巡礼
すったもんだあったが、巡礼に出るというリーネの案は了承された。最大の理由は、この世界の現状にある。
リーネ以外の人間との会話は、こちらから話すのはリーネが通訳し、聞くのはリーネの聞いたものの意味が直接伝わってきていた。いちいち翻訳して貰わなくて済むので便利。で、リーネや長老に色々聞いて、この世界が瀕している状況が徐々に分かってきた。
まず、とても歪な文明構成をもつ。生活レベルは地球で言うと産業革命以前の近世。なのに各地に何千年も昔の地殻炉というエネルギー源があり、照明・空調・浄水・食料製造などが自動化されている。建築物も非常に強固な躯体を持っていて壊れる事がなく、住人は内装を修繕していれば良いらしい。道路も同様で補修の必要がない。食器や家具などの日用品も半永久的に保つそうだ。なにその○亜重工。
そのくせ、電力があるのに通信網や計算機、動力で動く乗り物などが無い。遠方との連絡は手紙、移動は馬車やロバ車。自転車すら無い。
服飾もシンプルで簡易な作り。階級を示すのは装飾で行っていて服装自体は皆似たようなもの。
一言で言って、SFとかでありがちなポストアポカリプス。すんげー古代文明があったのに黄昏れちゃった世界だ。で、これまたありがちな事に稼働している地殻炉が減りつつあり、人間の生存圏が年々狭くなっている。地殻炉の稼働圏外は「灰域」と呼ばれていて、生態系がぐちゃぐちゃ。気温は高すぎたり低すぎたり。水源は汚染され、危険な生物が闊歩する。とても人間が住める場所ではなくなるんだそうだ。そういう危険な生き物は、炉がジャマーを展開して集落に入るのを防いでいるとか。
で、聞いてみると以前は世界に数万基の炉があって繁栄していた人間だが、徐々に炉が停止しつつあり現在稼働している地殻炉は神殿の知る限りで3つ。
3基!? 全世界じゃないにしろ、知ってる範囲でたった3基? なんだそれ絶滅待ったなしじゃねーか。おまえら何でそんなに落ち着いてるんだよ。聖典がどうとか議論してる場合じゃないだろ。バカなの? 死ぬの?
で改めて気づいた。こいつら、リーネも含めて感情が極めて薄い。哺乳類として不自然なほど。自分たちが絶滅の危機にあるにも関わらず切迫感がない。そんな知的生物が存在できる訳ない。どうも人為的なものを感じる。古代文明が何かしでかした?
とりあえずその辺は分からないけど、炉が停止していて困った、というのも本心ではあるようで。いくら調査しても原因が分からない。
止まった炉は死んだ訳ではなく外部に出力が無くなった状態らしい。動作音はするんだと。でも再起動ができない。方法が分からない、お手上げ、が現状。そこで炉を多少なりとも活性化させて見せた偉人様に調査して頂ければありがたいね、という事らしい。はあ。
神殿の生活には飽きてきたので巡礼には俺も賛成だ。だが、オトモをぞろぞろ引き連れて大名行列みたいなのはご免だぞ? とリーネに伝えたところ、我々二人以外に同行者一名で良いらしい。それはそれで拍子抜けだ。どういうこと?
そして。実は最も気になるのは連中が聖典としている「蒼炎のルミナスクロニクル」の内容と地殻炉の対比だ。
「蒼炎のルミナスクロニクル」のあらすじは、こんなん。
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異世界に召喚された少年が「炉の守り手」として仲間と旅をし、各地の「眠れる炉」を目覚めさせながら世界を脅かす闇の勢力・ヴォイドと戦う。ヴォイドは人類から感情を奪い隷属させようとしている。主人公は古代語の詠唱で炉の力を引き出す特別な能力を持つ。仲間との絆が深まるごとに詠唱の威力が上がるという設定。最終章で世界中の人々の想いを束ねた大詠唱で全ての炉を同時に起動し、世界を救う。
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……いやこの世界に符合しすぎ。俺の書いた黒小説が先か、炉のシステムにたまたま合致した小説が聖典として崇められちゃったのかわからんけど。実に気持ち悪いが、とりあえず判断は保留だな。巡礼とやらで何か分かればいいんだが。
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座布団に座る俺の毛皮を、リーネがブラッシングしている。小っ恥ずかしいのではあるが、非常に気持ちいい。
精神が肉体に引っ張られる、とはラノベではおなじみのテンプレだが、これは多分そういう事ではない。
儀式で鱗猫の精神が消えた訳ではない。猫の意識はまだ心の奥に感じられる。その境界はあいまいで、俺の意識と猫の意識が混ざってる領域がある。その猫部分がリーネのブラッシングを心地よく感じているのだ。断じて美少女からの世話に俺がデレデレしている訳ではない。ないったらない。
猫の意識は眠ってはいない。儀式によって炉に押し込められたが既に覚醒はしていて表に出る機会を窺ってる雰囲気だ。
ただ、あまり敵意は感じない。捕獲されたのは不本意ではあるけど、別に痛い目にもあってないしまあいいか、くらいみたいだ。俺の意識に体が乗っ取られているのも何故か気にしていない。不本意ではあるけどメシも前より美味いものが食えてるし問題ないらしい。メンタル強いな。
でも、そうは言っても自由を奪われている訳だから爆弾には違いない。せめて俺が間借りしてる立場なんだ、と誠実に伝え続ける事は必要だろう。自分自身と喧嘩するなんて事態は絶対に避けたい。
そんな、端から見れば「美少女が猫の世話をしている」だけの部屋に、トーラ長老ともう一人小学生くらいの少女が入って来た。
トーラ長老は神殿のナンバー2だ。最も偉いのはハイラだが、実務面ではトーラがトップ。ハイラより少し若めの男性で、長身・筋肉質。物事を淡々と処理していくマシーンだ。感情薄めのこの世界の人たちの中でも、もっとも表情が希薄。
そのトーラが連れてきた少女。部屋に入ってきた彼女はリーネを見て一瞬顔を綻ばせるが、俺の手入れをしているのを見て眉をひそめた。あれ? 俺いきなり嫌われてる感じ?
