☆人魚姫とセイレーン☆
地下は蝋燭の明かりが照らしていた。
機械音が鳴り響き、音のせいか地面が震えている。
すぐ近くのドアを開けるとほこりっぽい部屋に大型の機械が置かれていた。
夜中のはずなのに多くの子どもたちがそこで働いている。
すごい集中力で私たちにまるで気がついていない。まだ我慢だ。
もしかすると、強制じゃなくて自分から手伝っているかもしれないから。
「あれ、君はぁ……ああ! 人魚姫だね。ほら、あなたが持ってきてくれたの聖揺器でしょう?」
薄ら明かりに照らされた横顔はオレンジ色の髪の女性を縁取る。
「唄う黒種草がうちから出ていったときの忘れ物だったっけ? ああ違うわね」
私は『黒鬼』を持つ。
ようやく見せた顔には恐ろしい笑みが浮かんでいた。裂け目のような傷は彼女の人生がどのようなものだったのかが現れている。
「あなたがくれたんだよ。私たちにね」
その剣は邪気に満ちてなお、神聖を保っている。
「ちがう、違う……」
「まあ、違うわけないわ。だって、あなたがくれたんだもの。もしかすると一族に裏切られたのかもしれないわ。それならそれでとっても面白い楽譜ではなくて?」
ファーニンは明らかに動揺している。
「ふふ、その表情いいわね。歌詞にできたら最高よ。オリヴィア、あなた私の歌詞気に入ったみたいね」
彼女は背を向けて壁を撫でる。すると、壁が泡に触れたみたいに消えた。
「今私を殺さなかったのはなぜかしら? ……ふふ、気になるならおいでよ」
私は罠を仕掛けようと思ったができそうに無かった。もしかすると、子供たちがこちら側にやってくるかもしれないからだ。
私はファーニンと目を合わせ、ついていくことにした。
「フィヤルナ、そこで私たちを見守ってて。あの2人が来たらセレイアを外に残して中に来て」
「おぉ。僕のぉ……番だねぇ。任せてよぉ」
フィヤルナの言葉を信じることにしよう。
そうして私たちは彼女が消えた部屋に入っていく。
中は今まで以上に暗くて、目を凝らす。
「あら、失礼。電気をつけるわね」
閃光のような光のあと、部屋が明るくなる。
「人魚姫ちゃんは確かラティス出身なのよね? 海巨人の都に住むってあなたが言ってたわ」
「私はフールの海だよ。その情報は私のことじゃない」
「あら、ありがとう。やはりそうね。フールにもたくさんの資源が眠ってるみたい」
彼女はいつでも殺せそうなのに、その実一歩足りない。
私が少し近づくと避けられる範囲まで下がる。ファーニンは力の抜けたまま声を漏らすように言う。
「資源って……」
「あら、鈍感ちゃんは分からない? 人魚をもとにした機構群はとても人気なの。恭順で扱いやすくて、美しい。肌もとても綺麗で食費も海藻さえ用意しとけばいい。そうでしょう?」
私はそろそろ耐えられそうにない。
「怒らせちゃったみたいね。私は仲良くしたいだけなのに、残念だわ。オリヴィア、いや、英雄ちゃんの力があればお金儲けなんて楽なのにね。どう、私に協力しない? 儲けは折半、かなり譲歩してるわよ」
私は『黒鬼』に力を込める。
「答えは無い。だって、言う必要がないもの」
私は、『黒鬼』に乗せた手を動かさない。私が剣を使うことは向こうも警戒しているはずだから、裏をかかないと。だから、圧縮した魔力でスキルを解き放つ。
無詠唱の弱みである威力の低下を溜めの時間で補う。あとはこの世界特有のスキルは非殺傷であるという常識で不意を打つ。
しかし、彼女は黒き炎に包まれてなお、息をしていた。
「とっても熱い拒否ね。いいわ、あなたを殺す」
刃の広いその武器は私の『黒鬼』で弾くのは難しそうだ。
「あなたのことを日記に書くから名前をちょうだい」
私は『黒鬼』で受け流しながら名乗らせる。
「いいわよ、日記を書く機会もないだろうけどね。私の名前は福蔓よ。それともこっちのほうが良いかしら?」
真紅の舌には『60』という刻印が見える。
「一分よ。一分で片付けてあげる」
福蔓が床を強く踏み込むと同時に強い衝撃波を生み出した。それは容易く天井を突き破り穴が空く。
私は彼女を追うために外に出る。ひんやりとした空気が私の肺を満たす。
「水構 三実ノ相網」
オレンジ色の結界が福蔓を包む。
そして、振り抜かれた剣を『黒羽の剣』で弾く。私は福蔓に反撃を入れ、バリアを断つ。
音に惑わされないように前を向くと、目の前まで刃が迫っていた。再び弾いてそのまま首を狙うが、コーティングのせいかうまくダメージを入れられなかった。
「チッ」
福蔓は舌打ちをして、距離をとる。その手に剣は持っていなかった。
首を撫で、じろりと私を睨んだ。
「約束を破ったね。もう一分経った、これはお姉さんが預かる」
私は武器を見せつける。
しかし福蔓は至って冷静だった。
「──失敗報告を送信。撤退します」
一気に離陸し、去っていく機体を私は追いかけずに見届ける。
「……大丈夫?」
風のバリアを解除してファーニンを助ける。
「私が、助けたかったのに」
ファーニンは長いまつげを寂しそうに揺らした。
私は、なんて言えば良いんだろう。
