スライムの粘液まみれ
ひんやりとした風が吹く湿気に覆われた地下水路を二人は駆け回っていた。
スライム討伐のために下水は全て抜かれたのだが、
「多過ぎるだろっ!?」
「スライムだらけ」
地下水路の水路は大量のスライムに覆い尽くされ、一面スライムだらけとなっていた。
飛び掛かるスライムをユキナが核ごと斬り払い、レノが水路のスライム溜まりに雷撃魔法を撃ち込む。
流体のスライムに迸る電流が連鎖を起こし、スライムが蒸発していく。
少なくとも地下水路に入ってからこの繰り返しだった。
スライムの殲滅で報酬金が銀貨十枚と銅貨五枚。
正直割に合わないクエストだ。
胸の中に沸々と不満が湧き上がる。
それでも溢れ出る不満を吐き出さないよう冗談に変えた。
「絶対報酬金を釣り上げてやるっ!」
「報酬は報酬だよ」
彼女が落ち着き払った声で返す。
ユキナは感情の起伏が非常に薄い。喜怒哀楽はアホ毛の動きで彼女が抱いている感情はある程度理解できるが、いまアホ毛は静を貫いている。
主に戦闘時のアホ毛の動き。つまり何事にも無関心という意味を持つ。
戦闘の時は大抵無関心だ。最初の頃は魔法の射線状に入るのでは無いか? 冷や冷やしたものだが、ユキナは決してレノの魔法射線状に入らない。
彼女は見極めているのだ。あれだけ高速で動きながら己と仲間の立ち位置を。
一ヶ月の間ユキナを観察して得た知識を頼りに、
「なら釣り上げは無理でも、良い冒険譚は持ち帰らないとな!」
「任せて」
何事にも無関心だが、意外とユキナは人の話しを聴くのが好きなようだ。
人の話しを静聴しアホ毛が感情を表す。そんな彼女にレノは確実に心惹かれていた。
長い白い髪が風の抵抗に浮かぶ背後姿が視界に映る。
レノは走りながら地下水路に張り巡らされたパイプに細心の注意を払い放ち、先行するユキナを追う。
魔法で爆ぜるスライムと斬り刻まれるスライムの残骸が地下水路に離散する。
「相変わらず剣捌きは凄えな」
「レノのひゅー、ドカーンもすごい」
ユキナは手振りと身振りで先程使用した爆破を表現した。
彼女の手振りと身振りは仕草も相まって愛らしい。
そんな感情を抱きつつ、レノとユキナは地下水路を隈なく進んで行く。
区画ごとにスライムを討伐して行く二人だが、最後の中央区に到着したが……。
「此処もまた多いなっ!」
中央区もまた大量のスライムに埋め尽くされていた。
そこに風が吹抜ける。
レノはすぐに風の正体を理解する。
ユキナがまた高速で移動した音だ。
さして刃が風を斬り裂く音が地下水路に響く。
レノはユキナの動きから眼を離さず、スライムに魔法を撃つ。
「弾けろ!」
爆破魔法がスライムを吹き飛ばし、スライムの群れに穴を作る。
そこにユキナが降り立ち、螺旋を描くように剣を水平に振り抜く。
遠心力と刃から生み出された剣圧がスライムを刻む。
ユキナを中心にスライムの残骸が離散する。
しかしまだスライムの数が多く、まばらに散らばっていては体力が持たない。
そう判断したレノが指示を飛ばす。
「ユキナ! 狭い通路に逃げ込むぞ!」
「ん!」
駆け出すレノにユキナが付いて走る。
そこにスライムの群れが追いかけ、レノとユキナは滑り込むように狭い通路に逃げ込んだ。
人が一人入れる通路をスライムの群れが入り込む。
しかし一度に群れの全てが入り切らず、通路とスライムに挟まれ身動きが取れなくなる個体も現れ始めたところで。
レノは掌に業火を宿す。
「とっておきだ!」
魔力を限界近く捻り出し、灼熱の熱線を繰り出す。
一直線に集まったスライムはレノの繰り出した熱線に呑み込まれ、液体を纏めて蒸発させるに至る。
大量の魔力を一度に使い切ったレノは肩で息を荒げ、
「ど、どうだ!」
「……レノ」
声に振り向くとじっと見つめるユキナに、レノは照れ臭いものを感じながら指先で鼻を撫でる。
レノはふと気がつく。ユキナの視線が上に向けられていることに。そしてアホ毛がぴんっと立っていた。
「……上」
「上って……なぁぁぁっ!?」
見上げるとそこには討ち漏らしたスライムがレノの頭上に迫っていた。
反応が遅れたレノは避けることも叶わず、頭上からスライムの粘液を被ってしまった。
その結果、スライムの粘液がレノの衣服を全て溶かし、少女の目前で男のあられもない姿が曝されてしまう。
「うわぁぁぁっ!? 見ないでくれぇぇぇ!!」
咄嗟に大事な部分を隠しながらレノはその場に蹲った。
レノの側でぷるん、と跳ねるスライムをユキナの剣が貫く。
「これで全部?」
「えっ? 俺よりもクエスト優先なの?」
「クエスト片付けないと地上に帰れない。……風邪引くよ」
「そりゃあ分かってる! けど流石に全裸で動き回るのは色々ときつい! 主に俺の精神と羞恥心がっ!!」
確かに自分はユキナがこうなる事を若干望んでいたが、いざ自分が酷い目に遭って理解する。
スライムの粘液責めには、男も女も無いのだと。
「……立てる?」
「いや、立つとモロ見えになる」
「そう。じっとしてて」
そう言ったユキナの行動はあまりにも早かった。
故にレノが彼女に抱っこされるのも拒むことは無理だった。
あんまりな状況に放心するレノを他所にユキナは、地下水路を駆け出す。
(……ふっ。今日はやけに肌に風を強く感じるぜ。……誰かこの状況を止めてくれぇぇぇ!!)
レノは魂から叫ぶことも出来ず、羞恥心に自らの顔を覆い隠した。
羞恥心に悶絶するレノに関係なく彼女は進む。
念には念を、地下水路を二周回りスライムの全滅を確認したユキナは出口を目指し走る。
徐々に出口が近付く中、ユキナが不意に足を止め……。
「……どうして?」
強い戸惑いを浮かべたユキナの声が冷たい地下水路に響く。
「どうしてって。そりゃあ恥ずかしくもなれば顔を隠すさ!」
「違う」
何が違うのか訳が分からないレノは、両手を退けて彼女が見つめる視線の先に眼を向けた。
そこには血の文字で、
『エデンに栄光を』
と壁に刻まれていた。
レノは訳の分からない単語に訝しむ。少なくともこんな文字は訪れた時点で無かった、なら誰が刻んだのか。
不意にレノのふくらはぎを持ち上げる彼女の指先が震える。
ふとユキナの顔を見上げると彼女は珍しく、酷く狼狽えていた。
「ど、どうした?」
「……何でも、ない」
壁の文字から顔を背けるようにユキナは走り出す。
それはまるで何かから逃げるような様子だった。
そして帰り際に二人はバルヌの下を立寄り、レノは彼に憐憫な眼差しを向けられることに。




