4話「知らなかった能力」
あのあと、リリスちゃんは無事に保護された。
別方向で捜索していた人たちが、森の中で転んで歩けなくなっていたリリスちゃんを発見したらしい。
話を聞いたところ、リリスちゃんのところでは最近弟が産まれたのだが、両親が弟に付きっきりなためやきもちを妬いていたそうだ。それで拗ねてしまったリリスちゃんは、構ってほしい気持ちから城外に出たのだとか。
ただ、こんなに迷惑をかけるつもりはなく、リリスちゃんとしてはすぐに戻る予定だった。けれど予定外に怪我を負って動けなくなってしまい、今回の騒ぎになってしまったらしい。
……しかも、死人が出てしまった。
捜索に加わった内の一人が脅威に食べられてしまったと知れば、リリスちゃんは大層傷つくだろう。
大人たちの配慮で、一旦リリスちゃんにはそのことを黙っておくことにしたらしい。
亡くなった人のご遺族も、そうするべきだと言ったとか。
『まだ幼いリリスちゃんに罪悪感を背負わせたくはない』と。
一見優しい選択に聞こえるものの、真実を伝えないことが本当にリリスちゃんのためになるのかは分からない。
そんな顛末を聞いて複雑な心境ではあるが、私は今、別で迫られていることがある。
「そろそろ話す気になったか?」
「……」
目の前にいる人から質問攻めにあっているのだ。
「何度も話していますが、私も分からないんです」
「そんなはずないだろう。街の人間は皆、観光客のお前が脅威を倒したと噂している」
脅威を倒した瞬間を見られてはいないものの、状況的に私が倒した以外にあり得ないため、そんな噂が広まってしまったらしい。
「一瞬目をそらした隙に、お前が何かの力を使って脅威に風穴を開けたらしいじゃないか」
噂を聞きつけてやってきたこの人。
何を隠そう、昨日の夜に酒場で会ったあのフードの人である。彼が再び私の前に現れて、どうやって脅威を倒したのかと興味津々で聞いてきているのだ。
……どうやったかなんて私のほうが聞きたいくらいなのに。
「とにかく分からないんですよ。というか、あなたこそなんでそんな熱心に聞いてくるんですか?」
私は彼からの質問を突っぱねて、逆になぜそんな質問をするのか尋ねてみた。
「そりゃあ、この国の人間にはない能力で脅威を倒したとなれば気になるだろう?」
「能力だなんて……」
あれは能力なのだろうか?
それこそ神聖力の類?
エバーグリムにいたとき、あんな力が発現したことは一度もなかった。
だから本当に、私にも分からないのだ。
どれだけ聞かれても答えようがない。
「それじゃあこうしよう。お前も分からないんだったら、調べてもらうのはどうだ?」
一向に吐かない私にしびれを切らした彼は、閃いたような口ぶりでそう言った。
「調べるって……」
「知り合いに優秀な“審美眼”持ちがいるんだ。そいつに見てもらえば、お前にどんな能力があるか分かるはずだ」
審美眼とは、人や物の本当の価値を見抜く眼力のこと。例えば神聖力持ちとか、はたまた魔力はゼロだとか。
「……その方に見てもらったら気が済むんですか?」
「ああ、もちろん」
彼は、にや、と片方の口角を上げて不敵な笑みを見せた。
少々面倒ではあるが、審美眼で見てもらえば観念してくれるのであれば、それを受け入れよう。
それに、私自身も気にはなっていたのだ。なぜ自分が脅威を倒すことができたのか。
この人の知り合いに審美眼持ちがいて、タダでその答えを知ることができるなら私にとっても悪い話ではないはずだ。
「分かりました。では……」
ふと、私はまだこの人の名前を聞いてないことに気がついた。
「そういえば、お名前を聞いても良いですか? 私はナタリーと言います」
「ん? 俺は『エル』だ」
「それではエル。そのお知り合いとはいつ会えますか?」
「じゃあ今夜、昨日の酒場に連れて行く。酒場で会おう」
「……分かりました」
そうして、私は半ば強引に約束を取り付けられたのだった。
──夜になり、私は一人で酒場に向かった。
