蒼真
気がつくと、俺は100均シュレッダーのハンドルを回そうとしていた所だった。
なんだ、どうなってんだ、リーネは、ティアはどこにいる? リンは?
ハンドルから手を離して、後ろにへたり込みフローリングの床に両手を突く。周りを見回す。これから追い出される予定のアパートにある自分の部屋。学生用の狭い1K、ロフト付き。西日のせいか夏は暑くて冬は寒い。次の部屋はロフトなしを選んだ。光熱費がシャレにならない。
そのまま放心状態になった。西暦5006年。夢としては明晰過ぎた。あれは実際に体験したことだ、という確信がある。
しばらくそうやってへたり込んでいると、次第に暗くなってきた。窓の外が夕焼けに染まる。そうかそんな時間か。そういえば腹も減ってきた。
頭をぶるぶる振る。なんだかリンのクセが身についちゃってるな。人間の体ってこうだったっけ、すっかり猫の体に慣れてしまっていた。
とりあえず聖典かっこ笑いを切り刻むのは保留だな。何か弁当でも買いにコンビニ行くか、と立ち上がる。
とたんに目の前に見知ったパネルが現れた。3000年後の陸別や大樹で見た、あのコンソール。ただ少し小さく、ウィンドウは一つだけ。
「え」
そこにあったのは、『読め』という乱暴な一言。どうなってる、何が起こっている?
その文字をタップする。ウィンドウが広がり、見覚えのない爺さんが現れる。
『よう俺。このメッセージをお前が見ているということは、俺はもう死んでいるって事だ』
は? なんだこいつ。
『なーんてな。いやまだ死んじゃいねえ。言ってみたかったセリフ、って奴だ。大目に見ろ』
がっくり。しかし、よう俺? なんかイヤーな予感がするんだが。
『ご推察の通り、俺はお前だ。正確に言うと70年後のお前、桐生蒼真91才、ナイスグレーのイケオジだ。お前に重要な情報を教えてやろう。』
重要? ごくり。
『俺は年取ってもハゲなかった。嬉しいだろ? 希望が持てるだろ?』
いや、何言ってるんだろ、この爺さん。この残念老人が俺?
『さて、このメッセージは色んな都合で一度きりだ。よく耳の穴かっぽじって聞いとけよ。あ、応答機能は無いから質問しても無駄だぞ』
見慣れたウィンドウではある。しかし何故ここに、という疑問はあるがとりあえず聞く事にする。誰も部屋に入って来ないだろうな。
『これが再生されているのは、お前が3000年後から帰って来た直後のはずだ。その前提で話すぞ』
なるほど年代を知っている。本物だな。
『あの未来への旅でリーネたちの世界が救われるかは賭けだった。失敗する可能性がかなりあった。それはお前にも分かるよな』
ああ、分かるとも。ギリギリだった。あと一日、いや一時間でも詠唱が遅ければ炉の再起動はできず人類は滅びていただろう。
『そこでだ。俺は考えた。感情の抑制がいつどのようにして行われたか分からない以上、それを防ぐ事は出来ず、つまり蒼炎の書がキーとして残っているだけではダメだ。誰か感情を持つ者が現地にいなければならない。つまりそれがおまえだった、という事だ』
いやなんでやねん。飛躍しすぎだろ。
『もう俺は猛勉強したよ。どうすれば俺を未来に届ける事ができるのか。それも2051年の俺じゃなきゃいけない。研究しすぎてノーベル物理学賞取っちゃったよ。でもその賞金のおかげでこっそり内密に精神のタイムリープ装置を完成する事ができた。こんな技術、危険過ぎておおやけには出来ん。ノーベル様々だな』
いやいや、おかしくない? 因果関係逆じゃない?
『原因と結果が逆だ、と思っただろ? 俺も最初そう思ったさ。ふっふっふ。それこそ俺の研究だ。因果律なんて絶対のものじゃないんだ。この時空は実にいい加減に出来ててな。抜け道が沢山あるんだ。まあそこはこれから学んでくれ。正解がある、って分かってるだけでも探求に迷いが無くて挫折しにくいだろ』
マジかい。ノーベル賞級の研究? 俺が? それは無茶振りもいいところだなあ。
『まあそんな訳だ。蒼炎の書は厳重に保管しろ、玲奈博士に届くように。俺は遺言でスイスの銀行に信託した。2260年の玲奈博士宛てに。銀行の連中は訳わかんねえ、気が狂ってるって顔してたがな。愉快だったぜ。指定の年になってメッセージを開封した連中の顔が見たかった。さぞや傑作だっただろうからな』
そうだろうよ、良い性格してる。生まれてない人間を指定するとか、銀行の人もかわいそうに。
『そろそろ制限時間だ。俺よ、頑張れ。リーネとティアに未来をプレゼントしろ。俺にできたからってお前にも出来るとは限らんからな。半端な努力じゃ無理だぞ。死ぬ気で行け』
そっか。そう言われたら仕方ないなあ。
『あ、そうそう、一つだけお前に届け物がある。後で分かるからお楽しみにー』
?
『なお、このテープの内容は自動的に消滅する。さらばだフェルプス君』
ブン。炎と煙のイメージを表示して、すぐにウィンドウとコンソールがかき消えた。暗くなった室内には何の物音もしない。誰だよフェルプスって。
俺は、シュレッダーに挟んでいた蒼炎の書を取り出した。マジマジと見つめる。こんな駄文が未来を救うとか冗談にも程がある。しかし今更逆らう選択肢は無いよな。
とりあえずノート一式を草加煎餅の空き缶に詰めた。そのうちもう少しマシなところに移そう。貸金庫とか学生には高そうだし、どうするかなあ。




