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一党追放  作者: 藤咲晃
五章 貴族の屋敷に招かれて
34/42

夜道の襲撃

 満月と【楽園】が町を照らす頃、アスガル伯爵主催のパーティーも終わりを迎え各々の帰路に付く。

 ユキナはレノたちと別れ一人宿屋を目指す。

 夜風が髪を撫で、ふと左手に持ったトランクスケースに目が行く。


「……気前がいい」


 この中にはパーティーで着たワンピースドレスが入っている。

 というのも帰り際にパーティーの記念品という名目でアスガル伯爵に冒険者全員がプレゼントされたものだった。

 そして各々冒険者は彼から銀貨いっぱいの金袋を褒美として受け取った。

 報酬金が安いアスガルでは金袋いっぱいの銀貨と成ればしばらく生活に困らないほどの額だ。

 特に金銭面で苦労していた冒険者は喜び、満足そうに帰って行った。


「……レノも嬉しそうだった」


 彼は手渡された金袋に最初は非常に戸惑っていたが、それが正当な褒美と知るや顔が破顔し喜びに打ち震えていたのは記憶に真新しい。

 仲間が嬉しいと自分の心とアホ毛も弾む。ユキナにとって仲間や親しい者の幸せこそが何よりも心に響く。

 しかし自分の事になると途端に心は何も感じなくなる。

 それでも自分は生きている。例え欠陥品であり感情が乏しくとも人は生きられる。

 それで生が実感できるのかは人それぞれだが、ユキナは髪を撫でる夜風に息を吐く。

 静かな夜。住民が寝静まった静寂と吹く風に八年前の記憶が不意に呼び起こされる。


 返り血に染まった衣服と血塗れの絨毯。そこに斃れているのはエデンの標的に認定された者達。

 彼らがなぜ貴族を狙ったのかはユキナにも分からない。

 無関心だったからというのも有るが、彼らは必要以上の会話をする事は無かった。

 しかし何者かから資金を受け取っているのはユキナも度々眼にした事が有る。

 それが誰だったのかも思い出せないが、酷く虚しそうな眼をしていたことだけは覚えている。


「家族には全部話したけど……レノにも話すべき?」

 

 依然としてそれが正しい判断なのか分からない。

 何せ相手は悪辣で敵対者に容赦も慈悲も無いエデンだ。

 まだ残党が潜んでいる中、必要以上にレノに教えるべきではない。

 それに最後にアスガル伯爵と交わした密約も。


 物思いに吹けながら歩くユキナの背後に、不意に気配が漂う。

 ユキナは背後に向けて容赦無くトランクケースを振り回した。

 しかしトランクケースが空は背後の人物が身体を逸らした事により外れる。


「おっと。勘は衰えずか」


 振り向くと金髪碧眼の優男が立っていた。

 一見表情は穏やかに眼を細めているが、ユキナに向ける殺意は本物だ。

 そしてアデュクと同じ顔の刺青に、


「エデンの残党」


 ユキナは静かに身構える。


「アデュクが捕まったと聞いて遠方から遥々来てみれば、少しは背が伸びたんじゃないかな」


 八年前のユキナの頭の位置に手を置いて見せる彼に、ユキナは地を踏み抜く。

 武器は無いがそれは好都合。彼を無力化して騎士団に引き渡す。 

 あるいは無力化が無理なら時間稼ぎ程度なら。

 ユキナは男の視界を揺さぶるべく高速で左右に動く。

 男の視線がユキナをはっきりと捉える中、()()()()()()ユキナがトランクケースを振りかざす。

 そのまま勢いよく振り下ろしたトランクケースを男は振り向かず片腕で受け止めた。


「……む」


「相変わらず素速い。瞬時に何往復もしてみせながら、それは高速が描いた残像。本命は背後から奇襲……魔力による補助も無しに凄いね」


 捕まれたトランクケースが振り解けない。

 あろうことがユキナの身体が一歩も動く事さえ叶わなかった。

 いつ何をされたのか理解が及ばないが、この男は間違いなく強い部類だと身を持って理解した。


「身体が……動かない」


「やれやれ闘争心は衰えず、か。……魔力が扱えないんじゃあ君はその程度さ。現に囚われた影に君は何も抵抗できない。しかも高速移動に君の身体は負担に耐えられない、あと二回もやれば君の肺、心臓、血管は破れて死んでしまうだろう」


 けど、君の体にかかる負担と反動は相当なものだろう? 現に君の肺、血管、心臓は悲鳴をあげている。あと二回も同じ動きをすれば君は死ぬ」

 

