☆掃除屋☆
私は気持ちを抑えながら、周りを見渡し、考える。
ここでやっても良いのだが、血の匂いをヨルメやシアル、バランが嗅いだら可哀想だ。
私は小泡にお礼を言って腕から降りる。
「じゃあ、行こうか」
私は黒き炎を呼び、転移門を足元に開く。皆反応もできなかったようだ。
もう少ししたらマニやマリ、マルあたりは来るだろう。一応ファーニンとザキル、へーレには家に残るよう魔力通信で伝えておく。
ここはいつかの草が伸び放題の広場だ。悪くない。
「なぜここに……!?」
いい感じに混乱しているようだ。いまならイケるかもしれない。
「神ノ恵技 掃除屋」
私がそう唱えると、鎧が崩れた。
錯乱状態にある敵を無条件に倒す権能なのだが、なかなか使う機会がなかった。
"掃除屋"っていうのもそっちの"掃除屋"と勘違いされたら困るし。
私は精錬潔白かつ純粋無垢な掃除屋だ。一切手を染めてないこともないが、足ならいつでもスキルで洗える。
「……ほう、今度は転移門で俺の腕を千切らなかったな」
「冤罪だよ。私、そんなことしないもん」
私は『セイレーン』を取り出す。
おお、やっぱりこういう剣も悪くない。
私のスキルの中で出番を待つほかの武器達には申し訳ない限りだが、今宵はこの子と共に戦おう。
「お前……、国宝を盗んだのか!」
「拾ったんだけど。そもそも国宝じゃなくて人魚さんたちのでしょ」
この武器を汚すのはもったいない気がして、丁寧に防護壁を張る。
素振りをすると、何やら音楽が聞こえてくる。しかしどこかで聞いたことがある気が。
「じゃね」
私は彼の首元に刃を通す。すんなりと首を刎ねた。
しかし、彼の血飛沫には微塵の興味もない。
武器を見て、傷ついていないのを点検して安心する。
やはり日常使いには適さないかな。かっこいいし、好きだから使ってあげたいところではあるのだが。
私は『セイレーン』をスキルにしまう。小泡やリートもだいぶ片付けてくれたみたいだ。
しかし殺し漏れた人がいるみたいだ。
私は漆黒の鎌を取り出す。ソル帝国の敵が落とした鎌だ。
「魔に抗い、目覚めぬ眠りにつけ。コウマの名のもとに」
コウマと名乗った彼は先ほどの思い上がり兵よりもよほどマシな構えだ。
「オリと戦うの? やめといたほうがいいよ、あなたも死んじゃうから」
お、ようやく来たか。
「姉ちゃんは強いよ。降参したら?」
マニも来てくれた。助かるが、そんなに煽る必要もない気がするぞ。
「え、どこ?」
マルのはどういうボケだ? ほら、そこに剣を握った男がいるのに。
まあ戦いたくないのなら無理する必要はない。
私たち三人だけでいいどころか、私だけでいい。
鎌を構えて、コウマの出方を見る。
コウマが持つ剣は白く、普通の武器と大差ないように見える。
しかし、少し漏れる力の波は普通ではない。そもそもコウマ自体が不思議な魅力を持っているようだ。どちらかと言うと天使や堕霊に近しい。
「あなたはなんで来たの?」
私はコウマに聞いてみる。まあ、無視されてしまったが。
剣士は寡黙な人もいるし、そんな珍しいこともない。
「神ノ御力 蒼・絢爛水舞」
水をまとったマニは『青鬼』を持って、コウマを一瞥する。
「神ノ恵技 掃除屋」
「獣力 朱・獣雷!!」
それに呼応するように私もスキルを放つ。風の刃は容易く地面に穴を開けるが、当たっていないようだ。
マリは私とマニの身体に雷の力を与える。
真上から落とされた剣の一撃を既で避け、ガラ空きの背中に鎌で切り裂こうとしたのに、攻撃が通らない。
マニがスキルで攻撃をして、当てたのにも関わらず怯むこともない。やはり、当たってない。
物理はともかく、スキルすら当たらないというのは難しくなってくるな。
「姉ちゃん、こいつの魂、私と似てるみたい!」
良かったな、妹よ。さて、どうすればいいのだろうか。
鎌をしまい、風を纏わせた拳で殴ってみようと思って距離を詰める。
そもそも、物理攻撃無効なら地面の中に沈む気がするが、多分浮いているんだろう。
「だから! 黒き炎なら倒せるってこと!!」
あ、そういうことか。
ふふ、私としたことがうっかりしていた。
「灰化能力 黒・料理屋!」
私は黒き炎を呼び、マニを巻き込まないように攻撃をする。
確かに、初めて魔力の弱体化を探知できた。
ってことは、『黒鬼』でもいいのか。
私は何もなくて悲しかった右手に『黒鬼』を持つ。
「神ノ御力 蒼・絢爛水舞」
マニが私の身体に水の鎧を着せてくれた。
すばしっこく逃げるコウマだったが、マニとマリのおかげで速度が上がった私に少しずつ距離を縮められる。
「じゃあ、殺るね」
背中から一刺しして、地面に押し倒す。お尻で踏んで動きを制御しようと思ったが物理攻撃が無効だった。
地面に沈む前に切り裂いてしまおう。
「阿莉?」
「ん、どうしたの?」
私は『黒鬼』を仕舞い、立ち上がる。
「その武器は……」
コウマが落とした剣を小泡が拾い上げる。
それは一見普通の武器に見える不思議な武器だ。
「──はぁ……、疲れたぁ。帰ろうか」
私の声は何かを言おうとしていたリートと小泡の言葉を遮ってしまった。
反省しながら扉で家とつなげる。
