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先生の蒸気奇譚  作者: さくらもち


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#4. ミチオと乗合バス 後編

お待たせしました

第四話後編です


 先生と呼ばれた少女は、腰につけたポーチに手を伸ばして工具を取り出すと、少しずつ機械に触れて状態を確認していった。


 「うん、ここは無事。ここは…だめ。」


 素人目には何もわからない。運転するだけが仕事の自分には、日常点検でみることはあっても、どの機械が何の役割を担っているのか、まったく検討もつかなかった。


 「先生、部品も無いのにいけそうですか?」


 助手らしき青年が確認する。


 「パテはあるから、歪みと穴だけ直せば直ると思う。問題は蒸気石だね。」


 黄色く鈍く光る大型の蒸気石は、ヒビが入り隙間からシューシューと蒸気が漏れ出ていた。


 「やはりヒビが入ると使えませんか。」


 「うん。最悪、爆発する。」


 「ば、爆発!?」


 思わず声を上げて驚いてしまった。


 昔から当たり前に生活の一部だった蒸気石。

 まさかそんな危険性があるなんて思いもよらなかった。


 「大丈夫。この程度なら。」


 先生は、その小さな身体で、大きな蒸気石を抱えながらバスから外した。


 「でも、先に蒸気石作ろう。ユッキー、今日掘った原石使う。」


 脇にいた青年はバスに埋め込まれていた蒸気石をよろよろと受け取ると、か細い声で言った。


 「や、やっぱりアレ、使っちゃうんですね…。」


 アレ?何のことだ?


 青年はバスの座席から、乗車前に背負っていた布にくるまれた大きな荷物を持ってきた。

縛っていた紐を外して布をめくると、ゴツゴツとした大きな琥珀色の蒸気石の原石が姿を現す。


 「お、大きい!まさか、これを鉱山で掘ってきたんですか!?」


 「うん、掘りたてホヤホヤ。」


 先生は表情を変えないまま小さく指でピースをした。


 「鉱夫さんたちに力を借りながら夜通しかかりましたけどね…せっかく自分の目で原石選びたいとか言うから来たのに…。」


 青年はハァ…とため息をつきながら補足する。


 「そ、そうだったんですね。でも。」


 自分の精一杯の知識を用いて、疑問をぶつける。


 「いくら蒸気技師さんだからって、石の加工なんて無理なんじゃ?専門が違うでしょうし、何よりこんな機械もない場所じゃ…。」


 前に誰に聞いたのか、石の細工職人は大掛かりな刃を使ってカットし、研磨機で正確に磨いていくらしい。それにピッタリとバスの台座に嵌まるようにするなんて、それこそ神業だ。


 「平気。ノミ一本があれば。」


 そう言うと先生は、原石のままの鈍くゴツゴツした状態の石に向かってノミを当ててハンマーを振り下ろす。


 カンッ。


 カンッ。


 先生が石を削る。


 大きな欠片がゴロンと落ちた。


 さらに一打。


 ゴロッ。


 また欠片が落ちる。


 その様子はまるで彫刻を作るように、迷いなく削りとっていく。


 道端のバスの前。先生のノミ捌きは壮大でかつダイナミックに、みるみるうちに美しい宝石へと変貌していく。


 「…綺麗だ。」


 思わず口から溢れた言葉。


 先ほどまでの無骨な石の塊は、朝の日差しを受けて光輝いた。


 「でも先生、このままじゃ充填されてない石ころですよ。」


 眼鏡の青年はその異次元の光景に驚きもせずに、眼鏡を持ち上げながら言った。


 「ユッキー、蒸気石の裏ワザ。この漏れ出てる蒸気を使う。」


 「え!?そんなことができるんですか?」


 先生の発言に、青年はようやく驚いた。


 「普通の排煙は熱が無いから、もう使えないけど。使う前なら再利用できる。」


 そう言いながらひび割れた石と削った蒸気石を、蒸気が当たるように重ねて置いた。


 「じゃあ、充填の間にへこみと動力周りを直す。」


 先生は次に金属製のハンマーに持ち替えると、へこんだ真鍮の外装の裏から、ゆっくりと叩き始めた。


 ガンッ!


 ガンッ!


