管理者
地殻炉が再起動した日の神殿は上を下への大騒ぎとなった。エネルギー供給や食料生産の正常化、感情は悪だとする教義の否定、存在すら知られていなかった炉の管理者の誕生。灰獣の襲撃。長老たちの混乱は酷かったが、さすがに年の功、徐々に正常な指揮ができるようになっていった。
カルムやルストでも食料生産や浄水が復旧。商人間の争いも鎮静化した。子供たちも笑顔で、次にリンが来るのはいつかなー、と口を揃えている。
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その後の神殿。
ソーマが消えて、リンは光らないただの猫に戻った。打撲傷はあっという間に治癒した。さすが兵器。
しかし灰域に戻るつもりは無いらしい。他の四匹と共に、ずっとリーネのそばを離れなかった。いや離れなかったは言い過ぎで散歩とかで度々不在にはしていたが。もうすっかり飼い猫だった。
元聖獣という事で神殿では丁重に扱われていたが、神殿の外に出れば子供たちのおもちゃ。わしわしされたり、尻尾で子供を持ち上げてみたり、翼をばっさばっさしてみたり。その気さくな行動は人々に聖典と神殿をより身近に感じさせるのに大いに役立っていた。本人たちは単に遊ぶのが楽しいだけだったのだろうが。
ティアは巫女見習いを卒業して正式な巫女となった。神殿史上初、感情むき出し巫女の爆誕である。
長老たちは、それまでの感情は悪だとする教義を撤回せざるを得なかった。感情に負の側面があるのは明らかだが、正しく付き合えば利益も大きい、と今回の騒動で嫌というほど思い知らされたからだ。
確かにリーネの言った通り、重要なのはほどほどのバランス。元々はそれが難しかったのだが、幸か不幸か神経系は激しい感情を抑制するように改変されている。うまく付き合って行けるはずだった。
ティアは聖典の再編纂に着手した。数人の巫女と巫女見習いを助手として、保管されているばらばらな聖典の再編成と穴埋めをしていく。欠けている箇所はまずソーマの厨二になりきって記述して、それに炉のコンソールが反応するかどうかで検証する。今のところティアとリーネにしか出来ない作業だったが、いずれ追いついてくる者も出てくるだろう。
ティアは助手たちを赤い顔で叱り、笑顔で褒め、記述中に涙を流したり、と巫女・巫女見習いたちには衝撃的な体験だった。ああ、今まで無表情でいたのを、もう我慢しなくても良いんだ、と思う彼女たちも、次第に笑顔になってきていた。
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炉から管理者として認定されたリーネとティア。炉の前に行くと、ソーマの厨二コマンドを唱える必要もなく自動的にコンソールが開くようになっていた。
「管理者、って何すればいいんでしょうねリーネ様。炉のお掃除とかですかね?」
久しぶりにティアはリーネと二人きりだ。正確には横にリンもいるが。ただそこにはソーマがいない。まだ大して時間も過ぎていないが、もうあの賑やかな日々が懐かしい。
「そうですね、色々あって後回しになっていましたが。直接炉に聞いてみるのが良いでしょう」
コンソールに並ぶウィンドウは全てグレーの縁取りだが、新たに追加されたものは青い縁取りだった。その中に【新人管理者研修】というそのものズバリなウィンドウがあった。
「聞くまでもなかったですね?」
「そうみたいですね。確かソーマはこれを軽く叩いていましたね。手の形はこんなでしたでしょうか。んー、よ、っと」
リーネが猫の手を作る。その手を伸ばして青いウィンドウをタップした。ちょっとタップを勘違いしている。
【新人管理者研修を開始します。対象者二名を確認。仮想空間を展開します。】
すると、二人の周りから部屋が消え失せた。何もないグレーの空間に二人だけで放り出される。リンはいない。
「なんですかこれー!」ティアが慌てて叫ぶ。
「あわわ、床が無いのに立ってますね! 不思議ですね!」
前方に中年の女性が現れた。この人は以前研究施設の炉で出てきた玲奈・トーヴ博士だ。
『初めまして、リーネ・ソルさん、ティア・ノールさん。私はこの地殻炉の設計者かつ初代管理者の玲奈・トーヴと申します』
リーネもティアも未知の体験におどおどするばかりだ。
『おや、もしかしてお二人とも仮想空間は初めてですか? んーっと、確認しますね... おや、今は西暦5006年ですか! これは驚きましたね。どうりでお二人とも見慣れない服装だなあと思いました。最後の管理者アクセスが西暦2504年ですからもう2500年も経ってるんですね。記録を読みますので少々お待ちくださいね...うんうん、はあはあ、いやいや、なるほどなるほど、あー、そう来ましたかー。これは一本取られましたね』