到着すると、そこにはすでにエルともう一人がテーブルに座っていた。
しかし、それ以外のお客さんは見当たらない。
……昨日はあんなに盛況だったのに。
お客さんが1人もいないことを不思議がっていたところ、エルがすぐにその理由を教えてくれた。
「安心しろ。他の目がある中では気まずいだろうから、今だけ貸し切りにしてもらってる」
貸し切りとはなんと太っ腹な。
あるいは、女将さんとは親しい仲に見えたので、無料でそうしてもらえたのだろうか。
まあそれはどっちだって良い。早く要件を済ませてしまおう。
「……こちらが、お知り合いの方ですか?」
エルの隣に座っていたのは三十代くらいの艶美な女性だった。座っている姿勢や佇まいからも妖艶さが滲み出ている人だ。
知り合いというから、勝手に男性だと思っていたので少しだけ驚いた。
「ああそうだ。ミュゼリア。この子がナタリーだ」
「初めましてナタリー。ミュゼリアって呼んでね」
「初めまして、ミュゼリアさん」
エルに紹介されて、お互いに自己紹介をして、私はエルたちの対面の席に着いた。
するとミュゼリアさんは早速、横に流した前髪をかき上げつつ、私をじっくりと見てきた。
「えっと……」
まっすぐな視線を向けられて気まずい空気が流れる。
おそらくもう、審美眼で見られているのだ。
この間、動いたり話したりしていいものか分からず、私は少々戸惑ってしまう。
すると、ものの数分でミュゼリアさんが口を開いた。
「わぁーお」
何かに驚いたような反応だが、何に驚かれているのだろうか。
審美眼で見る私の能力に、おかしなところでもあったのか。
……そういえば、私が神聖力持ちなことはエルにも言ってなかったっけ? この国に聖女はいないみたいだから、わずかとはいえ神聖力持ちなことに驚かれているのかも?
「どうだミュゼリア。ナタリーはどんな能力を持っているんだ?」
「この子は、この国では珍しい神聖力を持っているわね」
「神聖力? ってことは聖女か!」
「ええそうよ。……でも、脅威を倒した力はそれじゃない」
「何?」
エルとミュゼリアさんが話している内容を、私も黙って聞いていた。
「この子、相当な闇魔力の持ち主よ」
…………闇、魔力?
想像していなかった能力名が出てきて私はきょとんとしてしまう。
「聖女なのにか?」
「不思議よね。神聖力と闇魔力の両方を持ち合わせているだなんて。それどころか、能力値的には闇魔力の方が何十倍も高いわね」
「……聖女なのに?」
エルが2回も同じ質問を投げていたが、私もまったく同じことを思ってしまった。
だって、闇魔力と言えば神聖力と対となる能力で、言わば敵のような存在だ。
それこそ脅威によっては闇魔力を扱って攻撃してくるものもいる。
そのため「悪」とみなされがちな能力が、「善」の能力である神聖力と共存しているというのだ。私の体の中で。
「お前……そんな能力を隠していたのか?」
「隠すなんてとんでもない! 私が闇魔力を持っているだなんて、私も今知りました! 本当です!」
エルに軽くジロッとした目で睨まれて、私は咄嗟に反論する。
隠していたのではなく、そもそも知らなかった。
知るわけがないのだ。
つい先日まで、ちゃんと聖女として働いていた自分が、まさか闇魔力も持ち合わせているだなんて。
しかも、闇魔力の方が強いなんてそんなことが……?
もしエバーグリムの人にこのことが知られたら……それこそ王様にバレでもしたら、婚約破棄どころでは済まなかったかもしれない。
魔女だなんだと罵られ、国外追放や、あるいは命の危険だって……。
優しかった元婚約者のクリフとは違い、王様は冷徹な人だから。この想像は、ありえない話ではないはずだ。
「本当か? 本当に今まで自分の能力に気づいていなかったのか?」
「本当です。実際、エバーグリムにいた頃は闇魔力なんて使えたこともなくて……」
なのにどうして、今更になって闇魔力が発現したのか?
「あ。その理由分かるかも」
不思議に思っていた矢先、ミュゼリアさんがそう発言した。




