第20話 姫様の影
ナイトが魔法少女たちのアジトに移ってからのこと。彼はろくに食事も取れず、ただうつむいて座っているばかりだった。
「……姫様……」
外ではしとしとと雨が降っている。そのとき、部屋の扉がノックされた。彼が何も言わずにいると部屋が開く。入ってきたのはフィーネだった。その手にはゼリーの乗ったお盆がある。
「ナイト。ゼリーくらいなら食べれる?」
「……いらない」
「食べないと持たないよ?」
彼女はそう言いながら彼の隣に腰掛ける。微笑むフィーネの頬には一本の傷が走っていた。
「……その、傷」
「これ? ちょっと、魔法に当たっちゃって」
ナイトはその傷に目を向ける。しばしじっと考え込んで、そして手を伸ばした。
「クーラ」
彼は治癒魔法を唱える。みるみるうちに傷がふさがって、真っ白な肌が現れた。
「ありがとう」
「……皇女様に傷が残れば、姫様に顔向けできないだけだ」
ナイトはそっぽを向く。フィーネは「そういうことにしておくね」と軽く笑った。
『……速報です』
隣の部屋で、テレビが鳴る。
『現在、駅前では正体不明の女性が暴れており、警察および自衛隊が出動しています。現場では多数の負傷者が確認されており、周辺住民には直ちに避難するよう呼びかけられています』
テレビからはルクシアの高笑いが響く。彼は思わず視線を向けた。画面の中で、ルクシアは魔法を放ち、人々を襲っている。
「目障りな奴らじゃ。ここは妾の龍脈。虫けらどもがいてよい場所ではあらぬ」
彼女は傲慢にも言い放つ。セレストリアと同じ声で、似ても似つかぬ声で。
「逃げろ!」
「子どもをこっちへ!」
「救急車だ!」
人々が逃げ惑う声がする。ルクシアは彼らにも魔法を向ける。セレストリアと似た顔を醜く歪めて。
「……違う」
ナイトは思わず拳を握り込む。
「……姫様は、そんな顔で笑わない」
これ以上、姫様に、望まぬ罪を背負わせるわけにはいかない、と。だが
その肩は震える。
「……俺では、絶対に勝てない」
彼がそう呟いた直後だった。
「……フィーネ!」
千里と恵が駆け込んでくる。
「すぐ行くよ!」
「分かった。ナイト、行ってくるね」
フィーネは立ち上がる。そのままパタパタと駆け出していった。ルクシアの対応はどうしても後手に回る。どこに現れるか分からないから。
(……分からない?)
ナイトは小さく呟く。脳裏によぎるのは、セレストリアと初めて会った時の言葉。
『体が小さいのか。影に潜ることは?』
『それくらいなら』
『……そうか。……私と一緒に来るか?』
『俺は……落ちこぼれです』
『体が小さい分、見つかりにくいだろう? 諜報に向いている。……私が必要としているのは、信頼できる影だ』
ナイトの目が丸く見開かれる。
(……そうだった。俺は、姫様が必要としてくれた俺は、姫様の影だ)
暗く沈んでいたその目に光が宿った。
「……俺にも、まだできることがある……」
彼は一度目を閉じる。
「影には、影の戦い方がある。……まず調べるべきは、ルクシア。そして龍脈か」
ナイトは小さく呟く。いつも懐に忍ばせていたメモ帳を取り出す。
「……姫様。お待ちください。必ず止めてみせます」
彼はそう呟いて、影へと消えた。
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