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用済み聖女でしたが、隣国の王太子が私を溺愛してくるようです。  作者: 香月深亜


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3話「現れた脅威」

 酒場で初めてお酒を飲んだ翌日。

 気づけば私は、宿屋のベッドで目を覚ました。

 けれど、私はどうやって昨日ここまで帰ってきたのだろうか?


 ……恐ろしいほど記憶がない。


 これが噂に聞いたことのある二日酔い状態なのか。

 頭が割れるように痛い。顔色は多分すごく悪い。

 朝ごはんなんて、食べられる状態ではない。


 ……お酒はほどほどにしないとだわ。


 初めてのお酒で、少し飲み過ぎてしまったようだ。

 次回飲むときはここまで飲まないようにしよう。

 というか多分、あの男性が飲んでいたお酒が強いお酒だったのだろう。

 あれを飲んだ後、記憶が途切れてしまっているのだから。


 名前も知らない彼に迷惑をかけてしまったのではないか。

 それに、もし酒場で粗相があったなら、女将さんにも謝らなければいけないかもしれない。

 割れるように痛い頭を抑えながら、私はそんなことを心配していた。


 そんな心配事を抱えつつも、私は新鮮な空気を吸いたくて、広場まで歩いて来ていた。

 ここは、多少の喧騒はあれど、ベンチに座ってぼーっとすると澄んだ風を感じられて気分がスッキリするのだ。


 空いているベンチを見つけて、ゆっくりと腰かけた。

 目を閉じれば、木々のそよぐ音が聞こえて心地いい。



 ──そこで何分くらい過ごしただろうか。

 

 そろそろ宿屋に戻ろうと思い、目を開けたときだった。

 広場内で一際大きな声が響き渡った。


「誰か…っ、誰かうちの子を見てませんか!?」


 それは、母親の悲痛な叫びだった。

 ぞろぞろとその人の周りに人が集まっていくのを見て、私も駆け寄ってみる。


「勝手に家から出て行ってしまったみたいで……。私が目を離さなければ……!」


 動揺している母親をなだめつつ、観衆の誰かが情報を聞き出していた。


「あんたんとこのって……リリスちゃんかい?」

「はい。その……ちょっと目を離した隙にいなくなってしまって……家中探したんですが見つからなくて。もしかしてと思って、よく遊びに来ている広場に来てみたんですが、こちらには来ていないですか!?」

「そりゃあ大変だ。俺は見てないけど、誰かほかに見たってやつはいるか?」


 どうやらリリスちゃんという女の子が居なくなったらしい。

 けれど誰からも、リリスちゃんの目撃情報は挙がらない。

 何も情報がないことに、母親は絶望してしまう。


「ああ、リリス……。もうすぐ夜になるのに、一体どこに……」

「あの……」


 すると、下の方から声が聞こえた。

 観衆の視線が向かった先にいたのは、男の子だ。


「なんだ、ケイン。何か知ってるのか?」

「さっきリリスを見たんだけど……」

「本当か!? どこで見たんだ!?」


 すごい勢いで質問を受けた男の子は、肩をビクッとすくめながら言いづらそうに答えた。


「えっと、あの門から外に行ってたよ……」


 男の子が指を指した先にあるのは立派な城門。

 リリスちゃんがそこから出て行ったことを知り、周りの大人たちはざわつきを見せた。


「なんで止めなかったんだ!?」

「だ、だって! 声を掛けようとしたらリリスは走って行っちゃったし、それにすぐ戻ってくると思ったから……」


 責め立てられた男の子は、後半にかけて申し訳なさそうに声が細くなっていた。

 だがこれに関しては、男の子を責めるのは間違っているだろう。

 それに男の子を責めるよりまず、城門の外に出てしまったリリスちゃんを探しに行く方が先決のはずだ。


 私はこの国の事情をすべて知っているわけではないが、それでも城門の外が危険だということは分かる。

 なぜなら世界中どこにでも、人を襲う脅威は存在するからだ。

 しかも脅威は、夜になれば活発に行動を始める。

 奴らの姿かたちは千差万別。スライムのような形をした脅威もいれば、人に化けて近づいてくる脅威もいる。

 過去、脅威に襲われて命を落とした人も数知れず。

 

 だから今、母国のエバーグリムでは聖女の結界が不可欠で、聖女に頼った生活を送っているのだ。

 だが、ここランドテールには聖女の結界がない。

 ……ということは。

 城門から一歩外に出るだけでも、危険が伴うということになる。

 そこへ、子供であるリリスちゃんが一人で行ったとなれば……大人たちのざわつきも説明がつく。

 ならば急いで探しに行かなくてはいけない。


「あの、人手は多い方が良いですよね? よければ私も探すの手伝います」


 私は即座に手を挙げた。

 どうしようかとうろたえていた大人たちも、私の一声に乗るように手を挙げてくれた。

 自分で言うのもなんだが、若い女が我先にと捜索に志願したのだから、他の大人たちが手を挙げないわけにはいかなかったのだろう。たとえ危険な城外での捜索だとしても。

 最終的に、そこにいた大人たちが全員、リリスちゃんの捜索に手を貸してくれることになっていた。


 観衆の一人が指示を出し、一人には国の警備隊にこの件を伝えに行ってもらい応援を要請。母親には万が一リリスちゃんが一人で家に戻ってきたとき入れ違いにならないよう家で待機しておいてもらうことになった。

