#4. ミチオと乗合バス 前編
第四話です
よろしくお願い致します
業務日報
十月五日
〇五二〇 出勤
天候 晴レ
乗車する車両の日常点検を行う。
車体周り、ヨシ
蒸気機関、ヨシ
蒸気石の状態、ヨシ
就業点呼を行う。
本日はAルートの運行
出庫時刻の確認
体調良好
車両異常ナシ
「それじゃあ行ってくるよ。」
俺はそれだけ言うと、鍵を手に取った。
「おう、いってらっしゃい。気をつけてな。」
運行管理者が日報にチェックを入れながら、送り出してくれる。
まだ薄暗い朝。
今日も変わらない、いつもの一日が始まる。
俺の仕事は乗合バスの運転手。
この蒸気の街で乗客を乗せて、目的地まで走る。
毎日変わり映えの無い業務だが、それなりに自分には合っているような気がしていた。
運転席に座り、鍵をさして回す。
ゴウンッ!
蒸気機関が大きな音を出して動き始め、計器の針が元気よく振れる。
「さあて、今日も1日頑張るか。」
アクセルを踏み込み、ハンドルを回す。
今日もいつも通りの一日が始まった。
夜明けの白い朝もやの中を、バスの前面に輝く黄色い蒸気石の灯りが照らす。
最初に到着するのは鉱山地区。
バス停に着けて前扉を開けると、泥と汗にまみれた鉱夫たちがゾロゾロと乗り込んでくる。
「お疲れ様でーす。」
「おう、おつかれさん、今日は疲れたぜー。」
夜勤明けの鉱夫たちは、疲労の色を出しながらも元気よく挨拶を返してくる。
そう多くもない、全員が乗り込むとバスは発車した。
このままいくつかのバス停を通りながら住宅街へと向かう。
第一住宅のバス停に差し掛かる頃にはいくらか明るくなっていた。
「ご乗車ありがとうございましたー。」
鉱夫が一人降りる。
「お待たせしましたー。ありがとうございます。」
作業服の男性が乗り込む。
バスは走り出し、次のバス停へ。
「西通り入口ー。ありがとうございました。」
鉱夫が今度は二人ほど降りる。
「お待たせしましたー。中央行きです。」
職人らしき男性と女性が乗り込んでくる。
こうして、バスは乗客を入れ替えながら終点に向けて走っていく。
蒸気街の中央バス停に着く頃には乗客は職人や工場勤務の人で満員となっていた。
「ご乗車ありがとうございましたー。終点の中央バス停です。お忘れ物の無いようご注意ください。」
前後の扉を開くと、乗客たちは一斉に降りる。
元気よく降りる人。すでに疲れている人。大きい荷物を持っている人。
空になった車内を、運転席から離れて忘れ物のチェックをする。
バスを動かして折り返し地点をぐるりと回って、今度は往路、鉱山地区へと向かって走る。
帰りは逆に、ほとんど客は乗らない。
住宅街まではゼロ人の時だってある。
住宅街に差し掛かると、今度は朝勤務の炭鉱夫たちが乗り込んでくる。
洗濯したばかりの、まだキレイな服。
「お待たせいましたー。東鉱山行きです。」
「おう!今日も頼むぜ!ガッハッハ!」
一人、二人とどんどん乗り込んできて、終点に着く頃には立ち客も出るほどになる。
やがて鉱山地区の終点バス停に着くと、鉱夫たちは一斉に降りていった。
車内点検を行い、また運転席へと戻る。
これの繰り返し。
鉱山と中央の往復を何本かやると、長い昼休憩に入る。
夕方になって陽が傾く頃、また鉱山と中央の往復が始まる。
「おかえりなさい。」
「お気をつけてお帰りください。」
今度はそんな言葉を職人や買い物帰りのお客に言う。
「いってらっしゃい。」
「頑張ってな。」
これから仕事の鉱夫たちには送り出しの言葉。
こうして、長い長い蒸気街の一日に寄り添う業務が終わる。
明日もまた、同じ時間に出勤する。
同じバスに乗って、同じ道を走る。
それでいい。
それが俺の仕事だ。
———
翌朝。
目覚まし時計が鳴った。
昨日と同じ時間。
昨日と同じ朝。
俺は制服に着替え、家を出た。
車庫に着くと、同僚に会う。
「おはようございます。」
「おう、今日も早いな。」
「そっちこそ。」
「今日も一日頑張るか。」
なんてことない、いつもの会話。
いつものバスに乗り、点検を始める。
車体周り、ヨシ
蒸気機関、ヨシ
蒸気石の状態、ヨシ
点呼を受けて、運行ルートの確認をする。
今日もAルート。
運行表をもらうだけで、お客さんの顔まで思い浮かぶ。
「今日も気をつけて。」
「ああ、行ってくるよ。」
運転席に乗り込み、鍵を回す。
ゴウンッ!と大きな音を立てて蒸気機関が動く。
「さあて、今日も頑張るか。」
バスは蒸気を吐き出しながら、朝もやの中を走り出した。
いつもの道を、空っぽのバスは走る。
始発バス停の鉱山地区に着くと、今日も夜勤明けの鉱夫たちが乗り込んでくる。
「お疲れ様です。」
「おう、おつかれさん!」
昨日と同じ会話。
昨日と同じ顔。
「あれ?」
鉱夫たちに続いて見慣れない顔があった。
およそ鉱夫の格好とは程遠い、袴に銀髪の少女と、細い身体つきの眼鏡の青年。
二人とも鉱夫たちと同じように泥と汗にまみれていた。
「おはようございます。」
「うん、おつかれー。」
