☆泡蘭とお香☆
息を整え、小泡の部屋に入る。
「わぁ……!」
様々な瓶にスティックが詰められていたり、植物が描かれたパッケージが棚に並んでいたり、いろいろなタイプのお香があるようだ。
他にもいつもの戟と弓、そして片刃剣。
「その弓はソル帝国兵になるために選んだ武器ですわ。そっちの片刃剣は『黒……」
小泡が困ったように笑う。
「黒色の片刃剣をイメージして打ってもらったんですの。えっと……あ、思い出しましたわ。泉宮家の武器のお、オマージュ? いえ、えっと、予想模型? そんな感じですわ……」
「へぇ……。じゃあこれを使って戦うことは出来ないんだ」
私が眺めながらつぶやくと、
「いえ、使えますわ。少し使っていましたもの。いつかこちらをメインに据えるのもアリかな、と」
「いいね。お揃いの武器で戦えるの、楽しみに待ってるよ!」
はぇ!? とかなんか言って顔を背けられた。
言い方を間違ったかな。嫌な言い方のとらえ方は人それぞれだし、これは謝ったほうが良いのかな。
でも、何が嫌だったのか私には分からないし、よく分からないまま謝罪するのも違う気がする。
だがここである言葉が頭に浮かんだ。『謝らないで、感謝して。』だ。
私は咳払いをしてから言う内容を頭のなかで整理する。そして意を決して口に出した。
「私と友達で居てくれてありがとね。たまに、ほんのちょっと、頓珍漢だけど、私、みんなのこと、えっと……、その……大…………好き……だから……」
最後の最後で言葉がたどたどしくなってしまった。
自分の気持ちを言うのってこんなに恥ずかしかったっけ。
すると、小泡は私のほうに向き直して、
「あたくしも大好きですわ。そうですわね……、あたくしも阿莉と共に片刃剣で立ち回るのを楽しみにしていますわ」
そう言うと小泡は私の頭を撫でる。いつもよりも心地良い気がする。聞こえないようにありがとうと呟く。
少し経ったあと、小泡は椅子を持ってきて、私を座らせる。
「それでは早速お香について教えますわ。あたくしが良くするのは香木を香炉で熱するタイプ。ほかにも、お茶の葉を熱する茶香タイプや、スティックを焼くだけでいいスティックタイプ、氷茉さんが使っていたドライフラワータイプなど、様々ですわ。特に茶香は使った茶葉でも良いですの。ふふ、貴族の侍女のくせに卑しいとお思いでしょう? 出身が貧乏でしたので貧乏性がどうしても……」
恥ずかしそうに笑う小泡。
「ううん。実は私、元貴族なの。しかも国内で有力のね。今の生活からしたら考えられないでしょ。私のほうが筋金入り貧乏性だよ」
「そうなのですか? 道理で高貴に見えるわけですわ」
「と言っても、礼儀も作法も全部忘れたけどね」
私がそう言うと、小泡は気まずそうに苦笑した。
「でも私、未練とかは全くないよ。むしろ、縁を切れてせいせいしてるくらい。だから、家族ともいえるようなここが好きなの」
私は精一杯笑いかける。それでも、重たい空気がマシにならなくて、小泡の頭を撫でる。
「どう、気持ちいい?」
私が冗談めかして聞くと、小泡は少し驚いたみたいだ。しかし、いつもの優しい笑みを浮かべる。
「えぇ、とっても温かいですわ。少し、ペタペタしてますが」
「ウソ!?」
「ふふ、もちろんウソですわ。いつもかわいい反応をしてくれるから、誂いたくなりますの」
だって、撫でる前にちゃんと確認したもん。イジワルめ。
私の反応が可笑しかったのか小泡は上品に笑い、
「さあ、焚きますわよ。白檀は香木か、スティックか。初めてなら──スティックのほうが簡単でいい匂いですわ」
小泡は棚から瓶を取り出して蓋を開ける。ふわりといい匂いが包む。
「次に、この香炉に灰を入れますわ。これは香炉灰と言いますわ。操国のものは上質で消えにくいのが特徴ですわ。ほかにもツアチャーの鈍石を使う香炉石もあったようですが、今は採掘をしていないようで。代理としてエルダリアや、グレイヴで採れる宝石、フラリッシュを使うこともありますわ」
「あれ、グレイヴって……」
私が疑問を呈すると、
「ええ、政府すらない枠だけの国ですわ。ですが、死体狩りと自称する者どもが自発的に取引をしていますの。まあ、あの国を併合するのはコストに見合わないためいつの間にか不可侵のような雰囲気になりましたわ」
と小泡が返す。
「死体狩りっていうのは……」
「荒れ果てた土地で死体漁りをして弔う人たちのことですわ。ちなみに、墜国と敗国とをこんがらがらせる方がいるようですが、墜国ウィードはルナトが頑張って救おうとしている国、敗国グレイヴはどの国も手を出さない禁忌ですわ」
小泡の説明に頷く。
