#3. ゲンジと古い義手 後編
後編です!
よろしくお願いします
「それで、どうするんですか?」
眼鏡の青年が首を傾げた。
新品はダメ。
予備の部品もない。
青年の言う通り、簡単に解決できるなら、もうとっくに直している。
「部品を一から作ることもできるけど、義手を預かって型を取る流れになるね。」
「預けるって…おいおい。明日も仕事なんだ。さすがに休めねえって。」
さすがにこれ以上は困る。
ただでさえ無理を言って仕事を配慮してもらってる上に、同僚にも迷惑をかけているのだ。
そこに手が無いから休みをくれなんて、言える立場ではない。
「だよね。それに、新品じゃ馴染まない。」
先生は義手を組み立て直して蓋を閉めると、パッと立ち上がった。
「大丈夫。お宝探しに行こう。」
「は?」
「はい?」
意味不明な言葉に、俺と青年と顔を突き合わせて声を揃えて呆然とした。
お宝探し?
一体なにを言ってるんだ。
不安を感じる俺の腕を引っ張って、三人で工場を後にした。
案内されたのは街のはずれにある通称「ジャンク通り」だった。
人通りのまばらで、女子供が好んで立ち入るような場所ではない薄汚れたスラム街。
ここはその名のまま、あらゆる機械のスクラップや廃材が、どこかから拾われたり直されたりして闇市のように売られているところだ。
配管から時々吹き漏れる蒸気が、まるで拒むように道を白く隠している。
「おいおい……こんな場所。正気か?」
どう考えても優男と子どもを連れていって良い場所ではない。
それに自分は片腕の老いぼれ。何かあったんじゃ面目が立たない。
それでも先生はお構いなしに進む。
「大丈夫、常連だから。」
「常連って…。おいおい兄ちゃん、いいのかよ。」
意見を求めるように保護者を見ると、躊躇いもなく後ろを歩いていった。
「止めてもどうせ行きますからね。さあ行きましょう。」
半分諦めたように進むその姿は、少しも疑う様子が無かった。
「……なんかあっても知らねえぞ。」
陽の光も届かないほど濃い蒸気に包まれた、狭い路地を進む。
左右にはゴザを広げて何かを売る者。
どこから拾ってきたかもわからないような薄汚れた機械を並べる露店。
どこをどう見ても、まともなものが手に入るとは思えなかった。
「なぁ、ほんとに大丈夫かよ。」
「正直、僕も初めて来ました。よくわからないです。」
じゃあ本当に大丈夫かわからねえってことじゃねえか。
俺は深くため息をつくと、いざという時に備えて、辺りを警戒しながら歩いていく。
「先生ぇ…これどうだい?」
先生と呼ばれた子どもが、帽子を被った怪しい店主に話しかけられている。
「んー。今日はいらない。」
物怖じもせず、普通に会話しているその姿に俺は呆気にとられた。
まじかよ。本当に常連ってことか。
「義肢屋ってまだいる?」
「あぁ…たぶん死んでねえと思うぜ。」
「そっか。」
なんとも不気味な話をしている。
保護者の兄ちゃんも平然を装っているが、手の先が震えていた。
…無理もねえよ。俺だって落ち着かねえ。
露店に囲まれた道を、先生について行きながら進む。
途中、商品の並んだ露店の机を見る。
そこには古びたものや何かのパーツが並んでいた。
「え?懐かしいな。ヴィンテージのライターじゃねえか。」
見習い時代に使っていた、先輩からプレゼントされた真鍮色のライター。それの同型が置かれている。
「な、なぁ。ちょっと見てっていいか?」
先を歩く先生に止まるよう確認する。
「ダメ。時間ない。」
「あ、おい。待ってくれよ。」
こんなところで置いていかれたら敵わない。
ライターを諦めて、通りの奥の奥まで歩いていく。
「着いた。」
先生が指さすほうには大量の機械が積まれたゴミ捨て場のような場所だった。
よくよく近づいてみると、それのほとんどは義手や義足などのパーツが重なっており、そのおぞましい見た目は死体置き場に見える。
「よっ、久々だな。先生。」
奥から顔を出した店主らしき爺さんが話しかけてきた。
「義手のパーツ探してる。」
「義手ねえ。好きに見てっていいぜ。うちは相変わらずセルフサービスだ。」
