推し会議⑥
そして、談話の内容は移り変わる。
アニィは自滅したイムリィ一味の最後の1人、ゲイスと対話した。
詳細な会話の内容は知られていない。ただ、アニィは仲間達、そしてビッグワンハウス姉妹にこう語っていた。
――『殺す価値もない』と。
ゲイスという人物について、記録に残っているのは住民台帳と病院での診断書だけだ。
両腕と両足を失ったほか、内臓が原形をとどめぬほど損傷していた。
それでもなお生きていたのだが、治療を受ける前にアニィと対話した末、精神が崩壊し始めた。
傷の具合が落ち着いてきたところで、住民台帳の住所に送り届けたところ、彼が住んでいたヘクティ村は潰滅していた。
その惨状を見届けたゲイスはついに発狂。村の跡地に住み続け、森と化した前後の時期に狂死したのである。
アニィが彼に何を言ったのか。詳しいことを知っているのは、今となってはアニィ自身ただ1人である。
ただ、アニィは隠したがっている様子はない。言う必要も無いとして、誰にも言わないだけだ。
プライバシーにかかわる事であろうという気遣いから誰も訊けずにいるが、訊けば話してくれる…
と、ビッグワンハウス姉妹とプレムは聞いていた。
「村ではとくにその子に虐められていた、ってアニィちゃんは言ってたわ。
しかも実のお姉さんと一緒に虐めてきたって」
「お話をきいた限り、その2人が特に熱心にアニィ様に暴行を振るっていたと…
当時アニィ様がドラゴンに乗れず、魔術も使えなかったから、という理由でした」
「わふ」
モフミナーサが言うと、モフミーヌとチャウネンが言葉を添える。
ヘクティ村は古くカビ果てた因習に囚われ、それから外れたアニィをひたすらに蔑んでいた。
しかしアニィはプリスと出会い、魔術に開眼。村人を一方的に蹂躙した邪星獣を、プリスと共に討ち滅ぼした。
だがそんなアニィを前にして、それでも村人はアニィを役立たず呼ばわりしたのだ。
自身から全てを奪わんとする村に、ついにアニィは怒りを爆発させたのである。
その後は姉妹やプレムもアニィ達から聞いている。
というより、村の消滅を公文書として残したのが、ほかならぬモフミナーサであった。
同じ町に住むだけに、モフミーヌはアニィからはたまに当時の事を聞かされることがある。
これはつまり、アニィが既に当時の事を話せるようになった、つまり苦痛ではなくなったことを意味する。
勿論平気ということは無いが、それでも話すことはできるようになった、ということだ。
現代社会で言う所、PTSDが寛解しつつあるという所だ。
それは喜ぶべきことだと思いつつ、それでもアニィの心に深い傷をつけた男に対し、モフミナーサは怒りと虚しさを覚えながら言う。
「ヘクティ村から出ちゃったのが、あの子の運の尽きっていう所ね。
魔術が使えない人もいるって、協会では認知されてるんだもの…
それにアニィちゃんはプリスさんに乗って魔術も使って、連邦の人たちを何人も助けた。
あんな子が今更どうこう言ったって、事実を覆せるわけがないんだわ」
「きゅ~」
まったくだとうなずくゴマリントン、そして姉妹たち。
結局のところアニィとヘクティ村、そしてゲイスとの因縁は、はた目にはその程度で済まされるのである。
深い因縁だと考えているのはアニィ自身だけで、今となってはそれも解消されつつある。
そしてヘクティ村の記録は、今となっては公文書にその解体、そして跡地が大陸南部の港湾都市開発に利用されることだけが残っている。
加えて、もともと周囲から断絶された村であったため、実は村人以外に自治体としての村の存在は知られていなかったのだ。
行商人も「苦労してあの何だかいう村だか集落に行く必要がなくなった」と喜んでいた。
アニィ達が旅を終えた今、本当の意味でヘクティ村の存在は消滅しつつある。
そして議題は最終決戦へと移る。
と言っても彼女達が知っているのは、決戦前、決戦中の地上の事、そしてパル達が先に帰還してからのことだ。
宇宙で何が起こっていたのか、今となってはアニィ達しか知らない。
そんなわけで、自然と話題はオーダムを訪れた職人たちや、決戦中の地上での出来事のことになる。
まずは職人を招待したことについて。
実はこれはモフミナーサや政府が言い出したことではなかった、という話だ。
「あれを提案してくれたのって、実はプレムさんなのよ。
アニィちゃん達のサポートをオーダム市内の職人さんに任せて大丈夫か、って。オルダールさんが心配してて。