なんだか勝手に納得している玲奈。
「あのー……」リーネがおずおずと声をかける。
『ああ、ごめんなさい。ちょっと衝撃的な歴史だったので自分の世界に入り込んでしまいました』
「リーネ様あ、この人大丈夫でしょうかねえ」
小声でリーネに語りかけるティア。
「うーん」
『地殻炉システムをメンテナンスフリーに設計したのは私たちですが、まさか稼働後ここまで耐久性が上がって手間が掛からなすぎて忘れられてしまうとは思ってもいませんでした。細菌戦争でヒトから感情が失われ、そのせいで地球が滅びつつあるとは。申し訳ない事です』
リーネたちには分からない単語が多い。玲奈が片手を水平に振ると、リーネたちとの間にテーブルセットが現れた。
『なんだか長くなりそうです。とりあえずお座りください』
目を白黒させる二人。
「ティア、これって蒼炎の書のフェインが使っていた魔法って奴じゃないですか?」
「あー、いましたねそんな奴。あの意味不明な力ですか」
『おや、蒼炎の書をご存じなのですね。ああ蒼炎の書が再起動キーとして使われていますね。そこの知識は失われていなかったのは幸運でした』
三人とも座ってから、リーネは反論する。
「いいえ、蒼炎の書が地殻炉に関係してるなんて誰も知りませんでした」
「うんうん」とティア。
『? それではどうしてこれが再起動キーだと分かったんですか?』
「ソーマが教えてくれたんです。陸別、って所であなたの語るメッセージを見ました。『炉に管理者アクセスがしばらく無かった場合に表示』っておっしゃってました」
『え? それはおかしいですね。ここ大樹のコンソールにしても陸別のにしても、人工知能排除のために感情を持つ脳が必要のはずです。記録によれば当時のあなたたちでは起動できなかったはずですが……』
「はい。私を通じてソーマがやってくれたんです」
にっこり微笑んでリーネ。
『ソーマ? 先ほどもその名が出てきましたね。それは誰ですか?』
「キリュウソーマ、私に憑依していた方です。西暦2030年生まれとおっしゃっていました」
『キリュウソーマ2030年生まれ。って桐生蒼真! ご先祖!? そんな馬鹿な。どうやって』
「炉の前で祈っていたら突然憑依してきまして。何故なのかはご本人にも分からなかったようです」
『ふーむ。2000年代に人格データを残せる技術なんて無かったはずですが……人格シミュレーター? いやいやわざわざ何故……しかし……でも……』
ティアが呆れ始める。
「リーネ様、この人また自分の世界に入っちゃいましたよ」
「困りましたね。管理者研修とかはどうなるのでしょうね」
玲奈は、はっとして顔を上げる。
『ああ、そうでした。これは管理者入門研修でしたね。まあ簡単なんですよ。炉自体も付属施設もお手入れの必要はありません。管理者の仕事は、状態が正常か確認し続ける事と、炉の存廃を判断する事だけです。あと後継者の育成ですね。そのための知識を脳に直接インストールします』
「すみません、よく分からないのですが……」とリーネ。ティアも
「この人から、ソーマのいい加減さを感じます。確かに親類ですねこの人。間違いなく」
『いやあ照れますね』
「褒めてないです」
『ともかく、まずはインストールしちゃいましょう。と言っても簡単です。この仮想空間を出れば、その時には学習済みになっています。今まで私が喋った事も理解できるようになっていますよ』
リーネもティアもよく分からない。
『あと、ご先祖の経緯はもっと知りたいので、またここにいらして下さい。もう一度来る方法は分かるようになっているはずですから。ではまた』
玲奈とテーブルセットがかき消え、二人は元のコンソール前に立っていた。リンが足下から見上げている。
「ティア」
「はい、リーネ様」
「なんだか炉の操作法が分かるようになっていますね」
「はい、リーネ様」
管理者の知識を学んだ今、二人の脳裏にはやらなければならない事が沢山見えていた。とりあえず停止した炉を再起動して回らないといけない。北海道だけでも102カ所。本州を含めると1522箇所もある。二人だけで回るのは絶対に無理だ。どうしても管理者を増やす必要がある。
「どうやら先は長そうです」
「気が遠くなります」
「でも。ソーマが守ってくれた世界です。頑張りましょう!」
「はい、リーネ様!」
二人で手を取り合って微笑む。共通の知人に恥じないよう力を尽くそう、と誓う。
「にゃー、ごろごろごろ」
お付き合いするよ、とリンも鳴いて喉を鳴らした。