「……歌ってよ。フォムシ・プスリーナだっけ。それで、私は助けられそうだから」
ファーニンはそれだけでいいのか、とでも言いたげだ。そして、覚悟を決めたように、
「歌詞はまだつけられてないんだ。だから、鼻歌でも良い?」
私は頷く。咳払いのあと、ファーニンはハミングを始めた。
不思議なリズムだ。不安定で、儚くて、壊れてしまいそうな、そんな音程。
それが心をつかんだ。確かに、これに歌詞をつけるのは間違いなのかもしれない。
人はこれに、歌詞をつける能力は持ち得ていないだろうから。
「……ねぇ、オリヴィア。子どもたちのぉ、解放の準備はできたよぉ。だからぁ、落ち着いたらぁ、教えてねぇ」
フィヤルナの言葉で私は音楽の世界から抜け出した。
いつぶりかの涙を拭い、声を出そうとして、だが出ない。だから、私は精一杯笑う。
「……泣いてくれてありがと。私、人魚姫だから歌は上手いの」
私は何度も頷く。
そのあと、私は落ち着きを取り戻してきた。
子どもたちを解放するような場所はないから、館内を清掃して不自由を強いるような壁に穴を開けた。
食事もかなり粗末だったから買い集めたヴァルメシを配る。
とりあえずその日だけは栄養と味を考えて私が作ったのだが、さすがに費用がかさみすぎる。
あと少しで政府を丸ごと入れ替えられる予定だからそれまでは私が責任を持って出費をしよう。
どうしてもここを離れたい子供のメンタルケアなどやらなければならないことは山積みだが、ファーニンの顔が効くお陰で問題の後送りはできた。
きっと未来の私が解決するだろう。……今の私に文句を言いながら。
「あたしに作り方を教えてください」
私が2回目の調理中にそう話しかけてきた子がいた。
「えっと……君は」
「『シーソー』です。……え、ごめんなさい、言い方が気に障ったでしょうか?」
「え、違うよ。その問題があったなって。……君はヴィッペと呼ぶね。遊具で呼ぶのは私が嫌なんだ」
分かったような、分かっていないような反応をされた。
分からないなら、分からないほうがいい。だって、その残酷さは私が分かっていればいいのだから。
「お好きに呼んでくだされば」
「うん、で、確か料理の仕方を知りたいってことだったよね。いいよ、全然教える。今回はお肉丼。大量調理がしやすいからね」
私は市場で仕入れた30本の人参をざく切りにしていく。
さらにタマネギも同じように切る。
それに砂糖を醤油に溶かしたやつと、料理酒とワインを混ぜる。比率は"直感"だ。私ともなるとそれくらいヨユーなのだ。あとは姜でも加えておこう。
それに肉とタマネギをぶち込んで二十分ほど混ぜれば出来る。
お米の炊き方はヨルメ師匠に教わったからそれを教えておこう。
パンは作るのに時間がかかるし、焦げたりして失敗したら無駄になってしまう。その反面、お米であれば失敗しても焼けばいいし、肉のタレでベチャベチャにしてしまえばいい。
それに、お米の名産地が近くて輸入もしやすいからそもそものコストが安い。
ヨルメや、氷茉、小泡達の影響もあるが、私も最近はお米を食べる機会が増えきた。
だからこそ、今回はあえて"お肉丼"を選んだのだ。
「調理工程はほぼ終わり。お皿を準備して」
正直お皿の準備はしきれなかった。だから、30枚だけ用意して食べ終わり次第洗って次の子どもたちに出せば良いという方法に至った。
まあ、その皿もこの孤児院生産だと知ったときは驚いたが。
私は夕食を作りに戻る、とだけ伝えて孤児院を離れる。
今日はまだまだ終わらなさそうだった。
いきなり小泡に誘われ、田中船長の航海で泡歌島までやってきた。
「忘れ物をしてしまいましたわ」
寂れた施設のなかには誰もいないのに誰かが頻繁にやってきている形跡があった。
"泡蘭の部屋"と書かれた部屋に入る。すぐに、
「ありましたわ。わざわざついてきてもらったのに何もしなくて、申し訳ないですわね……」
泡蘭の部屋からは甘くていい匂いがする。
「ううん、大丈夫」
あっという間にすることも終わり、田中船長のもとに戻るのだった。
泡謡ノ剣
武器種:聖揺器・楽譜
5本の筋が通った優雅な白の武器。聖揺器の一つ。
剣を振るうたびに、柔らかい歌声が響き、戦場を錯乱させる。
セイレーンらは墓石から溢れ、星屑の涙が集まった神なる川に住まうという。
一人の鍛冶師は世界を渡り神となった。雷を喰らう川に落ちた彼は、歌を閉じ込める武器を打った。
星の中で、私はかつての仲間を探す。たとえその時心の内をさらけ出せなくとも。
黒羽の剣
武器種:黒羽・剣
羽紋のある美しい剣。
斬ると音がする。首を斬ると耳を突き刺すような高音が、スキルを斬ると耳を飽和するような低音が。
それは戦場を掻き回してゆくだろう。
黒羽は音を愛する女性で結成された集団だったという。
全てを理解するというのは決めつけ、立場を押し付けるということになる。だから彼女らはいつしか離れていってしまった。
羽を休め、ただ一人で居るよりも私は仲間と一緒に居たい。だから私は死ぬまで旅を続けるのだ。