 そしてそれ以外の大人たちは、城門の外に広がっている森の奥へと捜索に向かったのである。


 

 ──いくらか時間が経過した頃。


 森の中では四方八方からリリスちゃんの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 けれど、肝心のリリスちゃんはまだ見つかっていない。


 リリスちゃんがなぜ城門の外に出たのかは分からないけれど、あてもなく出たのであれば、そこまで遠くへ行かずに城門近辺をさまよっているはず。

 それでなくても、子供の足ではそんなに遠くまで行けないはずなのだが。


「リリスちゃーん!」


 出せる限りの大声を出しながら、森の中を進んでいく。

 

 すると突然、『あ!』と何かを発見した声が聞こえてきた。

 声を上げた人の方を振り返ると、ある方向へ指を指している。

 見ればそこには、木の根元で体育座りして顔を伏せている女の子がいるではないか。


「あれ、リリスちゃんじゃないか!?」


 1人がそう言って近づいたので、みんなで駆け寄ってみる。


「リリスちゃん! 探したんだよ」


 女の子のところに着いた男性が、優しく声を掛けながら肩へ手を掛けようとした。


 

 ────その瞬間だった。



 その女の子が顔を上げると、目や鼻がなかった。

 まるでのっぺらぼうのようなその顔は、大人も飲み込めるくらいのサイズまで口を大きく開き、一番近くにいた大の大人を頭の上からからまるっと一飲みしてしまった。


 その場にいた大人たちは、その光景を見て凍り付いてしまった。

 一瞬理解が追い付かなかったが、すぐに分かった。

 あれはリリスちゃんじゃない。あれは……。


「脅威……!」


 リリスちゃんと思われた女の子は、人を呼び寄せるために脅威が化けた姿だったのだ。


「う、うわぁあああ!」

「脅威だあああ! 逃げろおお!」


 一拍遅れて誰かが叫び声をあげると、それに呼応するように他の大人たちも大声で危険を知らせ、一斉に脅威から離れるように走り始める。

 脅威は、先ほど一飲みにした大人を味わっているのか、口を開いたときに一瞬見えた大量のギザギザした歯で、バリボリと人の骨を嚙み砕く音を響かせている。

 気味の悪いその音を背中で聞きながらも必死に逃げて、大半の大人たちは脅威から距離を取ることができた。


「うわっ!」


 すると後ろから、ドサッと誰かが転んだような音が聞こえた。

 見ると、二十代くらいの青年が石に躓いたようで、地面に倒れていた。そして、その後ろから脅威が近づいてきているのも見えてしまった。


「く、来るな! 来ないでくれ!」


 青年が必死に懇願するも、脅威が聞く耳を持っているわけがなく。


 ……助けないと!


 私はすぐに青年の方へと走って行った。


「早く立って! 走ってください!」

 

 青年の腕を持ってそう叫んだが、青年は立ち上がらない。


「何してるんですか! 早くっ……」

「ごめん」

「え?」

「腰ぬかしちゃったみたいで……」


 助けたい気持ちで駆け寄ったのに、青年はまさか腰を抜かして立てない状態だった。

 かといって、このまま青年を置いていけば、すぐ近くまで迫っている脅威にこの青年まで食べられてしまう。


 ……どうしよう。どうすれば助けられる?


 何かないかと周りを見渡してみるものの、ここは鬱蒼と茂った森の中。

 あるのは木や石くらいで、助けになるようなものは何もない。


 そんな混乱の中、気づいたときには脅威が五歩先まで来てしまっていた。


 ここまでくれば、脅威の射程圏内なのだろう。

 『いただきまぁす』という耳障りの悪い声が発せられ、脅威は再びその口を大きく開けた。


 私はもう、ダメ元で自分の力に賭けるしかなかった。

 エバーグリムではほとんど使い物にならなかった神聖力だから、目の前の脅威を抑え込めるとは思っていない。

 一瞬怯ませるだけで良いのだ。時間稼ぎさえできれば、助かる可能性はあるのだから。


 何でもいい。今だけ力を……。

 私はぎゅっとこぶしを握って力を込めてから、脅威に向かってその手のひらを出した。


 

 ──青年と私、二人まとめて脅威の口の中に飲み込まれるかと思ったその間際。

 私の手のひらからは紫色のレーザービームのようなものが飛び出した。それからジュッと何かが焼けるような音と共に、脅威の喉には一瞬で大きな風穴が開いた。

 そして脅威は、ドサッとその場に倒れて動かなくなったのである。


「………………へ?」


 もうダメかと思ったその瞬間、青年や周りにいた大人たちは目をつぶったり顔を覆ってしまったりしていた。だから、目を開けたら喉元に風穴が開いた状態で地面に倒れている脅威を見て、誰も何が起こったのか分からず呆然とした表情を浮かべていた。


 安心してほしい。

 目を開いていた私でさえも、何が起きたのかは分かっていないのだから。

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