炉
周辺の視察?を終えて神殿に戻った。リンのお腹はボサボサだ。
リーネが俺に話しかける。
「ソーマ、この炉をどう見ますか?」
うーん。アマナと同じなら、『蒼炎のルミナスクロニクル』の朗読で活性化できるのかもなあ。でもどこを読めばいいんだろう。
『聖典の一節を朗読すれば何か効果はあるかもしれない。でもどこを読むのがいいのかわからん』
リーネも俯いて考え込む。
「そうですね……やはり第二章の最初の炉に声を届けるあたりが良いのではないでしょうか」
ああー。あれね。『我は蒼き炎』って奴か。
『確かにな。じゃあちょっと試してみるか』
「はい。ソーマの朗読を私が中継します。いつでもどうぞ」
んじゃあ行くぞ。そろそろ恥ずかしいのも慣れてきた。ティアの侮蔑に比べればたいしたことない気がしているワタシ。
「『我は蒼き炎なり。地の深き深淵より出でし輩たる朱き炎よ、我の召喚に応じてその身を示せ』」
うん、意味不明だ。「深き深淵」って何だよ。フカフカかよ。
「『汝を投獄せしくびきを打ち砕き、天に向かいし咆吼をその身に宿せ』」
なんか炉の音が大きくなってきた。あれ、これ効いてる感じか?
「『その全ての権能をもって、現し身を我の前に顕現させよ。アルマナ-ビアスタ!』」
カタカナ単語に意味なんてありません。呪文の設定は色々あったけど、それっぽい音を並べただけでございます。
地殻炉の光が急に増した。
「「「おおお!」」」
普段感情に乏しい神官たちも声を上げた。炉がうなりを上げる。神殿の照明が明るくなった。
『やったか?』
「はい、成功ですね!」
神官たちも口々に俺を称えている。
「さすが偉人様です」「予言の通りです」「我々は救われたんですね」
しかし。そんな浮かれた気分は長続きしなかった。
ある程度出力が上がったあと、炉は徐々に光を失っていった。数分もすると、元のものより光が少なくなってしまう。照明も暗くなってしまった。
これって、一瞬だけ炉をブーストしたけど、エネルギーが増えた訳じゃなくて残りを盛大に使っちまった、って事なのか?
「だからあなたは偽物なんですよ!!」
ティアが涙を浮かべて、顔を真っ赤にして叫んだ。
「知りもしないくせに、触らないでください。あなたは偉人なんかじゃない。偉人なら失敗するはずがない」
その通りだ。少しばかりいい気になっていた。
「リーネ様を連れ回して、この世界を壊して、何がしたいんですか」
リーネが間に入ろうとするが、ティアは止まらない。声が震えている。子供の怒りと恐怖が混ざっている。
「……私の村も、こうやって消えたんです。私の親も友達も皆死にました」
そう言って声もなく泣き続ける。リーネがティアの背中をなで続けている。
しかし神官たちは、それほど落胆した様子ではなかった。「残念ですね」「こういう事もあるのでしょう」程度の感想しか喋らない。俺を責めるものは誰もいない。俺が皆を死に近づけたというのに、何故これほど達観していられるのか。
リーネはティアを連れて、神殿側に用意してもらっていた部屋に入っていった。あれでは今日は何もできないだろう。
俺は神殿の外に出た。そろそろ日が傾き始めていた。そのまま、とぼとぼと町外れの人通りの無いところまで歩き、少し盛り上がった石の上に座り夕日を眺める。猫の目で見る太陽は茶色っぽい。弱い西風がヒゲを揺らす。静かだ。
俺は打ちのめされていた。偉人、とか言われてその気になっていたのかもしれない。単に俺の黒小説が聖典とやらと一緒の記述だっただけなのに。偶然の一致ではないだろうが、理由は今も分からない。朗読に炉が反応するわけも。ティアに「知りもしないくせに」と言われても仕方ないのだ。
そしてティア。そう言えば以前、今は無い集落の出身って言ってたよな。そういう事だったんだ。古傷を抉ったんだ。
何時間そこにいただろうか。日は暮れてすっかり周りは暗くなったが、街灯が暗いながらもあるので真っ暗闇にはならない。そもそも猫の目には星明かりでも十分に明るかった。
そこへリーネがやってきた。遅いから探しに来たのだろう。俺は動かない、動けない。
リーネは猫の横に座った。しばらくそのまま何も言葉に出さない。俺も話す事ができない。しばらくして、猫の背にそっと手を置いた。声を出さない。感応術も閉じている。ただリーネの手の温もりだけが伝わって来る。
リーネが呟く。
「……あなたが何者であっても、私はあなたと旅をすると決めました。それは変わりません」
俺は答えられなかった。




