7話「幸せな一日」
「あの、忙しくないんですか?」
「お前は気にしなくていい。俺が好きでお前といるだけだから」
そんな恥ずかしいセリフをさらっと言えるエルは、ほぼ毎日私のところへ会いに来ていた。
私と結婚したいという気持ちはどうやら本気のようで、暇さえあれば会いに来ている感じだ。
王太子なのに仕事とかは大丈夫なのか?と心配になるも、そんな心配も吹き飛ばすようなことを言われては、これ以上何も言えなくなってしまう。
ちなみに今日は、ランドテールで評判のカフェに連れてきてもらっている。
2階建てのお店で、2階にも何席かあるのだが、エルが2階部分を貸し切りにしたので、周りには私たちしかいない。
2人きりと思うと少し気まずくはあるが、人目を気にせず話せるのはありがたい。
常にフードを被って正体を隠しているエルとは違って、私は今や脅威を倒したと噂されている観光客で、わずかに有名人だから。
「いつもお前に聞いてばかりだから、今日は俺が答えることにしよう。俺に何か聞きたいことはないか?」
確かにいつも質問攻めにあうのは私の方だったけれど。
質問はないか、と突然聞かれても困ってしまう。
私は少し考えてみて、思いついた質問を投げてみる。
「……じゃあ、何歳なんですか?」
「22だ。もうすぐ23になるかな?」
年齢を聞いてなかったので聞いてみた。
もうすぐ23ということは、2歳年上らしい。
今まで近くにいた男性は年下のクリフだけだったから、年上と聞いてより頼もしさを感じる。
でも年齢を聞いてさらに気になってしまったのは、なぜその年まで婚約者の一人もいないのかということだ。
王太子なら、若いうちに良いところのご令嬢があてがわれてもおかしくないのに。
……4歳で私と婚約したクリフほどとはいかずとも、せめて成人するタイミングには婚約していてもおかしくないはずよね。
「話しづらければ答えなくて良いんですが、なぜその年で婚約者がいないんですか?」
「ピンとくる相手がいなかったから」
即答だった。
でもそんな私情で婚約しないなんてこと、王族ができるものなのか?
「『王族なのに?』と言いたげな顔をしているな」
声には出していなかったのに、エルに読み取られてしまった。
「……すみません」
「別に謝ることじゃない。多分、異端なのは俺の方だからな」
「異端だなんてそんなこと……」
「まあ本当のことを言うと、俺は言い寄ってくる女が大嫌いなんだ。あと香水のにおいがキツイ女も嫌いだ。父上に命令されて仕方なく何度かお見合いはしたが、全員気に食わなくて全部断った。それを何回か続けていたら父上も諦めたみたいで、最近はお見合いもしていない。ただ、『それなら自分で相手を見つけてこい』とは一生言われてるけどな」
エルは明後日の方向を向きながらそんな話をする。
「だから、やっと見つけた相手をみすみす逃がすつもりはない」
……あ、はい。
エルに今まで婚約者がいなかった話だったのに、最終的に私を逃がすつもりはない、という話に着地してしまい、私はまた何も言えなくなる。
事実、王太子のお見合いともなればこの国の名だたる令嬢たちとは会っているはずだから、そのどなたも見初められなかったのであれば、私はかなりの確率を引いたに違いない。
そもそもあの日、あの酒場で出会ってなければ無かった縁でもあるだろうから相当だ。
「ああでも。お前を王宮に縛り付けて行動に制限をかけるつもりはないから安心して良い。建前上妃教育は受けてもらうことになるが、エバーグリムで受けていたなら、うちの文化や歴史を新しく学んでもらうくらいで問題ないはずだ。もしそれすらも辛い場合は、何もしなくたっていい。どうせ国のことは俺が全部できるからな」
『逃がすつもりはない』という言葉がまずいと思ったのか、エルはすぐにフォローを入れてきた。
結婚してもその先の行動は割と自由らしい。王太子の婚約者になってそんなことが可能なのか?
ただ、真偽はさておき『国のことは自分でなんとかする』と言い切ってしまうエルを、不覚にもカッコいいと思ってしまったのは確かだ。
「ですが、王太子妃は王太子様を隣で支えるのが役目では? あなたが何でもしてくれるなら、王太子妃は何をするんですか?」
「そりゃあもちろん。側にいてくれればそれでいい」
ふっ、とエルに優しく微笑まれた。
こちらを見た顔面の破壊力が高すぎて、私の頬は思わずカァッと赤く染まった。
「なんだ? 照れてるのか?」
「照れてません」
間髪入れずに否定はしたものの、目に見えて赤くなっている私の顔を見られているので、それが嘘だというのはバレバレだろう。
「可愛いやつだな」
そんな私は、エルから見れば可愛いらしい。直球でそう言われて、私の頬はさらに赤くなる。
“可愛い”なんて、あんまり言われない言葉だから。
「ほら、そんなそっぽ向いてないで。こっちのケーキも食べないか? 美味しいぞ」
「……いただきます」
顔を見られたくなくて目を逸らしていたのに、まんまとケーキにつられてしまった。
エルのほうを見ると、エルはケーキを一口掬って、私の方に差し出していた。
「じ、自分で食べられますよ……!」
「いいから」
「でも!」
「ほら。あーん」
あーんされるなんて、子供の頃以来では?
仲睦まじい恋人たちがカフェでやってるのを見かけたことはあるけれど、まさか自分がやることになるとは思ってもみなかった。
救いなのは、今だけここが貸し切りになっていて誰にも見られずに済むということくらい。
……でも、恥ずかしいものは恥ずかしいわ。
とはいえ、私が恥ずかしがっていてもエルはそれを見て楽しんでいるし、出した手を引っ込める気はなさそうだ。
私は仕方なく、勇気を出してそれを受け入れた。
どうしてもエルの目は見られなかったので、食べる直前に目をぎゅっと閉じて、ケーキを口の中に入れた。
「ん、美味しい」
私はすぐ口元に手を当てながら、ケーキの美味しさに目を見張った。
それを見たエルは嬉しそうだ。
「それなら良かった。そんな可愛い反応が見られるなら、これからいくらでも美味しいものをご馳走してやろう」
「……結構です」
エルからそんな風に言われて、私は小声で答えることしかできなかった。
──初めは、エバーグリムで居場所を無くして、気分転換で旅行に来ただけだった。
けれどこの国には、私の居場所があるらしい。
まだ結婚までは考えられない。けれどここにいるエルと、この国でなら。
私は幸せになれるのかもしれない。
そんな風に思えた一日だった。
Fin
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