丁度そんな時だったわ、アニィちゃん達が出会った職人さんを呼ぼうって」
「きゅっ」
「アニィ様達がオーダムにいらしてまだ日が浅かったので、では親しい方をお呼びした方が話しやすいと思いまして。
それにアニィ様達と親しい方なら、きっと素晴らしい武具を作ってくださるだろうと」
「大正解だったのでゴザルな。ちなみにアムニットどのは超ウッキウキでござった」
「ポンポコ」
プレムが発案したのは、アニィ達がオーダムに来て何ディブリスか経過した頃だ。
当時オーダムで知り合ったのは、モフミナーサとプレムの他、国家保安維持機構長官のオルダール、連邦議会議長のステイトメン、内科医のメディッシュ。
イムリィ一派から身を護るために迂闊に出歩けず、武具の工房や商店には殆ど行けなかった。
そのために現地で武具のメンテナンスがなかなかできず、邪星皇との闘いに向かうには心許なかったのである。
それをどうにかしようと思い立ったプレムの発案が、職人たちの招待であった。
この発案は大成功に終わった。
アニィ達にとっては信頼できる職人、職人たちにしてみれば友人や恩人という良好な関係から、決戦前に最高の装備を整った。
邪星獣や邪星皇相手には命の危機となるほどの傷を負ったものの、当時の装備でなければ生き残れなかったと、アニィ達当人の証言がある。
特に助力となったのは魔術の増幅機能だ。
消費する魔力を減少させ、戦闘を含めた長時間の魔術行使が可能になり、更にアニィに至っては惑星を一撃で叩き割る強力な魔術も行使できた。
元々アニィは魔術自体が強力、かつ自身の魔力量も相当なものであった。
それを『創星の竜』の魔力の補助、更に増幅機能を用いて強化した結果である。
さらにフリーダが作った宇宙空間用防護壁も極めて強固になり、この星への帰還につながったのだ。
「古代の学術書に寄れば宇宙には空気も重力も無くて、生身だと出た瞬間に死んじゃうっていうことだったけど…」
「職人の皆様方のおかげで防護壁の魔術が完璧になったと、当のフリーダ様もおっしゃっていました」
「きゅ~」
モフミナーサとプレムの言葉にゴマリントンもうなずく。
だがその一方、職人たちにも色々と思う所はあったらしい。
アニィ達の実力を目の前で見たランス兄妹やアムニット、大人として割り切っていたヌーノはともかく。
ジェミィとキキィのカッコ姉妹は、強気なことを言いながら内心穏やかではなかったという。
とくに妹のキキィなど、アニィ達が邪星皇に一度大敗させられたことを知ってからは、夜も眠れぬほど恐れたそうだ。
真夜中に仮設の作業場に差し入れに行った時のことを、モフミナーサはよく憶えていた。
「決戦の前日にキキィちゃんから相談されてね。
アニィちゃん達が帰ってこなかったらどうしようって、考えて怖くて眠れないって。
何をどう言っても気休めにしかならないから、どう答えたものか迷ったわ…」
「きゅ~」
今にも泣き出しそうだったキキィ、そんな妹に付き添う姉のジェミィ。
モフミナーサは姉妹の表情をよく憶えていた。
2人はまだ若く、特に妹のキキィは遺跡での生活の影響で、アニィ達への信頼以上に恐怖が勝ってしまったらしい。
「助けてくれた友達が死地に向かおうって時だものね。
で、姉さんは何て答えたのさ?」
「くま?」
「アニィちゃん達と同じ顔してる、って。
怖くて怖くて、でも支え合って立ち向かおうとしてる人の顔だって言ってあげたの。キキィちゃん達も実際にそうだったのよ。
アニィちゃん達が死なないようにって、一生懸命武具を作ってくれてる。怖い物に立ち向かう人の顔だったわ」
ほうほう、と姉妹たちがうなずく。
長姉というだけあり、モフミナーサは面倒見がよく、また人間観察もよくできる。
多忙な『厄介事引受人協会』本部で受付の仕事ができるのも、それらの技能の賜物だ。
「あの子も邪星皇に立ち向かう勇気を持っていたわ。
だからその勇気を信じてあげてって。本人が信じられないのなら、お姉さんや周りのみんなが信じてあげて欲しいって。
そう言ってあげたら、大丈夫だって立ち直ってくれたわ」
「なるほど、流石我らが長姉にゴザル」
「ポンポコ!」
そしてアニィ達が既に眠った真夜中の相談…
ということは、モフミナーサも真夜中に仕事をしていたのだ。
押しの強い性格の妹達と比べ、一見すると目立ったところが無いようには見える。
しかし国政に関わる仕事も行う協会本部で仕事ができる、長姉モフミナーサはそんな人物だ。
