幻の令嬢
雨上がりの夕暮れ。パーティー当日を迎えた冒険者たちはアスガル伯爵の屋敷を訪れていた。
成り上がり貴族の一人とはいえ、廊下に飾られた調度品の数々。特に冒険者たちの眼を惹いたのが、アスガルの発展を描いた絵画だった。
冒険者として成功した者はアスガル伯爵の様に貴族になれる。
それが冒険者たちの共通の夢だった。
そして玄関先で己の夢を再確認した冒険者は使用人の案内に従い屋敷の中を進む。
男女別に分かれ、彼らは正装に着替える。
それから大広間のパーティー会場。複数の長テーブルに並べられた料理が食欲を唆る匂いを放つ中、先んじて到着した男性冒険者たちは各々の仲間を待っていた。
料理の匂い、使用人何トレイに乗せたワインとグラスの数々。今か今かと待つと遂に扉が開けられる。
開けられた扉から姿を見せた女性冒険者の正装に誰かが感嘆の声を漏らした。
「おぉ」
それぞれ選んだドレス姿の女性冒険者たちが男性を魅了していく。
そんな中、ユキナは口を開けたまま呆然しているレノに小首を傾げた。
「どうしたの?」
「……へぇ? あっ、いや……なんっつうか、見違えたな!」
「ん。みんな綺麗」
「ユキナもそのドレス似合ってるぞ。ってか、普段より凄え可愛く見える」
頬を赤く染めながら素直な感想を告げるレノに、ユキナは赤いドレスに視線を移す。
髪もいつも通り、他の冒険者たちの様に装飾品を付け化粧した訳でもない。
そんな自分と比べてこの日の為にお洒落してきた彼女らの方が圧倒的だと内心で思う。
「ドレスに着替えただけ」
「……違うんだ。赤いドレスがアンタの白を綺麗に映すんだよ」
この場合どう返事をすればいいのか。ユキナは視線を彷徨わせ迷いながらレノに告げる。
「……ありがとう」
「お、おう!」
ユキナは改めて照れるレノに視線を向ける。
普段の彼は黒装束だが、灰色のスリーピーススーツを見事なまでに着こなしていた。
長身で背が高く足も細い彼に妙にスーツが似合う。
同時にレノが普段と違う新鮮に、さっき彼が言っていた言葉に納得がいく。
「新鮮。レノもスーツが似合うね」
「そ、そうか。実はスーツなんて着たことねえから落ち着かないんだけどな」
「ん。冒険者として名が売れると機会は増えるよ」
「そうなると場馴れした方が良いのか」
レノが一人納得した所でユキナは周囲を見渡す。
彼が自分を褒めた様に他の冒険者たちも仲間の正装を褒め、そんな彼らに恥じらう女性陣の様子にユキナのアホ毛が嬉しそうに揺れる。
そしてパーティー会場で其々の冒険者一党が仲間を褒め合い場が和み始めた頃。
パーティー会場の奥で静かに会場の様子を眺めていたアスガル伯爵が声を上げる。
「全員が揃った所でパーティーをはじめよう! 遠慮は要らん! 存分に食って飲め!」
主催者の堅苦しい挨拶も無く、唐突に告げられる開催の言葉に冒険者たちがワッと喝采の声を上げた。
最初に主催者であるアスガル伯爵にあいさつをしよう。
打算も何も無く、ただ招待された側の礼儀としてユキナが歩き始める。するとレノが小さな疑問を投げかけた。
「なぁ、見たところ椅子が無いんだが?」
「ん。立食式は立ち食い、長テーブルを右から順に食べられる量を皿に取り分けるのがマナー」
それを聴いて安心したのかレノが安堵の息を吐くと、彼はさっそく冒険者が並ぶ列の下に向かった。
彼を見送ってからユキナは静かな足取りで赤ワインを片手に、冒険者の楽しげな様子を肴に呷るアスガル伯爵の下を訪れる。
そして左足を前に出し、丁寧な言葉遣いを心がけながらドレスの裾を摘み一礼。
「……ラウム・アスガルさま。この度はパーティーに招待して頂きありがとうございました」
丁寧なあいさつにアスガル伯爵が一瞬驚く。
「ほう。テュラリア嬢に公的なあいさつが出来たとは……」
