地下牢の中で冒険者たちは騒ぐ
普段殆ど人が居ない地下牢は冒険者たちの談笑で賑わっていた。
地下牢が賑わうなど前代未聞だが、聴こえるのは冒険譚ばかり。
そんな地下牢に収監されたレノは膝を抱え途方に暮れていた。
その場の雰囲気と煩悩と欲望に負け、レノは同志と行動に出た。
しかしそれがいけなかった。花園で寛ぐ女性を激怒させ今に至る。
冷静に考えればあの時の自分はどうかしていた。
煩悩を祓うべく眼を瞑ると乳白色の肌を石鹸で擦るユキナの姿が浮かぶ。
(失せろ煩悩ぉぉぉ!!)
レノは閉じた眼を再び開け、
「なんで覗きやっちゃんだろうだなぁ、俺は」
後悔の念を吐き出すと、
「何言ってんだ。男はそうやって大人の階段を駆け上がるものさ。それにオレたちは冒険者だぞ? 前人未到を踏破する者が、花園を前にして撤退なんて有り得ない」
レノは隣で雄弁に語る冒険者に眼を向ける。
牢屋の中で我が物顔で優雅に寛ぐミント髪の冒険者──クライアンに冷めた眼差しを向けた。
「花園を犯した結果が名声とは程遠いもんを得たけどな」
「それも冒険の醍醐味ってヤツさ。だいたいお前もノリノリだったろに」
クライアンの言うことは紛れもない図星だ。
レノはユキナの裸体をまた観たいという欲望に駆られ、犯行に及んだ。そして彼らと同じ末路を辿り現在に至る。
しかもレノの居る牢は、あろうことかアデュクの牢の向かい側に位置しているのだ。
真正面に視線を移せば、重犯罪組織の一人に呆れの眼差しを向けられる始末。
何か言ってやりたい気持ちが湧くが、それは単なる八当たりに過ぎないためレノは口を固く閉ざす。
沈黙が流れる牢屋の中、クライアンが思い出したように呟く。
「……そういえば明日だった。ギルドに使用人が来るの」
明日ギルドにアスガル伯爵の使用人が来て正装を仕立てる。
そのためにレノとユキナは小雨が降る中、草原で一角獣の討伐を請負った筈だった。
しかし冒険者の大半が牢の中に居る。それでは仕立てもクソもないのではないかとレノは重いため息を吐く。
「なあ、覗きってどんぐらいで釈放されるんだ?」
「半日だな。つまりオレたちは何食わぬ顔で夕飯にあり付ける訳だ」
呑気に語るクライアンにレノの脳裏に激昂した女性冒険者たちの顔が浮かぶ。
ゴミを見る眼差しと軽蔑。そして眼光から溢れる怒りの念に冷や汗が流れる。
「滅茶苦茶怒ってたが?」
「いつものことだ。ちょっと高めの料理にデザートでもご馳走すれば赦してくれるさ」
それで赦されると分かっていればレノは苦労も悩みもしなかった。
問題はユキナだ。果たして彼女は高めの料理とデザートで赦してくれるのだろうか?
「ユキナは赦してくれると思うか?」
先程まで嘘のような騒ぎ声が鎮まり、静観していたアデュクも眼を大きく見開くばかり。
レノとクライアンの間に沈黙が流れると、彼は無理矢理笑みを浮かべる。
「オレの視線に気が付き、覗き穴を遠慮なく突き刺す子だ。……やっぱ激おこかもしれない」
クライアンの表情は心なしか青ざめていた。
きっと彼女が繰り出す斬殺劇でも思い浮かべたのかもしれない。
レノがそう一人納得しながら、ようやく気付く。
「それ赦されねえじゃん! もしかして俺は魔物共と同じ運命を!?」
「普段怒らない奴が怒ると手が付けられないって言うよね」
「何で他人事なんだよ! いや、他人だったな」
しかし冷静に考える。
ユキナが怒った所がレノには未だ想像できなかった。
あの時、守衛に連行される最中ユキナはしっかりとこちらを見ていた。
あの時のユキナの表情はいつも通り無表情。しかもアホ毛は微動だにせず。
「……あれ? もしかして怒ってすら無いのか?」
「それは……異性。いや男として認識されてないんじゃないのかな」
クラインの放った言葉の槍がレノを貫く。
彼には思い当たる節が有った。
それはまだ記憶に新しいスライム事件の時だ。ユキナは全裸のレノを見ても動じず、あろうことか王子様抱っこで地下水路を疾走する始末。
「いやまさか……そんなねぇ?」
レノの疑問を答える者は誰一人おらず、彼にとって悲痛な沈黙が釈放までの間流れることに。




