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白狐の尾は江戸へ続く ――館林赤井氏、流浪の三代――  作者: 水川仁


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終章 尾を曳く道

館林の城は、変わっていた。


忠家の教えられていた尾曳城は、土塁と柵で囲われただけの、素朴な城のはずだった。


だが今、目の前にあるのは、石垣が組まれ、堀が幾重にも巡らされた、まったく別の城だった。


榊原康政。


家康の重臣の一人が、この地に十万石を与えられ、入封してきた。


新しい城は、もう尾曳城とは呼ばれない。


館林城、と人々は呼んでいた。


忠家は、その行列の片隅に、本多家から遣わされた供の一人として加わっていた。


主にはなれなかった。


もとより、そんなことは望んでいなかった、と自分に言い聞かせた。


赤井の血を引く者が、赤井の城を、他家の家臣として仰ぎ見ている。


それが、今の忠家の立場だった。


平八が、隣に馬を並べた。


「妙な顔をしているな」


「そうか」


「懐かしいか、それとも」


忠家は、しばらく答えなかった。


「両方だろうな」


そう答えるのが、精一杯だった。


行列が城下に入ると、忠家は一人、隊列を離れた。


咎める者はいなかった。


供の一人が道端で足を止めたところで、誰も気にかけはしない。


忠家は、父の話の記憶を頼りに、細い道を歩いた。


見たこともないはずの道のはずなのに、なぜか足取りに迷いはなかった。


父が幾度も語って聞かせた道筋を、忠家は体のどこかで覚えていたのかもしれない。


やがて、小さな社の前に出た。


尾曳神社。


赤井照光が、夢に見た白狐の導きでこの地に城を築いたという、あの伝説を祀る社だった。


社は、忠家の記憶にあるより、幾分か古びていた。


だが、朽ちてはいなかった。


誰かが、手入れを続けていたのだろう。


忠家は、賽銭を投げ、手を合わせた。


何を祈ればいいのか、しばらくわからなかった。


城を取り戻したい、とは思わなかった。


父の無念を晴らしたい、とも、もう思わなかった。


ただ、こうして戻ってこられたことだけが、今は確かなことだった。


目を開けると、社の裏手の茂みが、かすかに揺れた。


忠家は、そちらを見た。


一瞬、白いものが、木々の間を横切った気がした。


狐か、あるいは光の加減か。


確かめようと近づいたときには、もう何もいなかった。


忠家は、しばらくその場に立ち尽くした。


やがて、小さく笑った。


「見えたところで、何が変わるでもない」


そう呟いて、踵を返した。


血筋も、城も、父の無念も、忠家一人の胸のうちに収まる大きさのものではなくなっていた。


それらは、この土地に、この社に、静かに沈んでいくものなのだろう。


自分にできるのは、それを覚えていることだけだった。


覚えていて、そして、生きていくことだけだった。


城下に戻ると、平八が待っていた。


「どこに行っていた」


「少し、墓参りのようなものだ」


「墓?」


「いや」


忠家は、首を振った。


「気にするな」


平八は、それ以上聞かなかった。


二人は、並んで城下の道を歩いた。


新しい城下町は、槌音と人の声で満ちていた。


商人が店を構え、職人が家を建て、子供たちが走り回っていた。


戦の記憶は、まだ誰の中にも生々しく残っているはずだった。


だが、この町では、それを忘れようとするかのように、日々の営みが始まっていた。


忠家は、その光景を眺めながら、ふと思った。


自分は、これから何を守って生きていくのか。


忍城で自らに問うたその答えを、忠家はまだ持っていなかった。


だが、今はそれでいい、と思えた。


答えは、一度に見つかるものではない。


この町で、この時代で、少しずつ見つけていけばいい。


館林城の天守が、夕陽を浴びて、赤く染まっていた。


尾曳神社の白狐は、もう見えなかった。


だが、その伝説は、これからもこの地に語り継がれていくのだろう。


赤井の血が、表舞台に立つことは、もう二度とないのかもしれない。


それでも、血は絶えていなかった。


忠家という一人の男の中に、確かに流れ続けていた。


そしてその先に、まだ見ぬ江戸の世が、静かに広がろうとしていた。


戦国の記憶を背負いながら、人々は、新しい時代へと歩み出していく。


白狐の尾は、まだ、その道の先を示しているのかもしれない。


館林から、江戸へと続く、その道の先を。


〈完)

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