養子として引き取られ、社交界パーティーに出席するに辺り兄共々叩き込まれたマナーにユキナのアホ毛が左右に揺れる。
「……お義父様とお義母様の教育の賜物ですわ」
「そうか。貴女はあれから家族に手紙は?」
ユキナは最後にいつ家族に手紙を送ったのか記憶を探る。
そう、あれはレノと新しい一党を結成した頃だった。
イーリス北部を領土に持つテュラリア夫妻に宛てた手紙はそれ以降一度も送っていない。
「二ヶ月前に一度きり」
「それでは公爵閣下はさぞ心配してるのでないか? 特に連中の動きはギルドを経由して伝わってるはず」
「……そう、ですね。夏が訪れる前には送ろうと思います」
「それがいい。……しかしあの噂は本当だったとはな」
アスガル伯爵が噂の真相に一人納得がいく様子で破顔した。
どんな噂に納得したのか気になったユキナのアホ毛がはてなを形作る。
それに気付いたアスガル伯爵は苦笑を浮かべ、
「失礼。何せ貴女の噂でしたからね」
「よくない噂……ううん、事実しか心当たりがない」
「良い噂、いや良い事実も有るものさ。……社交界に参加した貴族の御子息を魅了した事実がね」
それは本当に自分に対して向けられた事なのか。
怨みや憎悪なら理解できるが、それ以外の感情が理解し難い。
「魅了は何かの間違えでは?」
「いや紛れもない事実だとも。確かに貴女に恐怖する者が大半だろう。しかし貴女に恋をした者も少なくとも居ることだけは覚えておくといい」
微笑むアスガルに釈然としないながらもユキナは、
「……善処はします」
そう答える他になかった。
「何にせよ幻の令嬢を呼べたことは、個人的にも記念になりそうだ」
「……それはよかったです?」
アスガル伯爵は穏やかな眼差しを向けワインを呷る。
「さてと。貴女とゆっくりワインを飲みたいところだが、どうやらわたしもそこそこ人気が有るらしい」
彼の言葉に振り向くと、そこにはアスガル伯爵と話しがしたい冒険者たちが集っていた。
無理もない。彼は冒険者として成功した者。だからこそ冒険譚を聴きたいと願う者も今後の参考にと考える者も居るのは当然のこと。
ユキナはアスガル伯爵に一礼してから静かにその場から立ち去る。その際、少しだけ親しくなった男勝りな女冒険者──カルラに呼び止められた。
「おまえは聞かないのか?」
「ん。他に話したい人が居るから」
ユキナは近場で待機する使用人から、葡萄酒の入ったワイングラスを二つ受け取り取皿に少量の料理を盛ってから、料理を頬張るレノの下に向かう。
そして彼にユキナはグラスを差出す。
「飲まない?」
「へぇ、アンタが誘うなんて珍しいな。俺はてっきり飲めないもんばかりと」
「麦酒は飲めないけどワインは大丈夫」
彼と乾杯したユキナは葡萄酒の匂い嗅ぎ、香りを楽しんでから一口葡萄酒を飲んで見せる。
平気だとアホ毛が強気に主張すると彼は笑みを浮かべ、それに倣い葡萄酒を呷った。
「結構甘いんだな。……酒が飲めるのも意外だったが、ワインは気になってたんだが、ワインの飲み方を知らなくてさ、助かったよ」
「ん。レノは気にせず飲むかと思った」
「そんなことは無いぞ? 俺だって場の雰囲気は大事にするんだ」
普段ギルドの酒場なら間違いなく冒険者は酔った勢いで喧騒を奏でる。
しかし今日はパーティーということも有り、緊張しているのか冒険者たちは大人しい方だった。
特に酒を飲む勢いは普段と比べて弱いのも有るのだとユキナは思う。
そんな事を感じながらユキナはビーフを口に運ぶ。
デミグラスソースの味わいと柔かなビーフの食感に舌鼓を打つ。
「ん。美味しい」
「ほんと美味いよなぁ」
当たり障りのない会話にユキナはアホ毛を揺らしながら葡萄酒を呷る。
二人は談笑を続け、いつの間にか他の冒険者たちも混ざるようになり会場が賑わうのだった。