「あら、いつの間にか話がそれてしまいましたわ。石もありますがまだまだ灰のほうが普及してますわ。だから今回は灰でやりましょう」
慣れた手つきで入れ物に灰を注ぐ小泡。
「あとはもうお香を立てるだけですわ」
灰にゆっくり差し込む。そして、指を弾いて炎を付ける。
私にはできない芸当だ。毎回ルーヴァに頼もうかな。
ついた火の塊を手で仰いで消すと細い煙が立つ。
「いい匂いだよ。甘いものが食べたくなってきた」
前話していたお菓子パーティ今日やっちゃおうかな。
しばらく眺めていると、いつの間にか煙も消え、スティックは灰のなかに埋もれてしまった。
「これは灰の入った袋ですわ。あと、このお香もプレゼントしますわ。一ヶ月くらいは持つかと」
私が白檀のパッケージを眺めていると、ちょうどそのときドアがノックされた。
「いいですわよ」
「……お主らまだ起きてたようだな。文句などではないぞ。我は普段この時間に起きるからな」
時計を見ると太陽があるなら昇るくらいの時間だった。いつの間にか夜が終わってしまっていたようだ。
「ほれ、これをやろう。梅のお香だ。泡蘭のもあるぞ」
「梅?」
うむ、と頷く氷茉。
「ルナトの花でな。何と言うべきか、上品で趣深い香りがするのだ。お香は複数の種類を順番に毎日焚くのがよい。香りに慣れてはせっかくのよい香りが勿体ないだろう」
「へぇ……。あ、そうだ。お香を嗅いだら甘いものが食べたくなったんだ。好きなお菓子はある? クッキーか、カップケーキか……」
氷茉は少し考えたあと、
「甘味か。我は外来菓子に詳しくない故、何でも良いぞ。そういうことなら子どもたちに聞いたほうがよほど建設的であろう。役に立てず、すまぬな」
「ううん。どこか行くなら昼すぎまでには帰ってきてね」
「あぁ。言われずともそうしよう。お主ら、火気には十分に気をつけるのだぞ」
私は頷いて手を振る。
「よし、じゃあ、お菓子パーティの準備しようかな。こんな時間までありがとね。……お菓子パーティの時は茶香炉焚いてもらってもいい?」
「ええ、もちろんですわ。お菓子パーティの準備をされるのなら手伝いますわ」
「え、申し訳ないよ。だって寝てないのに」
そう言うと、小泡は少しはにかむ。
「いえ、戦闘前まで寝ていたのですわ。そもそも、阿莉こそ寝ていないでしょう?」
嘘をついているようだ。だが、手伝ってくれるならありがたい。
「私は本来寝なくてもいいの。なんてったって半神だからね。でも手伝ってくれるならキッチンに行こう」
「ええ、そうしましょう」
私たちはそのままお菓子パーティの準備に取り掛かるのだった。
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缕華の弓
武器種:弓
泡蘭の部屋に飾られた武器。
彼女がソル帝国兵であった時に使っていた武器。
缕華は泡蘭の姉であり、今は操国には居ない。
この弓は素直で優しい殺意を抱く。それは一撃で心臓を貫くことが由来である。
多才な泡蘭は何度も姉を羨んだ。だから彼女は努力家である。
泡も蘭も儚いだなんて言わせない。どちらも強かで、きっと優雅である。
私の足元に咲く花々はいつか枯れる。千年生きる大樹も同じ虚しさを抱くのだろうか。
私は大樹のようにその場に居続ける覚悟なんてない。傲慢な木陰を落とすことしかできないのだから。
泉宮の片刃剣・レプリカ
武器種:刀
情熱に溢れる優しい娘、泡蘭の得物。
彼女は一度帰った操国で鍛冶師、清锤に打ってもらったもの。鍛冶師も見たことがなく、憶測のもとで打たれたため、正確なレプリカではない。
黒い刀身と、スタイリッシュな鞘はとても美しい。
かつての主には会えず、しかし気丈に振る舞う泡蘭はまだ悩む。胸に渦巻く不思議な感情に。
その違和感はいつしか生活の一部となった。そして、小さく絡まっていつしか忘れた。
既視感をまとったその武器は、私を誘う。半神への道と、かつての師について。
鈍石
火山の内部、その中を原産とする石材の一つ。掘りやすいことに加え、割れにくくかつては盾としても使われた。
第三次信仰戦荒の際に大規模な噴火が起こり坑道が潰れてしまったという。
それを輸入し用いていた防衛国が廃れた理由でもあった。
今は円環のうちに眠る。
私のなかには石などできない。熱い感情はすっかり冷めてしまったから。
フラリッシュ
鉱国に繁栄をもたらすことを託し、この名を与えた。
様々な色を織りなすこの宝石は最初、鉱国でのみ採れるとされていたが、敗国でも採れることが分かり価格が暴落してしまった。
それは敗国が墜国ほど落ちぶれない所以である。
宝石は灰を被ってなお美しい。
それが、私を否定する。