 一打ずつたしかに、力強く叩く。


 時折手のひらで表面を撫でるように確認しながら、少しずつ平らになっていく。


 「これくらいだね。あとは蒸気管を直していく。」


 「先生、新しい石、充填されてだいぶ光ってきました。」


 助手の青年は、カットした蒸気石の欠片を拾い集めながら報告した。


 「うん、ありがと。そしたら嵌めちゃおうか。」


 「あ、あぁ手伝いますよ!」


 慌てて声をかけた。

 緊急でやってもらいながら見ているだけだった。それくらいはさせてもらわないと。


 「せーの!」


 助手と自分の二人で蒸気石を持ち上げる。

 先生はその横から台座に嵌まるよう微調整して削っていった。


 ガコンッ


 蒸気石は鈍い音を立てて台座に嵌まる。


 「さて、じゃあ鍵回して。」


 「え、もうこれで大丈夫なんですか!?」

 

 あまりの速さに疑いたくなるほどだった。


 「うん。たぶん大丈夫。」


 その言葉を信じて、運転席に座り恐る恐る鍵を回す。


 キュルル…


 キュルル…


 ゴウンッ!


 大きな音をたてて蒸気機関が動いた。

 メーターの針は回り、呼応するかのように新品の蒸気石は煌めき、輝きを放っている。


 「直った!あぁ良かった!ありがとうございます!」


 俺は感激のあまり大きな声を出して言った。

 聞き慣れた蒸気機関の駆動音が、懐かしくすら感じた。


 「とりあえず応急処置だからね。車庫に帰ったらちゃんと直してもらって。」


 「は、はい!なんとお礼を言ったらいいか…。」


 「もちろん処置代は会社に請求させてもらいますよ。あとで送りますので。」


 横にいた青年は、眼鏡をくいっと上げながら言う。


 「もちろんです!さあ乗ってください!運行再開です!」


 先生はぴょんと跳ねて乗り込み、青年は欠片を入れた包みを背負って乗る。


 「さあ帰ろう。」

 「ようやく今日が終わりますね…。」


 バスは白い蒸気を吐きながら、街へと走り出した。


 


———




 さっきの事故が嘘のように、バスは軽快に走る。


 いや、むしろ普段よりも調子が良い気さえした。


 後ろの客席に座った二人をミラー越しに見る。


 助手の青年は力尽きたように眠り、小さな先生は窓の外をぼーっと見ていた。


 (こうして見ると、ただの子どもにしか見えないな。)


 そんなことを思いつつ、バスはようやく次のバス停へとゆっくり近づいて着いた。


 バス停に待っていた人たちの声が聞こえる。


 「来た!」

 「バス来たぞ!」


 プシュー…。


 前扉を開いて謝罪と案内をする。


 「大変お待たせしました、中央行きです。事故のため遅れての到着となりました。申し訳ありません。」


 これだけ遅れたのだ。怒号の一つでも飛んでくるかと覚悟していたが、乗客たちは急いで乗り込み、みな怒りよりも安堵の表情を浮かべていた。


 「もう来ないのかと思ったよ。来てくれて良かった。」


 その乗客の言葉に、思わずハッとした。


 自分たちが止まっていた間にも、乗客たちはバスを待っていた。

 そしてバスが来れば、何事もなかったかのように乗る。


 職場へ行く人。市場へ行く人。学校へ行く子ども。


 いつもの一日が、また動き出す。


 そんな『当たり前』の日常が守れたのだ。


 各バス停で乗客たちを拾いながらバスは走る。


 終点へ着く頃には、いつもよりも満員でパンパンになっていた。


 「ご乗車ありがとうございましたー!終点の中央です。本日はバスの運行が遅れまして申し訳ありませんでした。」


 車内に向かってアナウンスをする。


 前後の扉が開く。


 乗客たちは堰(せき)を切ったように一目散に駆け出す。


 最後に残った、先生と助手の青年がゆっくりと降りる。


 「先生!本当にありがとうございました!」


 席を降りて、深々と頭を下げる。


 「うん、またね。」


 そう言うと、何事もなかったかのように飄々と降りていった。


 


 その後も、折り返し運転でまた再度東鉱山へと向かう。


 もちろんバスは遅れながら。


 まだ綺麗な作業服の鉱夫たちに、口々に心配する声をかけられる。


 「珍しいな!遅れるなんて!」

 「なんかあったのか!?」


 変わらず元気で大きな声。


 でも、怒る人は誰一人いなかった。


 


 業務を終え、無事に車庫に帰る。


 ようやく長い一日が終わった。ものすごい経験をしたような、非日常感。


 疲労の中、日報を書く。


 