政治家からの信頼も厚く、当時はアニィ達の世話を政府から直々に頼まれていたほどである。
「それからは決戦の日の朝まで、ずっと武具製作を続けてくれたわ。
おかげでアニィちゃん達は邪星皇を斃して、皆帰ってこれたし」
「きゅっ」
アニィ達に加え、職人たちのケアまで担当したというのだから恐れ入る…
と、姉妹たちは長女を尊敬のまなざしで見つめた。
そして新たな友の無事のために励んだカッコ姉妹の尊みを妄想し、またも吸い込むのであった。
ンスゥー
そしてその翌日、ついにアニィ達は決戦の場へと向かうことになるのだが。
オーダムではなく連邦の他の自治体に邪星獣が出現したことがモフミーヌの報告から判明。
ヘクティ村の子供達…愛する妹のチャムが襲われたのではないかと、パルは不安にかられてしまった。
邪星皇がチームを観察し続け、パルが仲間の中で最も精神が安定し、精神的支柱になっていることを分析した結果の攻撃だ。
特にアニィにとって、パルとパッフはプリスとは違う形で心の支えとなっていた。
パルの唯一絶対の弱点、大事な妹の存在も、邪星獣の記憶が邪星皇に伝わった結果、知れ渡ったことだ。
だがそこで人類にとっては予想外の、そして邪星皇にとって絶対に無視できぬ事態が発生した。
『創星の竜』ことアフタマイスの復活である。
とは言っても、あくまで一時的な復活であり、全能力を取り戻せたわけではなかった。
しかしアフタマイスの出現により、アニィ達は宇宙へと旅立てたのだ。
しかもその相棒、『ドラゴンラヴァー』は、ヘクティ村で待っていた筈のパルの妹、チャムだった。
「あの事態には本当に驚きました。翼と角の無い黄金のドラゴンに、その背に乗るチャム様…
しかもチャム様が、人の目では見えぬ速度の邪星獣を捉えたのが、もうどういえば良いのか…」
「わふっ」
シーベイでチャムとアフタマイスに遭遇したモフミーヌとチャウネンは、今でもよく当時の事を憶えていた。
伝承で訊いたことがある程度の名前で、ずっと架空の存在だと思っていた『創星の竜』。
それが小さな子供を背に乗せてシーベイに舞い降りたのだ。
しかも少数の人間と共同生活を送っていたという。
ここで首をかしげたのがモフミノーラとポコマツだった。
「何故にヘクティ村から動かなかったのでゴザル?」
「ポンポコ?」
「郵便配達員の方も、シーベイに避難してはどうかと勧めていたのだけど…
フータ様が力を取り戻すのに、村の湖が必要だったそうなの」
「なるほどでゴザル。といって子供達と先生殿だけ他の町に寄越すのも、危険と言えば危険で…
創星の竜殿だけが残ったところで、村人が暴動を起こせば小さな獣では力敵わぬし…」
意図としては復活を待つため、そしてチャム達を護るためということであった。
ヘクティ村にもドラゴンはいるので、避難の道中の護衛を頼むことはできたかもしれない。
しかし『ドラゴンラヴァー』のいないドラゴンでは、邪星獣に敵わない。
そしてフータことアフタマイスの存在によって、邪星獣はヘクティ村を避けていた。
子供達やセンティを村に残したのは、チャム達を護るための最善手だったのである。
「その『創星の竜』がチャウネンと仲良しなのが、ある意味一番よくわからん…」
そう言ってモフミネリィはチャウネンを撫でまわす。
キョトンと首をかしげるチャウネン。
こうして『創星の竜』アフタマイスの導きにより、村に残ったチャム達は無事に非難した。
その一方、この時の邪星獣の襲撃によって、アニィの家族は皆死んだ。
負傷や疫病で動けなくなった父オンリと姉ジャスタ、そして逃げようとしたところで接触事故で死んだ母アンティラ。
惨い話で、彼女はアフタマイスに『他人を傷つけるだけの人間』と看做され、見捨てられたのだ。
この時のことを話すセンティの顔に恐怖が浮かんでいることが、モフミーヌには印象深かった。
そしてこのことを報告した時のアニィも無表情であったと、彼は言う。
「既にアニィ様は過去に囚われず、邪星皇との決戦に臨む心づもりでした。
アニィ様にとって、家族や村の全滅は些末なことだったようです」
「冷たいように見えるけど、そうさせた原因は間違いなくあの村と家族だ。
…こういう言い方って絶対良くないんだけど。死に絶えて良かったと思うよ」
やりきれない表情のモフミーヌとモフミニェ。
アニィ推しというひいき目こそあるが、既にドラゴン乗り信仰に毒され切った村人たちは、最早周囲に害悪しかもたらさない。
アフタマイスはそう語っていたと、チャムからの話をモフミーヌは聞いていた。
