白猫
アマナから戻った俺は、普段通りの生活に戻っていた。引っ越しも終えて新しいアパートに移った。前の所より大学からは少し離れてしまったが、その分家賃も安いし商店街も近くて便利だ。
3000年後の未来で過ごした事、戻ってから91才の俺に言われた事はもう体の一部だ。リーネとティアのためにやれる事をすべてやる。超人的な努力が必要だろうが、不可能ではない事が立証されているんだから気分的には楽なものだ。先の見えない努力ではないのだから。
ただ、やはり喪失感も大きかった。リーネとティアとリン、特にリーネはずっと感応術で繋がっていたせいか既に俺の心の一部だった。いやむしろ半分は彼女が占めていると思っている。寂しい、とは少し違う。飢え、が近いだろうか。夜は必ずリーネの夢を見る。ブラッシングされ、ご飯をもらい、背中をぽんぽん叩かれる。目覚めた後は涙が出ていた。苦しい。あと70年、こんな状態が続くんだろうか。
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ある日の朝。
前の夜、課題のレポートを終えた後図書館で借りてきた量子力学の演習書を解いていて寝落ちしていた。
頬を机に横たえてよだれを垂らしていると、玄関から耳慣れない物音が聞こえてきて目が覚めた。かりかりかり。扉をひっかくような音。人ではないよな。犬か猫?
起き上がってよだれを拭く。しばらく息を潜めて様子を伺うが、音は止まらない。かりかりかりかり…… ホラーかよ。
観念して恐る恐る玄関のドアを開ける。そこには白い子猫が座っていた。長くて細い尻尾、青い目、とがった耳の先には少しだけ飛び出した灰色の毛。なんだ、野良猫か?
『ソーマ、出てくるのが遅いです』
え!?
『来ちゃいました』
まさか。すっかり馴染んだ感応術。
「お前、リーネなのか?」
『はい! リーネです! 老人になったあなたに送ってもらいました』
んな馬鹿な。ああ、あいつの言ってた届け物ってこれか!
「いやいやいやいや、だってこの時代に地殻炉はまだ無いんだぞ? どうして感応術が使えるんだよ?」
『よく解りませんが、なんでも「前借り」してるんだそうです。あと100年くらいはこの姿のまま生きられるそうです』
いや100年って。
「それ、俺のほうが先に死んでるじゃん」
『まあ、その時はその時という事で』
軽っ。
「お前、そんな性格だったっけ?」
『巫女じゃなくなったので、色々吹っ切れましたね。この猫の体だと感情表現にも制限が無いようです。猫と人間、立場が逆になっちゃいましたね。それより、中に入れてはくれないのですか?』
ああ、確かに端から見たら猫とマジ会話する危ない人だ。ドアから少し脇にどき、白猫を通す。
『ありがとうございます。いやーこの時代に放り出されてから、ここを探すの大変だったんですよ。聞いてください、70年後のあなたの不親切さと言ったらですね、………』
リーネは喋り続けた。俺にも話したい事が沢山あった。その日は講義をサボってリーネと話続けた。炉のこと、ティアのこと、神殿のこと、老人の俺のこと、玲奈博士のこと、灰域のこと。いくらでも話題はあった。気づいたらその日も寝落ちしていた。朝起きたら横で猫リーネも腹を出して寝ていた。ああ、あの美少女の面影は目が青いところだけしか残ってないな。
猫リーネが目を覚ます。
『なにか、失礼な事を思われた気がしました』
感応術、恐るべし。でも、まあいいか。うん。
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その後。蒼真は地方の大学を卒業し、東京の著名な大学の大学院に進学。次々と画期的な論文を発表していき、注目の研究者となっていった。
研究する彼の横には、常に白い猫が付き添っていた。そんな所でも彼は有名だった。
後年、研究室の同僚があるとき、蒼真が猫とキャットフードの銘柄について言い争っているのを聞いて、やはり優秀な研究者というのはどこか変、と思ったとか思わなかったとか。でもそんな時の彼は、とても幸せそうな表情だったと伝えられている。
-完-