 十月六日


 運行中、車両事故アリ


 蒸気石損傷


 臨時修繕ニヨリ運行再開



 そして、今日あった出来事を上司に報告する。


 「そうか、大変だったな。」


 「はい…でも、すごかったです。一人であっという間に直してしまって。」


 


 そして翌朝。


 本日の業務日報を書く。


 

 十月七日


 〇五二〇 出勤


 天候 晴レ


 点検を行う。


 先生は応急処置と言っていたが、整備士が言うには、手を入れる必要がないほどの完璧な修理だったらしい。


 まだ、キズ一つない大型の蒸気石は、いつもよりも輝いていた。


 

 そして、就業点呼を行う。


 本日はAルートの運行。


 まだ薄暗い朝。


 今日も変わらない、いつもの一日が始まる。


 


 朝一番の鉱山地区。


 「おはようございます。」


 「おう!今日も頼むぜ!」


 いつもの挨拶。


 昨日までと何も変わらない。


 住宅街では、仕事終わりの鉱夫が降りて、眠そうな顔をした人たちが乗り込んでくる。


 「いってらっしゃい。」


 「お疲れ様でした。」


 市場では、大きな荷物を抱えた人たちが降りていく。


 「ありがとうございましたー。」


 「いつもありがとね。」


 そして中央へ。


 工場の煙突から煙が上がり、街には人が増えていく。


 昨日、あの場所で動けなくなったことなど、まるで嘘だったかのように、バスはいつもの道を走っていた。


 それから何本かの運行を繰り返し、長い昼休憩を挟んで夕方を迎える。


 西の空が赤く染まり、街の影が長く伸びていく。


 仕事を終えた人たちが、少しずつバスに乗り込んできた。


 「お疲れ様です。」


 「おかえりなさい。」


 疲れた顔。


 買い物袋。


 仕事道具。


 学校帰りの子どもたち。


 それぞれが今日一日を終えて、帰る場所へ向かっていく。


 「次、住宅街入口ー。」


 停車するたびに、一人、また一人と降りていく。


 「ありがとうございました。」


 「お疲れさん。」


 「お気をつけて。」


 最後の便。


 乗客はもう数人しかいない。


 外はすっかり暗くなっていた。


 街灯の明かりが、窓ガラスに流れていく。


 やがて最後のバス停に到着すると、残っていた乗客も席を立った。


 「ありがとうございました。」


 「はい。おやすみなさい。」


 そう言って、最後の乗客が降りていく。


 扉を閉める。


 車内には、誰もいない。


 今日一日、何度も聞いた蒸気機関の音だけが、静かな車内に響いていた。


 俺はゆっくりとアクセルを踏む。


 乗客のいないバスが、夜の街を走る。


 昼間はあれほど人で賑わっていた通りも、今は静かだ。


 店の明かりが消え、住宅街の窓から小さな灯りが漏れている。


 その灯りの一つ一つに、今日を終えた誰かの生活がある。


 鉱山で働いた人。


 市場で働いた人。


 工場で働いた人。


 学校で一日を過ごした子どもたち。


 みんな、もう家に帰った。


 俺も、もうすぐ仕事が終わる。


 車庫へ戻り、決められた場所にバスを停める。


 蒸気機関を止める。


 ゴウン……。


 ゆっくりと音が小さくなっていく。


 計器の針が止まり、前面の蒸気石も、少しずつ光を弱めていく。


 一日中、街を照らしていた黄色い光が、静かに眠りにつく。


 俺は運転席を降り、最後に車内を見回す。


 忘れ物ナシ。


 車体異常ナシ。


 今日の仕事も、これで終わりだ。


 「……お疲れさん。」


 誰もいないバスに、そう声をかける。


 鍵を返却し、車庫を出る。


 外は秋の空気が満ちて、ひんやりと冷たい。


 明日もまた、同じ時間に起きる。


 同じ道を走る。


 同じ人たちを乗せる。


 そしてきっと、同じように「おはようございます」と言って、「いってらっしゃい」と送り出す。


 帰ってきた人たちには「おかえりなさい」と声をかける。


 最後には「おやすみなさい」と見送る。


 それが俺の仕事だ。


 特別なことなんて、何もない。


 今日も無事に、一日が終わった。


 明日もまた、いつものバスが街を走る。


 俺はそう思いながら、家へ向かって歩き出した。


 

挿絵(By みてみん)

いかがでしたでしょうか

変わらない日常の尊さを感じいただけていれば嬉しいです

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