第25話 私はあなたを誇りに思うわ
アウリナは柔らかい微笑みを浮かべ、そっと手を広げる。だが、セレストリアは動けなかった。
「もう、しょうがない子ね」
笑い声が響く。セレストリアは逃げることも、言葉を返すこともできなかった。
次の瞬間、温かな腕が彼女を包み込む。頭を撫でられた瞬間、彼女の姿は十歳の少女へと変わっていた。
「……おかあさま」
「なあに?」
「……私……守れなかった……」
丸い瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……おとうさまも……みんなも……守れなかった……」
セレストリアはぎゅっと母親に抱きつく。その瞬間、くすくすと笑い声が響いた。
「本当に?」
「……え?」
アウリナは楕円の裂け目を引き寄せる。そこに映っていたのは、避難民たちのキャンプだった。文官も使用人たちも、炊き出しに奔走している。……セレストリアが皇帝を宥め、粛清を止めたものたちもいた。
「ほら、あっちも」
彼女は言われた通りに視線を向ける。映っていたのは……。
「……シルク、ノヴァ、アルル……」
幻想旅団のステージで、笑顔で芸を見せる三幹部の姿だった。シルクのジャグリング、ノヴァの玉のり、アルルのダンス……。ステージのライトに照らされた三人へ、大きな拍手と笑い声が降り注いでいた。
楕円が浮かぶ、浮かぶ、浮かぶ。帝国の民が笑い、魔法少女たちが笑い、ナイトが寄り添う。その光景が幾重にも重なり、一つの大きな命の輪となって白い世界を満たしていく。
セレストリアはアウリナを見る。
「ね?」
アウリナはこてん、と首を傾げた。セレストリアは唇を震わせる。けれど、何も言えなかった。
「セレストリア」
空気が柔らかく震える。
「私はあなたを誇りに思うわ」
セレストリアは母にぎゅっと抱きつく。アウリナはくすくす笑いながら、そっと我が子を抱きしめた。
(……あたたかい)
セレストリアは目を閉じて、頭をぐりぐりと母に押し付けた。
「甘えんぼさんね」
白い世界に、母の声だけが柔らかく響いた。
どれくらいそうしていたのかは分からない。だが、セレストリアの耳に小さな声が届いた。
「……姫様」
ナイトの声だった。噛み殺しているような、震えているような声だった。
「……ナイト」
セレストリアは立ち上がる。その姿は軍服の将軍へと戻っていた。
「もう大丈夫?」
「……はい。お母様、ありがとうございます」
「大きくなったわね」
アウリナは立ち上がって、セレストリアの帽子を外す。その額に、そっとキスを送った。光の粒がふわりと舞い、セレストリアの体を包み込む。母の温もりが、そのまま胸の奥へ残ったようだった。
「いってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
彼女はしっかりと頷いた。ふ、と表情を緩める。
「お母様。お父様を叱ってください」
「……あの人を?」
「はい。そちらに来ているはずですから」
「……見てない、けど?」
それはどういう、と返す前に。セレストリアの意識は白く塗りつぶされた。
◇
「……ん。……いったい……どういう……。……夢、か」
赤い瞳がゆっくりと開く。二、三度瞬きすればぼやけた世界が輪郭を持った。
「……姫様?」
ナイトが顔を覗き込んでくる。セレストリアは体をぐっと起こした。
「姫様、まだご無理は……」
「大丈夫だ。……ここは?」
「……魔法少女たちのアジトです」
セレストリアはあたりを見る。三人の姿はどこにもない。
「彼らは?」
「悪魔と交戦中です。詳細を見てまいります」
ナイトは影へと潜る。程なくして戻ってきた。
「……現在、かなり押されております」
「そうか」
そう呟いた途端、セレストリアの胸元がキラリと輝く。胸に手を当てた彼女は、ふ、と笑った。
「ナイト、手を出せ」
「……? ……かしこまりました」
彼は首を傾げながらも手を差し出す。セレストリアはその手に自身の手を重ねた。淡い光が二人の手の間からあふれる。
次の瞬間、ナイトの掌には見覚えのある、だが少し意匠が異なるブローチが、静かに収まっていた。
「ナイト、案内しろ。行くぞ」
「……はい!」
ナイトは駆け出していく。セレストリアもまた、胸を張ってその後に続いた。
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