☆フール孤児院・2☆
ぼやけた輪郭をなぞって補填する。
境界線がしっかりしてきて、安堵のため息が出た。長袖を脱ぎ、いつもの服に着替える。
そろそろ出発の時間だ。
頬を右の掌で叩く。抜けたままじゃだめだ。
「行くよ」
フール孤児院に前回行った時思ったが少数の方が動きやすい。
だから今回はファーニンとヴェレーノの2人を連れて行くことにした。
氷茉は私が行くということでファーニンの護衛という任務を1日だけ放棄してもらった。
私がいるだけで堕霊か天使の3人がついてくるし、ファーニンを怪我させることもないだろう。
孤児院の前で私はもう一度ため息をつく。
今回も裏口から入ることにする。
「真っ暗だからね。暗闇に目は慣れた?」
私がファーニンに聞くと彼女は小さく頷いた。
その反応を見てから薄く光っていたランタンの火を消し、音を立てないように扉を開けた。
今回の目標はフール孤児院の悪事を暴くこと。そして、非人道的な実験を終わらせること。
「サヴダシク、セレイアおいで」
私は一旦二人を呼ぶ。
「なぁに、オリちゃん?」
「うん、あなたたちには一階部分の職員を制圧してほしいんだ。終わり次第、児童を助けてあげて」
「了解です。さあ、お姉様、早く行きましょう」
私が指示するとサヴダシクはさっさとセレイアを連れていなくなった。
「よし、じゃあ上に行こう」
私たちは階段を登り、懺悔室の前までやってきた。
しかし今回は懺悔室に入る必要はないからスルーする。
「あれ、なにこれ」
ヴェレーノが指したのは壁にかかった額縁に入れられた文章。
「フールの海はただ広く、フールの空はただ青く、ひとりの子も見捨てない、我らは優しくあり続け、我らの命で花が咲き、親の心に従おう、辛いのは世界のせいだから、親は我らを救うから…………なんの宗教かな?」
ヴェレーノは額縁の文字を読み上げる。
「……我が父たちは道であり、我が母たちは導きで、涙はなにも与えない、我らは笑顔であり続け、我らの命で子集まり、親の心に従おう、辛いのは正義のためだから、我は弱気を捨てるから」
額縁も見ずに淡々と喋ったのはファーニンだった。
「それは"児童の志"って曲の歌詞だよ。この部屋の中で毎朝歌唱するの」
ドアを開けると小綺麗な大部屋があった。ラジカセが置かれた机には歌詞が書かれた紙がおいてある。
それをよく見ようとしたら私たちの物音で起きたのか職員が数人やってきた。
手に持つ棍棒は黒ずんでいて何度もそれで子供を怪我させてきたのだろう。
「バカ」
私は『黒鬼』の柄で額を思いっきり叩く。メキッと鳴って職員が倒れる。
「私、嫌いなの。本当に許せない」
殺してはいけない。だから私は『黒鬼』を手放し、右肘で横から顎を殴る。
さらにもう一人の脇腹に回し蹴りを入れる。耐えられたからよろめいた隙にみぞおちに膝蹴りをお見舞いする。
多分気絶はしないから、脳天に右肘を落とす。鈍い音が鳴り、職員は倒れた。
私は小泡から借りた糸で3人を縛り付ける。少し苦しいかもしれないが我慢してもらう。
「次はどうするの?」
私がファーニンに聞くと、彼女は、
「今、先生が出てきた部屋の奥に児童がいるはずだよ。そこの部屋が先生室だから」
ファーニンは私があげた剣を腰に刺してその部屋に入っていった。
私もそれについていくと、白を基調として整理された先生室はさまざまなトロフィーや表彰状が飾られていた。
「"児童特別保護施設安全賞金賞"、"児童特別保護施設親善賞銀賞"、"児童施設外活動賞金賞"、"児童発明賞特別賞"、"世界児童保護推進委員"からの特別トロフィー……」
私はショーケースに飾られた様々な賞状を読んでいく。
「年別の総児童集合写真集……?」
すべての児童の個人情報と、働き先とともにまとめられた1年ごとの集合写真。
パラパラとページを捲っていると、数年前の欄にファーニンの写真を見つけた。
『黒種草を■■■から引き取る。種族は人魚。写真に間に合うように人化措置を取る』
挟まれた紙にはそう記入されていた。
人魚がこの世界にはいるのか。いや、それとも──。
「オリ見て」
ヴェレーノが何かを持って私の元までやってきた。できる限り冷静を繕う。
「なにこれ?」
「この施設の売上」
寄付金や児童たちで作ったお菓子とかだろうか? 私の祖国でもそういう販売があり、冒険が終わったあととかよく買っていた。
なんか良いことした気分になるし、マニにも無駄遣いだと咎められることがないのが良い。