そこで思い出した。血の匂いがついてるかも。
「キレイにしてから行こうか。神ノ恵技 掃除屋」
地面に残る死体を全部回収しながら、こびりつく魔力の残滓と汗と血痕を綺麗にする。
これで憂いなく帰れるな。
「阿莉、あたくしの部屋においでください」
門を通ったあと、小泡が私にそう話しかけてきた。
「うん、わかった」
小泡についていけばいいだろう。そう言えばあまりこの家を探索したことはなかったな。
小泡の部屋は氷茉の部屋の目の前だった。興味に抗えずに氷茉の部屋を私がノックすると、可愛いパジャマを着た氷茉が出てきた。
大きなあくびをすると、氷茉は私を見て、口を開いた。
「夜更けの戦闘はどうだったか? ファーニンが背の泡を持たないから来たのか? ふふ、暇な奴らよ」
そういうことで来たのか。私が何かやらかしたのかと思ったが、私だけのせいではなさそうだ。
「なるほどね。……あなたこの部屋に来てから何日目?」
おそらく彼女は相当な本好きだ。天井に届くタイプの本棚が4つ、少しキツそうに収まっている。
「一ヶ月くらいか? ……あぁ、この本棚はもともとあったものだぞ。本は我のだが。読むか?」
小泡と目が合い、頷き合う。
氷茉の部屋に入ると、これまたいい匂いがする。匂いに気を配れる余裕が羨ましい。
「これは何の匂い? いい匂いだね」
「良いだろう? 金露構という花の香だ。魔力を吸って育つ故、特有の香りをしておる」
金露構……どこかで聞いた気がするけど思い出せない。
そんな人の名前だった気もするし、スツェーナ大陸のどっかで聞いた気もする。
「ここからここまでは赤葉先生の本。主様のご友人であるから、応援も込めて全て買って読んでおる。他にもここは随筆だし、ここにあるグレー先生の恋の詩なんかも面白いぞ。ここは旅行誌、7年分の新聞スクラップ、ここは論説系の本だな。グレー先生を除いたら全員が知人だ」
人脈広すぎじゃない?
「赤葉先生とお知り合いとは……」
小泡が呟く。
「ああ、赤葉先生は不思議な漫画を描きになるからな。ファンも多いと聞く。特に、『泉宮家物語』は国外人気もあるらしい」
「そうですわ。あたくしの主様もお好きですの。特に、島流しのシーンがお気に召したそうで」
「ほう? 陰謀が露呈したあとの段であろう? お主の主殿とは趣味が合いそうだ」
「泉宮家というのは月魄の国に実際いらっしゃった家系なのだとか……?」
「ほう、よく知っておるな。今はもう滅びてしまった家系だ。筋道に関してはほぼ史実通りだぞ」
私を置いて会話が進んでいく。
「氷茉、あとでそれ貸してよ」
私がそう言うと、
「もしや……読んでおらぬのか? ふむ、いわゆるネタバレをしてしまったようだ。そうじゃ、これをやろう。主様が、好きな本というのは三冊づつ持つのがよいと仰っていてな。観賞用、読書用、贈与用なのだとか。ゆえに気にせず受け取るとよい」
氷茉が木の箱を取り出し、私にくれた。
「全13巻だ。確認するとよいぞ」
蓋をスライドするとゆったりと13巻収まっていた。
「いくら?」
「ふふ、そんな押し売りのようなことはせぬ。普段食を振る舞ってもらっているからな、それくらいは払わせてくれ」
でも本って高くなかったっけ。
「もしそんなにお金のことを気にするのならマニたちにも貸すとよい。そうすれば一人当たりの金額は下がるだろう?」
「……わかった、ありがとね。ゆっくり読むとするよ」
「うむ、感想を待っておるぞ」
私はスキルのなかにしまう。
いつもこんな感じで適当に放り込んでるし、こんど整理しようかな。
覚えてもいないような武器とか服とか出てきそうだし、ありだな。
「じゃあ行こうか」
「ええ。氷茉さん、お邪魔しましたわ」
「ああ。気にしないでくれ。おかげでよい夜になりそうだ」
氷茉は手を振ってから、ベッドに入った。ベッドサイドに散らかった本たちは氷茉を見守っているようだ。
「電気消そうか?」
私は部屋を出る前に氷茉に聞く。
「気が利くな。今頼もうと思っていたところだ」
私は電気のスイッチを押す。カチッと音がなって電気が消えた。
最初はろうそくのほうが慣れていたからそうしていたが、だいぶ電気の明るさがもたらす便利さを知ってきた。
「おやすみ、よい夢を」
「あぁ、お主もな」
ドアをゆっくり閉める。月は、あいも変わらず姿を見せていない。
少し寂しい廊下は花の匂いがした。
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コウマの剣
武器種:直剣
死ねなかった者、いわゆる死免者コウマが持っていた剣。彼の魔力に良く馴染み、それゆえコウマを観測できない者には見えなかったのだろう。
刀身は手入れされ、装飾も特にない。
しかし、ツアチャーの万華平原にいる鍛冶師の名が刻まれており、意外と高性能である。
死ぬというのは本来スキルの喪失を指すのだが、スキルを持っているまま死ぬことが稀にある。
そういう者は観測が難しくなり特定の条件を満たすものにしか見ることができなくという。
時間とは不思議なものであり終わらない苦悩はすでに失った。
私には花が足りない。色のない髪をごまかす花が。