薄汚れながらもケロッとしている少女に対し、連れの青年は疲労困憊で今にも倒れそうだった。
それに、青年が背負っている、布に包まれた荷物は、何かの罰のような大きさをしている。
「あ、スミマセン…荷物大きいんですけど乗って大丈夫ですか…?」
青年はか細い声を捻り出す。
「あー…平気ですよ。お手元から離さないようにだけお願いします。」
青年はうんしょ、と小さく声を上げてバスに乗り込み、少女はおかまいなしに座席の奥へ進む。
(どこかで見たことあるんだよな。誰だっけか)
そんなことを思いながらミラー越しに、客席を覗き込む。
二人は鉱夫に紛れて座り、仲睦まじく鉱山の男たちと話していた。
「いやーまさか現地にくるとは。」
「自分で石掘っちまうとは、さすが先生!」
そんな会話が聞こえたが、運転に集中することにした。
きっと以前にも乗ったことがあったのだろう。バスに乗るのは常連ばかりとは言え、たまにしか利用しない人ももちろんいる。
そんなことを考えながらバスを進める。
鉱山地区を抜け、住宅街に近づく。
ちらほらと鉱夫たちは降り、会社勤めの人たちが乗り込み、客層が混じり合う。
この頃には、日も昇り始め、うっすら辺りは白く、明るくなってきていた。
その時。
「危ないっ!」
曲がり角からとつぜん人が飛び出してきた。
とっさに俺はハンドルを切る。
「うわっ!」
「きゃっ!?」
乗客から悲鳴が上がる。
バスは傾きながら人を避けて、街灯にぶつかって止まった。
「痛たた…はっ!お客様!お怪我された方いらっしゃいますか!?」
慌てて客席に安否確認をする。
乗客たちはどよめきつつもお互いに確認しあっていた。
住宅街だったため、大したスピードも出てなかったおかげか、どうやら怪我をした人はいないようだった。
「あぁ良かった…。あれ、飛び出してきた人は…?」
窓の外を確認するも、先程の人間は見る影もなかった。
乗客の一人が叫ぶ。
「運転手さん!さっきの人!急いで逃げちゃったよ!」
おいおい…勘弁してくれ。
そう思いつつも、バスから降りて車体の確認をする。
街灯にぶつかった前方部は外装がへこみ、大きな蒸気石には亀裂が入っていた。
運転席に戻り、鍵を回す。
キュルル…
キュルル…
蒸気機関は空回った音をたてるが、一向に稼働する気配がない。
「ダメか…しかたない。」
運転席を離れ、乗客に向けて頭を下げながら言う。
「申し訳ありません。事故によりバスが動かなくなりました。降りて歩いていただくか、後ろから来るバスをお待ちいただくことになります。」
「おいおい、まじかよ。」
「困るわねえ。」
客席からはざわめきの声が聞こえたが、諦めたのか全員降りて、街の方へと歩いていった。
無理もない。後ろからのバスと言っても、狭い街だ。次が来るまで一時間ほどはある。
それなら待たずにみんな歩いていってしまうだろう。
乗客を見送ったあと、バスを降りて、傷ついた蒸気石を見つめる。
「はぁ…どうしたもんか。」
俺は思わずため息をついた。
この先のバス停にも、待っている人は大勢いる。
とは言え、会社にも、お客にも連絡する手段などない。
みんな来るはずのバスを待ち続けるのだ。
「いくらなんでも動かせないしなあ。次来たバスに事情を言って応援を頼むしかないか。」
俺は諦めて、バスの前面の蒸気石に寄りかかってドカッと座った。
「石、温まってる?」
すると横から突然、声をかけられた。
「うわっ!びっくりした!」
全員降りたものと思っていた。
しかし、そこにいたのは先ほどの少女と青年。
「あー…スミマセンねぇお客さん。次のバスまでたぶん一時間はかかると思います。」
普段乗らない人は、たしかにバスの事情など知らないだろう。
半ば期待を込めて諦めて歩くよう遠回しに言う。
「バスはいいよ。急いでない。」
「へ?」
少女は自分には目もくれず、まっすぐに蒸気石を見つめていた。
「開けていい?」
開ける?何をだ?
混乱している俺を見かねてか、青年が補足する。
「先生、伝わっていませんよ。申し訳ない。良ければ自分たちが直しますのでバスの状態を確認するため駆動部の外装を開けてもいいでしょうか?」
「このままじゃかわいそう。直す。」
青年は、少女の長い袖を器用にたすき掛けしていった。
「え?修理するってことですか?今?ここで?」
それも、どう見ても年端のいかない少女のほうが準備をしている。
「うん、今。ここで。」
少女はお構いなしに外装カバーを外す。
中からは蒸気機関の熱気と、黒い煙がボワッと出てきた。
「思ったよりひどいね。」
「先生、直りますか?」
その言葉に、少女は振り返って少しだけ口元を緩めて言った。
「大丈夫、直る。」
先生……なんだっけ、どこかで聞いたような…。
瞬間、ぱっと閃いた。
「あ!そうか、先生だ!蒸気技師の!」
巷で有名な、小さい先生。
噂だと大型の蒸気機関から小さい蒸気細工まで、何でも直してしまうんだとか。
「じゃあ!本当に直りますか!?」
「うん、そう言ってる。」
絶望の中に、小さな光が見えた。
ご拝読ありがとうございました
後編は夕方頃に更新予定です