店主はそう言うと、タバコをくわえてどこかに行ってしまった。
「おいおい、こんな中から自分で探すのかよ。」
目の前にそびえるのはガラクタの山。
そのスクラップから目的の物を探すなんて、無茶も良いところだ。
「さぁ、宝探し。」
「先生、目的の物は?」
保護者の兄ちゃんは腕まくりをしながら聞いた。
「ウェッジ工業のタイプC。年式は何でもいいや。裏側に型番が刻印されてる。」
「わかりました。文字通り、骨が折れそうですね。」
おいおい、シャレを言ってる場合かよ。
「しゃあねえ、俺の義手だ。やってやるか。」
俺たちは錆びついた金属の山から、一本、また一本と品番を確認しながら探っていく。
時折、骨がひん曲がっていたり、指がグチャグチャに折れた義手も出てくる。
「まるで墓場だな。」
思わず出た言葉に自分でも笑ってしまいそうになる。
これ全部、お役目ごめんのオンボロか。
そう思うと、その儚い姿に妙に親近感を覚えたのだった。
兄ちゃんが一つ一つ品番を確認している傍ら、先生は驚異的な速さで次々に義手を手に取っては次々に選別していく。
「違う。これも違う。惜しい。」
「おい、見ただけでわかるのか。」
不思議に思いながら聞く。一見同じ物にしか見えないが、職人が見ればわかるのだろうか。
「話してるから。」
先生は当たり前、といった調子で意味不明なことを言う。
「誰と?」
「機械と。」
たまに何かを考えながら、名残惜しそうに入れ替えているのが見えた。
「先生にはそう見えるらしいですよ。」
兄ちゃんが息を切らしながら説明する。
「変人だな。」
思わず口に出た言葉。
「ホントですよね。」
兄ちゃんは少し困った顔をしながら笑った。
「これとこれ、ユッキー持っといて。
「先生、それもう錆びてます。」
「磨けばまだいける。」
あきらかに錆が浮いている鈍色の義手。
「そんなもんまで使うのか。」
誰が見てももう引退した一本だった。
「まだ働きたいって言ってる。」
その言葉に、何も言葉が出なかった。
「機械から伝わってくる。」
それだけ言うと、先生はまたガラクタの山へと戻っていった。
俺自身も同じ型番という奴を数本見つけ、山を降りる。
意外と宝探しも悪くない。
三人が集まったころには、数十本の義手が集まっていた。
「けっこう見つけましたね。」
兄ちゃんが息を切らしながら言う。
「こっからさらに厳選。」
言いながら先生が細部をよく見て、状態を確認しながら選別していった。
指の無いパーツ、折れ曲がっている骨。
その余りにも凄惨な姿は、ここから再利用されるとはとてもじゃないが思えない壊れ方だった。
「この3本でいいや。お金払って帰ろ。」
店主の爺さんに代金を渡し終えると、手分けして義手を持って来た通りを戻る。
最初は不気味に思えたスラム街だったが、帰り道では年甲斐もなく冒険をしたような、奇妙な高揚感を感じた。
——————
工場へ戻ってくると、妙な安心感があった。
ついさっきまでいたジャンク通りとは大違いだ。
ゴウン、ゴウンと響く蒸気機関の音。
油と金属の匂い。
見慣れた壁に、見慣れた工具。
毎日、何十年と働いてきた場所だ。
保全室へ入ると、さっきまでとは違う静けさが妙に心地よかった。
「……やっぱり、ここが落ち着くな。」
思わずそんな言葉が漏れた。
「じゃあ、直そうか。」
先生が机の上に、拾ってきた義手を並べた。
「ああ。よろしく頼む。」
椅子に腰掛け、左腕を机の上へ置く。
先生は義手をじっと見つめると、カバーを外して少しずつ分解していく。
「まずは大枠。尺骨の交換から。」
「尺骨って……この部分か?」
「そう。」
先生は古い義手から慎重に部品を外していく。
ジャンクの山から拾ってきた部品の中から、状態の良いものを選び出す。
サイズを合わせ、削る。
何度も当てては外し、また削る。
カリ……カリ……
ヤスリの音が小さく響く。
「それから、小指側のピストン。」
細い部品を手に取ると、先生は義手の内部へ組み込んだ。
「ここは、ゆっくり圧をかけていく。」
「圧を?」
「元のパーツに馴染ませる。」
そう言いながら、先生は本当に少しずつ力を加えていった。
