リーネ
暗闇にいた。
頭がぼやけている。ここはどこなんだろう。私は誰だっけ。
長い時間そのままだった。明るくならない。場所も分からない。時間と言ったが実際の時間なんて分からない。
そんな夢うつつの中まどろんでいると、暗闇にぽつんと光の点が現れた。見えているのではない、そもそも目の感覚が分からない。前も後ろも判然としない。ただ、そこに光があった。
暖かい、そう思った。
とたん、記憶が舞い戻って来た。そうだ、私はリーネ。アマナ神殿の巫女。ソーマと旅をして炉を復活させて、それから。それから?
そう、管理者の研修で玲奈博士に会って、知識を与えられて現実に戻るはずだった。しかし神殿に戻る事はなく、気がついたらこの暗闇の中にいた。研修が失敗したんだろうか。
ブン。たぶん目の前?に見知ったウィンドウが開いた。小さいコンソールだ。そこには老人が映っている。褐色の肌、グレーの髪、黒い目。しわは多い。でも初めて見るはずなのに何か懐かしい。
『よう、リーネ。70年ぶりだな』
その口調! ソーマ!
「ソーマなんですか!? 何故そのような年寄りの姿に?」
ウィンドウの中のソーマ老人は、ニカっと笑った。嬉しそうだ。
『いやあ、一発で分かるとは嬉しいね。そう、俺はあれから70年後、91才の桐生蒼真だ。久しぶり。まあお前さんにとっては数日しか経ってないんだろうけどな』
「戻ってらしたんですね。嬉しいです。ティアも喜びますよ」
老人ソーマは苦笑いを浮かべる。
『いや、そうじゃないんだ。これは人工知能による蒼真のシミュレーションでな。本物の俺はもう3000年前に死んでるよ。玲奈博士には内緒で炉のシステムに忍び込んでいる』
「そんな……」
『いやまあ気にするな。お前たちと一緒に旅した俺は、ちゃんと元の時代に戻れたんだ。二人のおかげでな』
リーネは俯いた、と思う。体の感覚が無いから。
『でだ。リーネは今管理者研修を終了してアマナに戻る所で停止している。解除すればすぐに炉の前に戻る。ただしここで会話した記憶は残らない』
「どういう事でしょう?」
『俺のワガママだ。リーネには選択肢を用意した。一つはこのままここでの会話を忘れてアマナに戻り巫女を続ける。もう一つは精神だけ過去に遡って若い蒼真のアシストをする。ただし人間の体は用意できないので獣か機械になるけどな』
「ソーマの元に行けるんですか! それは望むところです。あ、けれどそうしたらティアを一人残してしまう事になりますから、やはりそれは出来ませんね」
『そうはならない。どちらを選ぼうとも、リーネ本体はこの時代に残る。ここでの話は何も覚えていないよ。もし承諾するなら君のコピーが作られる。それが過去に遡る事になる』
リーネは考え込む。
「ティアを残す事にはならないと?」
『それは保証する』
リーネは顔を上げた。気がした。
「ソーマ、あなたは相変わらず姑息ですね。私の性格は分かってるでしょうに。そんなの選択肢じゃありませんよ」
『そんな風に思われてたのか。まあそうだな、ちょっと卑怯かもな。でもな、元の時代に戻ってからの俺はちょっと見てられなくてな』
「ふふ、そうですか。分かりました。コピーを作ってください」
『いいんだな?』
「何を今更。分かっていたんでしょうに」
老人は嬉しそうに頷いた。
『ありがとう、リーネ』
それは、懐かしいあの人の声だった。




