれるぞ」
そしてなんと自信たっぷりなことか。
言葉の節々から感じていたが、このエルという人はかなり自信家なようだ。
『最高の待遇を用意する』なんて、一般市民からは出てこない言葉だろう。
「まあ正直な話、周りから結婚をせっつかれていてな。辟易していたところにお前が現れたんだ。渡りに船とはまさにこのこと。お前は俺の妻になるのにふさわしい逸材なんだ」
まあその気持ちは分かる。
捨てられたとはいえ一応神聖力を持つ聖女には違いないし、使いどころは未知数でも闇魔力まで持つ女性はそう簡単には見つからないはず。
エルの反応を見るに、ランドテールでは闇魔力はそこまで忌み嫌われている能力でもなさそうだ。むしろ喜ばれているようにも見える。
それに引き換え、エバーグリムでは私はただでさえ腫れ物扱い。加えて闇魔力の件が知れ渡れば、さらに居づらくなるに違いない。そもそも居続けられるかも分からない。
……妻、はちょっと気が早いけど。
昨日会った人といきなり結婚はさすがに無理だけれど、それでも、自分の存在を肯定してくれる……そして欲してくれる人がいるのは、正直言って嬉しいものだ。
「結婚は難しいですけど……もう少し、この国に残っても……いいかなとは……」
「本当か!」
フードの中で凛々しい顔をしていたエルが、ぱあっと嬉しそうな笑顔を見せた。
「よし。じゃあ明日、我が家を案内しよう。結婚したらどういう生活が送れるのか、その目で見た方が良いだろうからな!」
「いきなり家ですか!?」
「善は急げというしな。大丈夫。ちゃんと片づけはしておくから」
「いや、そういう問題では……」
「ではまた明日。昼頃にこの酒場の前に集合で」
そう言って、エルはミュゼリアと共に酒場を後にしたのであった。
──翌日。
私は約束通り、酒場の前で待っていた。
すると目の前に現れたのは、立派な馬車だった。
……? 何かしら?
エルと待ち合わせをしていたので、なぜ酒場の前にこんな立派な馬車が停まったのか分からず、私は首を傾げる。
すると、馬車を運転した御者から声を掛けられた。
「ナタリー様でいらっしゃいますね?」
「え、あ。はい!」
「あなたを迎えに参りました。どうぞお乗りください」
「へ?」
こんな立派な馬車が私を迎えに?
何かの間違いでは?
不思議に思いながらも、言われるまま私は馬車に乗った。
妻になれば好待遇を用意すると言っていたから、エルが私に自分の生活水準を見せるために馬車まで用意したのか?
確かにこの馬車は、ものすごくお金持ちじゃないと用意出来なさそうなくらい立派ではあるが。
民衆酒場によく来ているらしいエルは、私が想像している以上に上位貴族の可能性が……?
頭の中で軽く考察してみるも、自分が知っている彼の情報があまりに少なすぎて、何の答えも出なさそうだ。
馬車の中でうーん、とうなっている間に、目的地へ到着したようだ。
馬の速度は徐々に緩んでいき、最終的にはその場で停止した。
私は外が気になって、馬車の窓についているレースのカーテンをスッと片側だけ開いてみた。
すると、なんということだろうか。
目の前にそびえたっているのは、ランドテール内で一番大きな建物──王宮ではないか。
……え、王宮? 何かの間違い?
戸惑っていると、ガチャリと馬車の扉が外から開けられて、御者が降りるのを手伝ってくれた。
「ありがとうございます」
地上に降り立って改めて見上げる王宮の大きさは、本当にすごい。
もちろんエバーグリムの王宮も大きくはあるけれど、どちらの方が大きいか測れないくらいには大きい。
「すごい……」
王宮の大きさに感動していると、前方からエルが歩いてきた。
「よく来たな!」
王宮を背に、自慢げに話すエル。
だがなぜ私は王宮に連れてこられたのだろうか。
「我が家に招待するって言ってましたけど、なぜ王宮に?」
「ん? そりゃあもちろん、ここが俺の“我が家”だからな」
ハハッと笑い飛ばすエル。
ここが『我が家』?
私の思考は停止した。
王宮を我が家と呼べるのは──王族だけでは?
「あ、あ、あの。エル」
「どうした?」
「そういえば私、あなたのフルネームを聞いていなかった気がします。教えてもらえますか?」
背中を冷や汗が伝うのを感じながら、私は恐る恐る尋ねた。
「フルネーム? ああ。エルヴィン・レイエスだ」
「エルヴィン・レイエス……」
ランドテールの王族の姓は、記憶違いでなければ「レイエス」だった。
つまり?
そういうこと?
「エル。あなたってもしかしてこの国の……」
核心を突いた一言を口にしようとしたとき。
エルの方が、私の言葉へ被せるようにして答えてくれた。
「この国の王太子だ。よろしく、未来のお妃様」
エルはまるで、子供の頃読んだ絵本に出てくる王子様のように優しく私の手を取り、指先にキスをしながらそう言った。
けれどそのとき私の脳天では大きな雷が落ちたような衝撃を受けていて、私の手に触れたはずの彼の唇の感触も何もかも認識できなかったのである。