「"音かご"の販売額って……ここが販売元だったんだ」
スーパーのかごがここで作られているってことか。まあ、おそらく皆に言えるような製造方法ではないだろうが。
「お前ら、何をしている!」
奥の扉が開いて慌てた職員が入ってきた。おそらく私たちを脱走しようとする児童か何かだと思っているのだろう。
私は答えずに薄い暗闇で職員の首を強打して気絶させる。
開いたドアからは明かりが飛び込んでいるのに異様に静かだ。
私たちは少し資料を漁ってからそのドアの奥に向かう。
薄ら明かりに包まれた廊下の奥には階段がある。とてもきれいで、よく掃除されている。
階段を登りきると、冷え切った空気が私たちを迎え入れた。
今の時間は夜のはずだ。なのに明るいのは児童の動きを監視しやすくするためだろうか。
もしここが、一人のリーダーのもとの恐怖によって従わされているのなら簡単なのだが、おそらく国も一枚噛んでいるだろう。
ついこの間まで私たちがいたような粗雑な檻の中には子どもが質素な布切れをかけて寝ている。
いやに静かだ。しかも、その多くが痩せこけているみたいだから十分な食事はしていなさそうだ。
それはバランセルを見ていれば分かることだが、ここまでひどいとは思っていなかった。
そうは思ったがある檻の中から歌声が聞こえた。掠れていて、ほぼ聞こえないくらいの声量で。
私は感情の処理に困って、階段の近くにある大きめの部屋に入ってみる。そこは勉強道具が丁寧に置かれている。
ファーニンが職員用の机に置かれた本状のものを開く。バッと光が飛び出し、思わず目を細める。
「この画面を見て」
綺麗な文字が浮かんでいる。中身は手紙のようだった。
『拝啓 晩秋の候、皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、早速ではありますが、私共が今回お願いしたいのは予算の追加についてであります。
というのも、我が国からの予算の減少により思うように実験できていないのです。つきましては、御社との協力をより一層強めたく思います。勝手なお願いで恐縮ですが、何卒、ご検討いただけますと幸いです。
失念しておりましたが、鬼灯の準備が整いました。
落ち葉風に舞う折、ご自愛専一にお過ごしください。 敬具』
ファーニンは私が読み終わったのを察して操作を再開した。
「返信もある」
カチッと言う音とともに手紙と対応する内容の文章が表示された。
『かわいそうな話だ。私たちに贈ったイヌホオズキはすぐ枯れてしまったよ。舐めているのかは知らないが、あんなすぐ腐るものならいらないな。だが、私はあんたらに期待している。せめて次は言ったものを送るように。金も送っといたぞ、感謝してくれ』
芋づる式にどんどん新しい連絡が出てくる。
『拝啓 木枯しにひときわ寒さを感じる季節となりました。年も終わる頃ですね。
さて、今回発送に手違いがあったこと、心より深くお詫び申し上げます。
おそらく、長旅でネジが緩んだことが原因なのではないかと考えました。今度こそ、期待に応えられるよう、最新作を発送させていただきたく思います。
今まではプロンプトに従わない欠陥品も紛れてしまっていたかと思いますが、今回はそのような不具合をなるべく取り除けるように改善を重ねました。
そうして咲いたのが、今回贈らせていただきます、蒲公英です。きっと踏まれても文句を言わないことでしょう。
それでは、どうぞおすこやかに新年をお迎えになられますよう、お祈り申し上げます。 敬具』
ファーニンは矢印を動かして次の返信を開いた。
『今回はまともな花だった。ちゃんと使えるぞ。乾燥花して82号とした。また頼むぞ。おっと、言う必要もないと思うが、お金はもちろん振り込ませてもらった。今後とも頼むな』
ファーニンは本を閉じた。ヴェレーノは何も言わないが、なんとなく何を思っているか想像がつく。
「地下に製造施設があるみたい。そこに行こう」
私たちはざらついた口をどうすれば良いか分からなかった。
フール孤児院の棍棒
武器種:棍棒
フール孤児院でよく使われる子供を殴るための武器。
フールでただ無情のまま子供を育て外に売る商売をしたフール孤児院で、言うことを聞かない子供はこれで殴りつけていたそうだ。
血が染み込んだこの棍棒は証拠となり、フール孤児院を追い込む。尋常の孤児院ではそんなことをしないのに、この国では常態化してしまっていたようだ。
私は彼らを許さない。数千の犠牲になった魂を、呪いから解き放つために。