長老が座布団の前まで来て跪く。リーネはブラッシングを止めて俺の横に下がった。
「ソーマ様。巡礼に出て頂けるとの事、誠に幸甚に存じます。つきましては、旅の間の身の回りのお世話をさせて頂く者を連れてまいりました」
トーラは少女に向かって言いつける。「ティア、自己紹介を」
ティア、と呼ばれた少女が一歩前に出た。身長130cm前後、整った目鼻立ち、髪はちょっと茶がかった黒でウェーブのかかったボブカット。天然パーマなんだろうな。かなり可愛いが目チカラが強い。というかきつい。というか敵視?
「ティア・ノール、と申します。巫女見習い12才、リーネ様の後輩です。若輩ですが精一杯サポートさせて頂きますので宜しくお願いいたします」
すげえ、俺よりよっぽど敬語しっかりしてるし。
トーラが後を引き継ぐ。
「このティア、見た目は幼いですが実務はしっかりしています。きっとお役に立つと信じております」
うーん。
嘘つく必要も無いだろうから実際に優秀なんだろうけど、引っかかる。普通こんな小っちゃな子付けるかね。怪しい。何か意図がありそうだ。トーラ長老って他の長老と違って手放しで俺の事を偉人だと信じてない空気があるんだよなあ。まあ一番信じていない俺が言うのもなんだが。でもこの子スパイにしては小さすぎるしなあ。何だろう。
一通り紹介と挨拶が済むとトーラは少女を残して退室した。二人と一匹が部屋に残る。
「ティア、久しぶりですね」
ティアは満面の笑みを、ぱあっと咲かせた。
「はい! リーネ様! ご無沙汰しておりました。ティアは寂し...いえ、何でもありません」
うん? 今「寂しい」って言いかけた? 何故引っ込めるの? 別にいいじゃんよ。
「ティアは変わりませんね。その様子では教殿でも苦労しているのではありませんか?」
「……はい。でももう普段は問題なく過ごせています。リーネ様にはご迷惑をおかけしましたが、もう大丈夫なんです」
苦労? 問題? 会話の内容というか意味が良くわからない。ティアは続ける。
「ただ、今回のお勤めに抜擢された理由は良く分からないです。トーラ長老様が強く推したそうなんですが……」
「いえ、ティアが優れているのは皆の知るところです。これから宜しくお願いしますね」
「はい!」
なんだかティアからハートが舞い散るのが見える。リーネの後輩って言ってたな。あれか、お姉様って奴か。
しかし他の連中と違って感情表現が強いな。この世界に来てから初めて見た。ちょっと百合百合しい。
くだらない事を考えているとリーネが続ける。
「そうそう、肝心の事を忘れていました。こちらが偉人のソーマ様です」
リーネが俺の横を手で示す。俺は座布団の上に座っている。座布団三枚。なんだか威厳ないな。お題くれれば答えるぜ。
とたんにティアの目付きが鋭くなった。キッと睨まれる。え、やっぱり嫌われてるよね。
「……偉人。これが」小さい声でつぶやく。「デレデレ毛繕いされてた猫が。リーネ様のお手が汚れてしまう」
おいおい? 敵意が隠せてないですよ?
リーネも不穏な雰囲気を感じ取ったのか、ティアを諫める。
「ティア、不敬ですよ。ソーマは間違いなく偉人様です。あまり失礼な態度は良くありませんね」
失礼な態度、で済ませちゃうんだ。今にも殴られそうな気配ですが。
「……わかりました、リーネ様がそう仰るのなら間違いないのでしょう。今後は気をつけます」
ぺこり、と一礼。でも絶対ウソだ。目付きが毛虫を見るそれのままだ。
とりあえずその場は解散になった。部屋を出て行く時に俺にしか聞こえない小さな声でティアは、
「あなたが偉人なんて信じません。リーネ様をたぶらかす悪霊か何かに違いありません。絶対に正体を暴いて見せます」
おおう。凄いなこの子。あれか、トーラ長老が推薦したのはこのリーネ好き好きな性格の為か。まあ俺自身が偉人なんて信じてないので全然構わないのだが。これは行く先々難儀しそうだなあ。
まあ、どっちにしても俺に拒否権なんてない。そんなこんなで3人での旅が始まった。