 男の忠告にユキナのアホ毛がはてなを形作る。

 ユキナは高速移動における負担と危険性は重々理解していた。だから彼女は身体が保つぎりぎりの範囲で身体を酷使していた。

 それをわざわざ指摘した上で忠告した理由が判らない。

 分からないがユキナはそれでももがく。


「……むっ!」


 ユキナは何とか身体を動かそうと力むがぴくりともしない。

 ならば、と逆に全身脱力させてみるが逆にトランクケースの重みで手首を痛めるだけだった。


「このまま君を連れ帰って……いや、君と何処か遠くへ行くのも良いかもね。あの空に浮かぶ【楽園】のような場所にさ」


「……エデンの言いなりも一緒に行動するのも嫌っ!」


 ユキナが珍しく感情を顕に叫ぶと男は興味深そうな眼差しを向け、そして優しげな笑みを浮かべた。


「そういえば僕と君が会ったのは本の数分だけだったね。じゃあ名乗るのが礼儀かな」


 男はユキナの耳元に顔を近付け、そっと囁く。

 そしてユキナは瞳が揺れ動く。

 彼は確かにこう名乗った──アダムと。

 アダムがユキナの柔かなで桃色の唇に顔を近付けた時だった。

 背後から金属音が響き渡ったのは。

 

「確かに名乗ったよ。っと、五月蝿い連中がぞろぞろと」


 アダムが嫌そうに顔を顰めると、静止していた身体が動く。

 同時に風切り音にユキナはいち早く身を屈めた。

 すると頭上を爆雷を纏った斧槍が回転しながら頭上を通り過ぎる。

 斧槍がアダムの首に迫る中、ユキナの襟首を何者かが掴み寄せた。

 すると斧槍が纏っていた爆雷がアダムの首に到達する前に一気に弾け、豪雷と爆音が破壊を振り撒く。


「無事ですかユキナさま?」


「あっ……」


 懐かしい声にユキナのアホ毛が嬉しそうに跳ねた。

 

「油断するな、エル」


「了解してますよ隊長〜」


 やや間伸びした返答を強面で大柄の騎士に返すと、金髪を揺らしたエルがユキナに微笑んだ。

 エルはユキナから手を離すと、背丈の倍を誇る大剣を片手に振り抜く。


「バカだね。ユキナごと躊躇いもなく仕掛けてれば殺せたかもしれないのに」


 アダムは騎士の面々に告げると、彼の身体が霧に包まれるように消えて行く。

 どうやらアダムは去ったのだと理解したのは、彼が姿を眩ましてから数分後のことだった。


 そして騎士団が現場に駆け付け、アダムが遺した魔力の痕跡を調べ始めた。

 そんな中、エルはユキナに微笑む。


「四年振り〜? 少し背が伸びたんじゃない」


「あんまり変わらない。エルは如何してこの町に?」


 彼女はテュラリア家に仕える騎士の一人だ。

 同時に義母が隊長を務める騎士団に所属していたはずが、何故アスガルに居るのか理解が及ばない。


「実はエデン残党の暗躍をゴリス支部長経由でギルド本部から齎されましてね。そこでアスガル伯爵の要請も有り、各貴族は騎士を派遣する事になったの」


「それでエルが」


「ナタルさまはユキナさまの事を心配してましたからね。そりゃあもう自分が行くと言って聴かないぐらいには〜」

 

 彼女の話に、ユキナは甲冑を纏った義母が鼻息荒く出向こうとしている場を使用人と騎士達が止めている光景が眼に浮かんだ。


「元気そうで安心」


「そりゃあもう元気ってもんじゃないですよ! 先日山脈を一つ切断したばかりですよ」


 義母の所業にエルが深いため息を吐く。

 義母は修練と評して山脈を一つや二つ両断するのは別に今に始まったことではない。

 少なくともユキナが引き取られた頃には既にテュラリア領の山脈は三つに両断された後だった。

 懐かしむユキナを他所に隊長がエルの首筋を持ち上げ、


「貴様も調査に参加せんか! すまないなユキナ嬢、こいつと積もる話しも有るだろうが任務中のため後回しにして欲しい」


「ん。お仕事中ならしょうがないよ」


 そう告げるとエルは隊長に借りた猫のように連れて行かれ、ユキナは静かにその場を後にするのだった。

 色々な事が一度に起こったユキナは着たままの状態でベッドに崩れ、静かな眠りに着く。

次回は最終章を更新します。


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