襲撃
リーネは詠唱を中断する。
『灰獣って前に教えてもらった強いやつ?』
「はい、灰獣はとても大きな肉食の獣です。人間の肉を好みますが、普通はジャマーを超えてくる事はありません」
『アマナのジャマーが機能していない、って事か!』
「はい」
どうするか。詠唱が完了するまではまだしばらく時間が必要だ。その上炉が再起動してもすぐにジャマーが復帰するとは限らない。その間人々が殺され続ける。最悪、ここに乱入される恐れもある。それだけは避けなければならない。つまり俺がやるべき事は簡単だ。
『リーネ、残りの詠唱はリーネとティアでやるんだ。』
「そんな。ソーマはどうするんですか。」
『俺はリンと猫たちとで、その灰獣とやらを止めてくる。』
「戦うのですか? 無理です! 灰獣は別格です。とても大きくて強い生き物です! 鱗猫ではとても……それに私とティアの詠唱ではうまく行くとは…」
『灰獣がここまで来たらどうする! 絶対に止める必要があるんだ。お前たちは炉を再起動して、ジャマーを復活させろ。』
「リーネ様!」ティアが叫ぶ。
「残りはリーネ様と私で唱えるんです。文章はここにあります」
「でも……私とティアだけでは……」
ティアはリーネの肩をつかんで揺さぶった。
「そんな訳ありません! 最近のリーネ様は微笑まれる事が多くなりました。ほら、今だって。気づいてらっしゃらないんですか?」
ティアが指すリーネの目。そこにはうっすらと涙があった。ティアも泣き笑いしている。
「ティア……そうですね、ありがとう。あなたとソーマのおかげですね。分かりました、私たちで続けましょう」
その時コンソールが警告を発した。
【認証キー入力の継続が確認できません。3分以内に入力が再開されない場合、再起動シーケンスはキャンセルされます。】
『大丈夫だリーネ、ティアと二人なら出来る。任せたぞ。リン、行こう。』
「うにゃー」
俺/リンは神殿を出た。他の猫も町の異変を察知していたのだろう、神殿の入り口でリンを待っていた。
『行くぞ、相棒』
「にゃにゃ」
猫5匹が町の南に向かって走る。背中の翼が羽ばたき、走る速度をブーストする。
神殿の地下では、巫女二人で声を合わせた詠唱が再開された。
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「独りの火は、風が吹けば消える。でも——みんなの火を合わせたら、嵐だって関係ない。独りじゃ関係ない灯も、全部束ねたら、暗闇ごと焼き尽くせる」
カイは仲間たちを見た。旅の中で一緒に笑って、喧嘩して、泣いて、許し合った仲間たちを。
「だから——頼む」
「一緒に、叫んでくれ」
ガルドが剣を鞘に収めた。そしてカイの横に立ち、息を吸った。
フェインが術式を消した。震える唇を噛み、それでもカイの横に並んだ。
ボルグが盾を下ろした。大きな手でカイの肩を叩き、頷いた。
ルティアがカイの手を取った。その手は冷たかった。でも握る力は強かった。
カイが叫ぶ。守り手の詠唱ではない。古代語でもない。ただの声。ただの想い。
「目覚めろ!!」
仲間が続く。四人の声が重なる。
その声が、集落に届く。炉のそばで震えていた人々が顔を上げる。声が聞こえる。遠くから、叫んでいる誰かの声が。
老人が呟く。「……何だ、この胸の熱さは」
子供が走り出す。「ぼくも! ぼくも叫ぶ!」
一人が声を上げる。二人、三人、十人。集落から隣の集落へ。声が鎖のように繋がっていく。
砂漠の民が空に向かって吠えた。山岳の民が谷に向かって歌った。海辺の民が波に向かって泣いた。名前も知らない遠くの誰かのために、声を張り上げた。
世界中の声が、ひとつになった。
地の底が震えた。
忘却の炎が目覚める。一つ。また一つ。眠っていた炉が轟く。凍えていた大地に熱が戻る。枯れた泉から水が湧く。暗かった空に光が差す。
蒼い炎が、地の底から噴き上がった。
一条ではない。世界中のあらゆる場所から、蒼い炎が立ち昇る。大地を突き破り、天を貫き、灰の雲を焼いていく。
ヴォイドの闇が後退する。
だがカイは追わなかった。
「——おまえもだ」
カイはヴォイドに向かって手を伸ばした。
「おまえの中にも、あるだろ。もう苦しみたくないって思ったのは、苦しんだことがあるからだ。苦しめるってことは——おまえにも、想いがあるってことだろ」
ヴォイドが揺らいだ。
「消さなくていい。消さなくていいんだ。痛くても、苦しくても、それごと抱えて——それでも灯し続ける。それが、俺たちの——」
蒼い炎がヴォイドに触れた。闇を焼くのではない。闇を溶かすのでもない。闇の中にあった「想い」に触れ、そこにも火を灯す。
ヴォイドの黒い霧が、内側から蒼く光り始めた。
白かった目に、色が宿る。ヴォイドが——泣いていた。
静寂の王が、初めて声を出して泣いた。
蒼い炎が空を満たした。灰の雲が晴れていく。どこまでも遠く、どこまでも高く。
カイは空を見上げた。隣にルティアがいた。まだ手を繋いだままだった。
ルティアが言った。初めて見る表情で。泣いているのに、笑っていた。
「……綺麗」
カイは笑った。泣きながら、笑った。
空は晴れた。どこまでも蒼く、どこまでも温かく。
これが——俺たちのレクイエム。灰への、鎮魂歌。
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【認証キーの入力完了を確認しました。ネットワーク両端の感情認証通過。地殻炉ネットワークの再起動を開始します。】
「リーネ様! やりました!」ティアが叫ぶ。
「ええ、成功したんですね。ティアのおかげです」
「違いますよ、リーネ様と私の、です」
コンソールのメッセージは更に続いた。
【管理者候補、個体名「リーネ・ソル」「ティア・ノール」を正式な管理者として登録しました。】
コンソールにいくつか色の異なるウィンドウが追加された。
【管理者権限を解放します。】