そしてアフタマイスがチャムを乗せてランドコースト大陸を北上し、決戦の地へ。
センティから知らされた時、アニィ達にとってその衝撃は大きく、パルなどはアニィ当時アニィとの喧嘩にまでなりかけたほどだ。
姉妹のうち次女・四女・五女は当時現場には居合わせなかったものの、北方に向かって空を走る黄金のドラゴンを見ている。
後々その詳細を知らされた時は、彼女達も大層驚いた者であった。
「そらぁそうだな。フツーの子だと思ってた愛しの妹ちゃんがアレでアレしてアレだもんね」
「ちゅん」
「シスコンの嵐が爆裂的に吹き荒れるのもやむなしにゴザル」
「ポンポコ」
すっかり妹チャムへの愛情に満ち満ちた理想の(?)姉となったパルだが、その原因はまさにこの時の事であった。
当時の話は今となってこそ話せるものの、理由を知っていればなかなか聞けない…とは姉妹の弁である。
なおアニィ達一行全員、そしてチャムの級友や担任教師センティもこの件は理解しており、暖かく姉妹を見守っている。
モフミーヌなどしょっちゅう見せつけられ、日々鼻血が爆散するほどである。
奇跡的に失血死しないのは姉妹愛から得られる栄養価のおかげ、と妄言を吐くのがお約束。
そしてアニィ達が宇宙へと向かうと、世界各地で地上を護る闘いが始まった。
地上に残ったドラゴン達、そしてドラゴン乗りやアニィ達以外の『ドラゴンラヴァー』が活躍。
当然アニィ達が立ち寄ってきた町でも、彼女達と出会った者達が闘い、町を護っていた。
ヴァン=グァドはダディフ・キャップ隊長が臨時で指揮を執り、要塞を防衛。
マウハイランド山脈では現地のドラゴンが大自然を護り抜いた。
アグリミノルではバルベナとフリーダの級友たちが、それぞれ戦闘と救助の指揮を執った。
さらにマナスタディアでは教師・学生が一丸となって、広域避難場所である学園を死守。
マインホルズでは住民もドラゴンも素手で邪星獣を蹴散らしていたという。
「ありゃビビったね、ホントにビビった。
男も女もドラゴンも、揃って邪星獣をゲンコツやら関節技で仕留めたとか。
討伐数で選ばないで、きちんと実力で選んで討伐軍を招集すれば良かったんじゃねーかなぁ…」
「ちゅん」
報告を聞いたモフミネリィとジャッキーチュンが、当時を振り返る。
今なお信じられないことではあるものの、マインホルズはそうやって守られたという厳然たる事実に、信じざるを得ないのであった。
南北境界門は待合所を増設して臨時の避難所とし、一般市民が護られた。
アイゴールでは現地の闘争心旺盛なモンスターが邪星獣を迎撃した。
ホスサイトは病院を中心として街全体が避難所となり、市民や来訪者が難を逃れた。
そしてオーダムではオルダールとオーサーが指揮を執り、専属の騎士団やヤマト・ガヴァメジオ連合騎士団が都市を護り抜いた。
当時の地上では凄まじい闘いとなった。
死傷者が多数出て、建物も破壊され、中には街自体の潰滅もあった。
人間も、怪物も、ドラゴンも、懸命に闘い、多数が命を散らした。
闘えなかった者の中にも、ストレスから病を発症してそのまま亡くなった者…
そして今なお傷や病に苦しみ、床に臥せったままの者もいる。
目立った傷病が無くとも、邪星獣の殺戮を目にして心を病んでしまった者や、それが原因で自殺した者までいる程だ。
さらには復興のどさくさに紛れて、あるいはやむに已まれず犯罪行為に走る者達も少なくない。
ドラゴニア=エイジ8226年の今ではだいぶ復興が進んでいるが、その陰でまだ苦しむ者が多数いる。
この事は長い長い年月をかけて解決していくしか無く、本当の意味で平和を取り戻すには時間がかかる。
そしてこれらはアニィ達にも知らされており、彼女達も復興事業に協力している。
「悪いやつをやっつけて平和になりました、といかないのは…
わかっている所ですが、つらいところですね」
「わふん…」
僅かに落ち込むモフミーヌとチャウネン。
シーベイはアニィとプリス、パル達ネイヴァ家のおかげで、だいぶ早く復興が進んだ。
チャムら子供達が安心して学校に行ける程で、つまりそれだけ住民も安全に暮らせる状態だ。
ドラゴンや魔術のおかげで、ドラゴニア=エイジ以前と比べ災害復興事業は格段に早く進んでいる。
それでも、まだ完全に平和になったわけではない。
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ評価、いいね、ブックマーク等お願いします。