ギ……
ほんの僅かに動く。
一度止める。
また少し。
ギギ……
その様子を見ていた隣にいる兄ちゃんが、ふと口を開いた。
「先生にしては珍しいですね。」
「なにがだ。」
「修理の仕方が。少し手こずっているように思います。」
先生の手が止まった。
「……そうなのか?」
「はい。」
確かにそうだった。
素人目に見ても、ゆっくりと何かを確かめるように作業している。
部品を当てては外し、別の部品を手に取ってはじっと眺めている。
俺には、その違いがよく分からなかった。
ただ、先生がいつもより慎重なのだろうことだけは伝わってくる。
「難しいよ。」
「え?」
先生は義手を見つめたまま答えた。
「どこまで残すか。」
その言葉に、思わず義手に目を落とす。
「部品の耐久度合いと摩耗を見ながら、直す。」
先生は古い部品を手に取り、指先で表面を撫でた。
「すぐ壊れても意味ない。」
そして、交換する予定の部品をいくつか並べる。
「でも、交換する部品が多いと……」
少しだけ間が空く。
「この子じゃなくなる。」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
傷だらけの金属。
何度も交換したネジ。
削れて丸くなったボルト。
俺が何十年も使ってきたもの。
先生は、それを一つずつ確かめていた。
部品を選んで。
削って。
磨いて。
組んで。
また外して。
ほんの僅かに調整して。
まるで、人間の外科手術を見ているようだった。
やがて先生が、小さく息を吐く。
「……よし。」
最後のネジが締められた。
先生は義手を持ち上げると、俺の左腕へ取り付ける。
カチャリ
固定具が噛み合う。
「動かしてみて。」
恐る恐る、指を動かす。
ぎこ……
少し引っ掛かる。
「もう一度。」
ゆっくり力を込める。
すっ……
指先が動いた。
小指。
薬指。
中指。
人差し指。
一本ずつ、確かめるように動かしていく。
力を入れる。
抜く。
もう一度、握る。
……動く。
何十年も使ってきた、あの感覚。
新品の硬さはない。
傷もある。
錆も残っている。
見た目だって、以前とほとんど変わらない。
なのに。
ちゃんと、手に馴染んでいる。
「……これだ。」
思わず呟いた。
先生は何も言わず、義手の動きを確認している。
「ありがとうございました……先生。」
深く頭を下げる。
「うん。」
先生はいつもの調子で頷いた。
「調整するから、一ヶ月後にまた来るね。」
「ははっ。ありがてえ。」
その言葉が、妙に嬉しかった。
まだ、この手と付き合っていける。
そう思えた。
二人が帰ったあと、俺は工場長のところへ向かった。
「工場長。」
「おう、どうだった?」
俺は左手を持ち上げる。
指を動かす。
「……直りました。」
「そうか。」
工場長は嬉しそうに笑った。
「そりゃよかった。」
「迷惑かけました。」
「なに言ってんだ。明日からまた頼むぞ、ゲンさん。」
「ウス。」
その夜は、いつもより少しだけ長く左手を眺めていた。
そして翌朝。
いつもの工場。
いつもの機械音。
いつもの旋盤。
いつもの仕事。
俺は作業台の前に立つと、左手を見つめた。
ゆっくり指先を動かす。
……動く。
もう一度。
今度は力を込めて。
しっかりと動く。
「……まだ、働けるんだな。」
思わず、左手を撫でた。
傷だらけの金属。
何度も直してきた相棒。
昨日までなら、もう限界だと思っていた。
でも。
まだ終わりじゃない。
俺は旋盤の前に立つ。
新しいシャフトをセットする。
レバーを握る。
蒸気機関が唸りを上げる。
ゴウン、ゴウン……。
そして。
「あとひと踏ん張り、よろしくな。相棒。」
シャー――――。
旋盤が回り始める。
金属を削る音が、工場いっぱいに響いていた。
今日もまた。
俺と相棒の仕事が始まる。
ついに三話まで書けました
更新頻度は遅いですが、書きたいこと書いていきますので、今後ともよろしくお願いします
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